花見の会・1
桜が舞っている。
脳の中に、無数の花弁が舞っている。
白い泡のように、紅い雨のように。
これが過去の事だと解らないぐらい、今。
桜が舞っていた。
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「お花見、ですか」
財団の新人としての一年間の研修が終わってすぐ。
桜木が二人っきりのエリアオフィスに配属したての春先だった。
フィールドエージェントとしてのOJTもそこそこに、先輩エージェントである千代巳から、非番の休日に職員が集まる、お花見の誘いを受けたのだ。
危険を冒して世界の平和を守る、特殊な仕事のはずだ。それなのに、お花見?
その頃の桜木が想像していたものとは少し違う職場の雰囲気に、どうにも違和感が拭えない。
「お花見だよ。新人歓迎会も兼ねた、この時期のサイト-81KA(*1)周辺エリアの恒例行事なんだ。大抵休日にやるから、特別手当と無料の飯と、振替休暇が出るよ。」
仕事が危なく無いならそれに越したことは無い。
それでも、桜木は世界のため、そして好奇心のために最前線で異常を調査するフィールドエージェントという過酷な職業を選んだのだ。
出鼻をくじかれたような気がした桜木は、はぁ、と気の無い返事をした。
「不満か?ウチは顔に出るやつは好きだ」
「すみません、ちょっとびっくりして。そういう普通の行事みたいなのも、財団ではあるんですか。俺はてっきり…」
「あー、まぁ特にエージェント志望は、新人研修じゃ相当脅されただろうからな。実際の現場を見て気が抜けるのも無理は無い。飲み会もあるし、誕生日会だってあるし、クリスマスパーティだってあるよ。」
けど、と千代巳はいたずらっぽく笑って言葉を切る。
「今回のお花見は、普通の行事じゃ、無いよ」
ざぁぁ、と風が通って、桜の花弁がエリアオフィスの窓ガラスに吹き付けられた。
酒も出ないしね、と千代巳は残念そうにこぼした。
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(*1)サイト-81KA
財団の所有する大型施設の一つ。
当サイトは千葉県西崎市に存在し、千葉国際科学大学のキャンパスを併設・偽装している。
千代巳と桜木が異常対応を担当するエリアはサイト-81KAの管轄下にある。