金魚の収容・2
お昼ご飯を食べ終えて桜木がもう一度報告書に取り組み始めた時、エリアオフィスの端末からうるさい呼び出し音が響いた。千代巳がオフィス通信のマイクスイッチを入れて通話ボタンを押す。
「はい、エリア8120-B-02、エージェント千代巳です。」
『お疲れ様です、サテライト8120-B、オペレーター黒谷です。今しがたサイト情報部から連絡が入りました。エージェントの緊急出動をお願いします。』
「オッケー、場所だけお願い。内容は車で聞くね。サクラギ、機材セット持ってって。」
「了解っす。」
黒谷が住所を読み上げるのを背中で聞きながら、オフィスのロッカーにカードを通して機材セットを取り出す。異常性の無い普通の機材は車に積みっぱなしだ。桜木が荷物を載せてエンジンをかけると助手席に千代巳が滑り込んでくる。
「運転頼むな。初の緊急出動、緊張してる?」
「そりゃしてますよ。訓練はあっても、実地は初めてなんで。」
「運転はミスんなよ。じゃクロ、続きどうぞ。」
千代巳は携帯端末を車に接続する。マイク機能が有効化され、黒谷の音声がスピーカーから流れる。
『はい。場所はさっきの住所のマンション3階302号室です。借主の男性と連絡が取れなくなって3日経ったため、鍵を管理していた賃貸会社の社員2名が部屋の鍵をあけて片方が中に入ったところ、その社員が消えたとのこと。消えた社員はすぐに廊下に現れ、もう片方の社員が中に入るも同様の現象が再現。パニックになり会社にかけた通話内容の異常性が自動傍受され、情報部が回線の奪取に成功。警察の特殊組織を名乗って虚偽説明、説得と異常性の確認を行いました。現在該当の社員は指示通りマンション入り口まで避難、待機状態です。』
「オーケー。詳しい事情説明を聞いて一般人は記憶処理、オブジェクトの初期調査が任務かな。」
『その通りです。既にオブジェクト番号は仮発番済ですので、この通信がそのまま初期収容ログに残せます。4922-JPです』
「さすが!封鎖状況は?あと、通話記録で何か気になったキーワードはある?」
『賃貸会社への虚偽説明と周辺一帯の交通規制の為に機動部隊が警察に偽装して出動します。念のためマンションから半径1キロの通信に遅延情報検閲をかけてます。どちらも情報部封鎖班で指揮、対応中です。その他もいつも通りですね。キーワードは、そうですね…』
淀みなく話していた黒谷が一瞬考える。
『部屋には金魚が居た、とのこと。』
「金魚。」
千代巳は繰り返し、ふーんと頷いた。
「何か解ったんすか。」
桜木の質問に千代巳はいいや何も、と笑った。
「いや、ただ夏っぽいなって。お祭りで買った金魚を思い出すなー、すぐ死んじゃったけど。」
桜木は納得いかないような顔をしながら、千代巳と同じように金魚、と呟いた。
マンションが近い。