異常未発見報告
ふと、どうしてこんな仕事をしているのか、考える。
ちらと目をやると、助手席に座るエージェント千代巳
―――俺はチョミさんと呼んでいる―――は眠りこけていた。
俺、車の運転、上手くなったかも。
エリアオフィスまではもうちょっとかかる。
丁度いいから、チョミさんと二人で実施した、今日までの主な作業を振り返る。
踏んでいない道が無いくらい、街の路地裏までくまなく歩く朝を。
新興宗教の勧誘を断りながら、入会の儀式内容について聞き出す昼下がりを。
心霊スポットに出向いては、カント計数機を構える丑三つ時を。
そのほとんどが徒労に終わった。
目の粗い網を海に投げ入れては引き上げて、漁獲量ゼロを確認する日々。
だが、それでも、確実に。
この世界には異常が存在する。
表と裏の境目が、俺の勤めて間もない職場だ。
平和な日常のカーテンを、チラリと上げて向こう側を確認する仕事。
そしてたまに俺の持つ機器のメモリがぐいっと上がって、
見慣れた世界がぐるんと裏返るのだ。
その瞬間が、たまらなく恐ろしい。
だからこそ。
そんな恐ろしい異常から、世界を守るための仕事をしているのだ。
これ以上にやりがいがある仕事を、俺は他に知らない。
揺れ過ぎないようにゆっくりと路側帯を乗り越えて、
オフィスのガレージに車が収まる。
エンジン音がふっと途切れると、助手席の千代巳はむにゃむにゃと呟いた。
「チョミさん、着きましたよ。チョミさん」
「うーん、今日は車で寝るよ」
まだ眠そうなチョミさんは、蛇のように細い舌をちろと出して、
銀のピアスを歯に当てて笑う。
職場は、財団。
確保、収容、保護を旨とし、異常存在をひた隠す、世界的秘密組織。
これは異常遭遇記録。
俺とチョミさんの出会った、異常についての記録だ。