第二話:告白
長く艶のある黒髪が風に揺れる。
久しぶりにまじまじと見た一ノ瀬綾乃は、十五とは思えぬ程に大人びてより一層、美しくなっていた。
才色兼備、品行方正。
『学年一の美少女』と謳われているのも納得出来る。
テレビで見るアイドルを前にするよりもきっと緊張するだろう。
幼い頃の綾乃は、男子にも負けない位に活発な少女だった。
中学生になった頃から、お淑やかな女性を思わせ始めた。
誰にでも分け隔てなく優しく、言葉遣いも美しく上品で物静か。
それに合わせてか、身体つきも女性らしくなっていった。特に胸はブレザー制服の上からでもハッキリと分かる程に成長していて、今ではそういった意味でも男子の憧れだ。
高嶺の花。自身と彼女の距離感を痛感する。
そんな彼女は、当たり前だが戸惑っていた。
必要以上に無駄な時間を使わせる訳にはいかないと、悠斗は覚悟を決める。
「行き成りで迷惑なのも、今更遅いのも分かってる。けど、言わせて欲しい」
余りにも身勝手だと自覚しつつも、
「――俺は綾乃が好きだ。お隣さんでも幼馴染としてだけじゃなくて、“大事な人”として傍に……居させて欲しいんだ」
本来なら、ずっと前に言えた、言うべきだった言葉を吐いた。
「…………」
沈黙が痛かった。
口元を押さえて俯く彼女を見るのは辛かった。
だが、それを悠斗は甘んじる。
――ごめんなさい。もう好きな人がいるんです。
――全部、遅いよ。
大丈夫。答えは分かってる。だから返しも用意している。
――そうだよな、本当にごめん。
――俺が言えたものじゃないけど、応援している。
だが、綾乃の震える答えは少し予想と違った。
「いつから……ですか?」
「気持ち悪いと思うけど、物心ついた頃からずっとだよ。本当に女性として思ったのは、小六の――初め頃かな。ずっとドキドキしてた」
「その頃の私は……今よりも、その――ガサツだし、胸だって小さい……ですよ?」
「関係ないよ。前のお前も今のお前も、綾乃は綾乃だ。もう釣り合わないってのは、分かってるけど、好きって気持ちに嘘は無い」
――また、沈黙が数十秒。
此処まで困らせてしまうのか、それだけ迷惑な男なんだ俺は、と悠斗は後悔し始めた。
さらっと断ってくれていいんだけどなー、と嫌な汗が流れるのを感じていると、
「つまり……前から、本当に子供の頃から上条、君は、私の事が好き、だった?」
「うん」
「言葉遣いが悪くても、関係無い?」
「おう」
「む、胸が……小さくても、ユートは、気にしない、の?」
「え?」
「『え?』、じゃなくて、アンタは私の胸がペッタンコでも気にしないのかって聞いてんの!!」
「ぉ゛!? お、おう。ソレに関しては、本当に……うん。気にしてない」
「嘘つけぇい、巨乳が性癖な癖に!?」
突然、頭を抱えた懐かしいノリの綾乃に悠斗はビクッと震えた。
「どうして疑うのかな!? ってか、性癖とか何を根拠に――」
「祐奈さんがアンタのベットの下から『巨乳モノ』のエロ本見つけたって、教えてくれた中一の夏休み」
「ね、姉さんと繋がってた!? ってか、バレてた!?」
「うわぁーん。巨乳好きなのは本当なんじゃん!! 私なんて全然、興味無いじゃん!?」
「ちげぇーよ! 本があったのは、その……本当だけど! 俺が好きなのは綾乃だよ!」
好きな幼馴染がイケメンに告白されたから、想いを断ち切る為の通過儀礼として振られる前提の身勝手傍迷惑な告白タイムの筈だったのでは?
彼女に『ごめんなさい』されて終わる筈だったのでは?
――どうして、こうなった? なんでこんなに状況がカオスでバグってるんだ?
悠斗は混乱しつつ、
「ってか、今のお前は、もうその結構、胸はさ――結構、じゃん! なんで、無い前提でキレてるんだよ! アレか? 御門に告られたのに、俺が割って入ったから怒ってるんだろ? ホント、ごめんて!」
「あのマザコンキザ男は今、関係ねぇーよ!」
「一年で一番のイケメンになんて言い草!?」
「もう、だったらもっと早く言ってよ! 猫被る必要なかったじゃん! 無理矢理盛る必要なかったじゃん!」
「はぁ!? 盛る!? 何を!?」
「コレ見てもまだ好きって言えるかコラァ!」
綾乃にキレられて、ついに悠斗もキレて、それに綾乃は被せてキレた。
彼女は自身のブレザーの前を開けて、ワイシャツの中に手を入れてナニかを掴み取って、足元に叩き付ける。
高校一年男子として知識として知っている女性が下着の中に忍ばせる神秘の片鱗。
主に胸の形を整えたり保護したりする“パッド”。
大抵、左右で一つずつのワンセットの筈のそれが、大量に散らばった。
そして綾乃の胸が“慎ましく本来の姿”を見せる。
「――コレでも、まだ好きって言える訳?」
「いや、好きだけど?」
「即答ね、ありがとう! 私も前からずっとユートが好きだったわ! ってか今も大好きよ、バーカ!」
後半、泣かれた。
上条悠斗は好きな子に告白して、なんやかんやで泣かれた。
彼の姉、上条祐奈曰く『理由はどうあれ、女を泣かせる男は死ねば良い』だそうだ。