第十六話:わからせ愛
ベッドに並んで座る悠斗の『バスターランサー』と綾乃の『マルチアーチャー』対竜人のわちゃわちゃと続く泥沼の戦いもついに終わりを迎えた。
どちらかの攻撃がヒットした直後、ゲーム画面が切り替わり、竜人が苦し悶えて地面に伏せるムービーが流れた。
一拍置いて、
「勝ったぁー!」
「勝ったぁー!」
同時に歓声を上げた。
綾乃は悠斗に抱き着いて、ゲーム画面を一緒に覗く。
「ほら、見てよコレ! 残り十秒よ、十秒! ギリギリ過ぎるわよ!」
「なはは! 危ねぇー! マジで間に合うとは思ってなかった!」
遠慮無く体重を悠斗に預けた綾乃は彼の首に腕を回して締め付ける。
「そもそも、途中でアンタがふざけたせいでこんなに――!」
「あ、ちょ……あやっ、締ま――っ!」
と、互いの頬が触れて密着している事をようやく自覚する。
「――ぁ」
「ぉ――っ」
綾乃は息を漏らし、悠斗は飲み込んだ。
ソワソワと居た堪れないけれど、息苦しさは不思議と無い。
だが、やはり恥ずかしかった。
「ど、どうせ、ひっつくなら、もっと胸の大きい子が良かったとか……!」
「――好きな女の子に抱き着かれてる男の気持ちって分かるか? 色々大変なんだわ」
誤魔化す様に笑う彼女に、彼は少し身を強張らせながら眉間にしわを寄せる。
「あ……ごめん」
綾乃は少し身を離す。
彼女も女子高生。男性について詳しい訳では無いが、思春期の彼が異性の体に興味を示すのは当たり前だと理解しているつもりだ。
だから、ベッドの下にその類の本が有っても、一般的な動画サイトで微妙に規定に引っかかる様な動画を漁っていても良いと思う。
その為に欲求のハードルが上がっている、と思っていたがそうでは無い様だ。
宿題やゲームの最中も、男性としての視線を感じていた。
個人的な事情で胸を大きく見せ、結果的に男受けが良くなり普段から似たような視線に晒されてきたが、相手が恋人ならば悪い気はしない。
それも、本来の姿に異性としての興味を持ってくれているのなら――。
「……ぁ、あーと……昨日の――続き……?」
しばしの沈黙の後、綾乃が呟いた。
「綾乃が、良い――なら」
互いの視線が、互いの唇に向く。
思い出すのは前日の放課後。告白が実り、口づけをして恋人となった。
そして恋人としての口づけは、とある邪魔が入りお預けだった。
「んっ」
綾乃は目を閉じて唇を軽くとがらせて、差し出した。
そういう経験の無い上条悠斗でも、“ねだられている”と察する。
応えなくてはならないし、応えたい。
「……っ」
のぼせた様に身体が熱い。揺す振られている様にクラクラした。
自分が今までに無い程に緊張しているのが分かる。
そして、
(――あぁ、そうか)
と、悠斗は思う。
綾乃の白い頬が赤みを帯びている。
呼吸が震えている。
小さな唇が怯えながら待っていた。
彼女も同じ位に緊張している。
――それでも、自分を求めてくれている。
それが、嬉しくて愛おしくて――一ノ瀬綾乃を好きなのだ、と改めて思う。思い知らされる。
心を落ち着け、彼女の頬に悠斗は手を添えようと伸ばす。
「――ヘタレ」
その柔肌に触れる手前で、綾乃は呟いてプイっとそっぽを向いた。
「え?」
肩を震わせる涙目の綾乃の横顔に悠斗は一瞬、呆けるが直後に血の気が引いた。
「ち、違う! 別に、ひよった訳じゃねぇですよ!?」
「ふーん」
「信じてない!? だよね!? でも違うんだって、綾乃があんまり綺麗だったから見惚れてただけなんだ! ワンモア! ワンモアプリーズ!」
綾乃は耳をより赤くさせるが悠斗に気付く余裕は無い。
「――したければ、どーぞ」
「……じゃあ……あの、コッチ向いて貰えます?」
ツーン、と素っ気ない態度に悠斗は負けじと、彼女が顔を向ける方向に座り直すが、腰を下ろした瞬間にまた逆を向かれた。
「あ、そういう感じ? えぇ……、えぇ……っ」
どうしよう、と悠斗は唇を噛みしめる。
正直、心が折れそうだった。
――けれど、“もう彼女に寂しい思いをさせないと、恋人になった”のだ。
「……キスは――して良いんだよな?」
綾乃が小さく頷いたのを見て、覚悟を決める。
「では失礼して……」
悠斗は綾乃の肩を抱き寄せた。
「――ふぇ?」
間の抜けた声を小さく漏らす彼女の顔に手を添えて、優しくこちらを向けさせる。
顔にかかる黒髪をどかしてやると、目を丸くして驚いていた。
少しだけ見つめ合って、
「――――」
軽く触れるだけの口づけを交わす。
「……………………はぇぁ……あぅっ――!?」
たった数秒のキスの余韻をたっぷりと感じた後に、綾乃は頬を真っ赤にさせて、枕にそうする様に悠斗の胸に顔を埋めた。
彼は彼で、苦笑しながらプルプルと震える綾乃を宥める様に背を擦る。
「……ホントに、したっ!」
「嫌だったのか?」
綾乃は額を悠斗に押し付けながら。首を横に振るう。
彼女は大きな溜息で力を抜いた。
「ただ……わからされたなーって」
「何を?」
そう小さく笑う彼の心臓の鼓動は落ち着いていて、自分だけが色んな気持ちが溢れている様に思え、妙に癪に障る。
その癖、頭を撫でられると心地よかった。
「アンタ……私の事、本気で好きでしょ?」
「あぁ。少なくとも綾乃が思うよりかはずっとな」
「……」
悠斗を上目遣いのジト目でムスッと見つめ、徐に彼の首に両腕を回す。
そして、その顔を引き寄せた。
「――んっ」
小さな音が互いの唇が触れて鳴った。
一瞬で離れて、また触れる。
離れて触れて、
「はっ――ぁ、んっ……ぁ――」
繰り返す中で、舌先が触れた。不器用にたどたどしく、互いの熱を感じ合った。
綾乃を支えていた悠斗の力が抜けて、彼女に押し倒される。
「ぁ、ゃの――っ?」
初めての感触に頭が混乱する。涙目で彼女の名を弱弱しく呼ぶので精一杯だった。
「これで――わかっ、た……?」
呆ける悠斗の耳元で熱っぽく呟いた。
「こういうキスをしちゃう位に、私はアンタが好きなの。だから、アンタが思うよりもずっと、ずっと――本気で好きなの……」
「――お、う……」
身体が熱い、心臓が早鐘を打つ、思考が鈍くなる。
ただギュッ、と抱きしめ合った。僅かに彼女が身悶えると、彼の腕の力も僅かに強くなる。
溶け合って一つになる様な感覚。
――不味い。
互いに、これ以上は不味いと本能で理解出来た。
もしも、またあんな口づけをしてしまったら、何かが弾ける。
溢れる感情は際限なく、気持ちの赴くままの行動は止まれない。
――けれど、そんな事は些細な事の様な気がして、また求め合う。
……その間際――。
ファファファ~♪ファ~♪
なんて、ゲーム機から軽快なファンファーレ。
「おわっ!?」
「ひゃぁ!?」
情けない声が出た。
心臓のバクバクが別の種類のものとなる。
「……リザルト、か」
「リザルト? あ――あぁ!? 素材の剥ぎ取り!?」
ポツリと悠斗の呟きに、綾乃は血相を変えていつのまにかベッドの下に落ちたゲーム機に飛び込んだ。
「何にもとれてないっ! あれだけ頑張ったのに、レアアイテム吐き出してギリギリで倒したのにっ……くそぅ!」
小さくミシリ、と彼女の手のゲーム機が軋む音がした。
「あ、綾乃……」
「なによ!?」
「そっち、俺のゲーム機……」
「あ、ごめん――」
「うん」
ゲーム機を交換してポチポチと操作してローカル通信で繋がるロビーに戻り、アイテムの補充など慣れた作業を行い、静かにゲームをスリープモードにした。
「……」
「……」
冷静になり物凄い、気まずい空気になった。
互いに口を開けない雰囲気の中、悠斗のスマホに短い電子音。
「……姉さんが、いい加減帰って来いって」
「あ、うん。お父さんもそろそろ帰ってくるかも」
「それじゃあ……」
そそくさと帰り支度をして、悠斗は名残惜しい様な居た堪れない様な不思議な気持ちで部屋を出る。
綾乃も見送りで玄関までついてきたが、会話は無かった。
「あのさ……」
「な、なに?」
靴を履いた悠斗がバツ悪く口を開くと、綾乃はどこか怯えた様に身を強張らせた。
「――明日のデート。昼過ぎからだったけど、綾乃が良ければもう少し早くからにしないか?」
「え、別に良いけど……なんで? 何か用事でも出来たの?」
突然の提案に彼女は怪訝に眉をしかめた。
元々、綿密なプランがあった訳では無いが、午後から夕方まで映画や買い物をする予定だった。
約四時間程と考えていたが、その時間帯をずらしたいと思ったらしい。
「あぁ、いや……そういうのじゃなくてさ」
悠斗はポリポリと頬を指で掻いた。
「少しでも、長く……一緒に居たいなーって」
「――ぇ……」
呆けた表情をした綾乃に、悠斗は苦笑する。
「いや、綾乃が嫌なら別に――」
「居たい! 私も――ちょっとでも、ユートと……居たい」
少しの間の後、悠斗は安心した様に息を吐く。
「良かった。俺だけ気持ちが空回りしてると思ってた」
「――言ったでしょ、アンタが思うより私はユートが本気で好きなんだから、空回ってるのはアンタだけじゃないわよ」
綾乃はムスッと唇を尖らせた。
――そして、互いに小さく笑う。
「それと、おじさんにも直接挨拶したいから都合の良い日聞いといてくれるかな?」
「うん、聞いとく――ありがと」
少しの間、見つめ合い、照れくさそうに、
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
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