66話 わたしと友達になりたかった彼女【ユクハ視点】
王都正門前に敷かれた戦線支援陣地。
そこにて、わたしは負傷者看護の冒険者協力要員として務めています。
運ばれてくる凍傷にかかった兵士の方々を召喚獣で癒すことが主な役目です。
深夜になっても運ばれてくる兵士は途切れず、気温はますます低くなり、吹雪の勢いも増していきます。
そんな忙しい中、唐突に空き部屋へ呼び出されました。
行ってみるとそこにはコルディア卿。そしてベッドに顔色の悪いモミジちゃんが寝かされていました。
「モミジちゃん!? コルディア卿、モミジちゃんはどうなされたのですか!?」
「ペギラヴァの冷凍波がかすめた。近くにいた兵士はみな凍死したのに、驚くべきことに彼女だけこの程度だ。が、さすがにもうゴーレム兵の操作は無理だと判断した。それでなくても昨夜から今まで、ゴーレム兵でペギラヴァを抑え続けていたのだからな」
「じ、じゃあ前線は?」
「幸いなことに、ルルペイア卿が復帰なされてゴーレム操作を引き継いでくださっている。【栄光の剣王】が他二名の賢者も救出してくれたので、とりあえずは安心だ」
サクヤさん達、ダンジョンからの賢者様達の救出をもう成功させたんだ。
すごいな、ダンジョンは今修羅場なのに。
「そこで本題だが、ユクハ・マーメル。モミジ嬢の回復を急いでほしい」
「は、はいっ!」
「そして回復次第、彼女を連れて西方転進旅団の馬車に乗って王都を離れてくれ。これはルルペイア卿の要請でもある」
――ーえっ?
「ど、どうしてです? ルルペイア卿とはいえ、いつまでも持たせる事は出来ません。また交代が必要になったらどうするんです?」
「王室精霊研究会は、ペギラヴァを精霊界に送り返す方法はないと結論した。それを受け、陛下は王都放棄を決断なされた」
―――――!!!
「いまペギラヴァを抑えている部隊は時間稼ぎだ。これよりは出来る限りの人材を逃がし、捲土重来を期すことが方針となる。先に滅んだヴォールガング皇国の二の舞だけは避けねばならん」
「そんな!」
「無念だ。が、我々ゼナス王国民の戦いはここで終わらない。君達才能ある若者は生き延び、いつか再び王都を取り戻してくれ」
そう言ってコルディア卿は部屋から出ていきました。
だけど、わたしは放心したまま。半ば条件反射のようにフレイムポックルと癒しの精霊ケヤルンガを出して、モミジちゃんを看護します。
「そうだ、ホノウくん! 前線で戦っているホノウくんはどうなるの?」
ホノウくんは今、前線陣地で魔法兵団といっしょに戦っている。
まだ所属もしてない研究生の身分なのに、わざわざ志願して戦うなんて、どこまでもホノウくんらしい。
でも、このまま王都を離れたら、もう二度と会えないかもしれない。
ホノウくんのことだから、死ぬまで戦うかもしれない。
「わたしに……もっと力があったら! ホノウくんと一緒に戦えるだけの力があったら!」
ふと思い出しました。
昨夜、その力への誘いをした彼女のことを。
もし今、同じことを言われて誘われたのなら。
わたしは何と答えるのだろう―――
――コンコン
ノックの音がして、わたしは現実に戻されました。
誰だろう、こんな時に訪問なんて。
「ユクハちゃん、居る? この部屋に居るって聞いて来たんだけど」
「サクヤさん? はい、わたしは居ます」
なんというタイミング!
ちょうど考えていた彼女が来てしまいました。
「ガチャッ」とドアを開けてサクヤさんは入ってきました。
「だいぶひどい状態になってきたね。吹雪いてきたし、雪の量もすごいし」
それはペギラヴァの抑止力が削れてきているということです。
もし、それが解放され王都侵入なんてされたら、多分大量の凍死者が出るでしょう。
そして、前線で戦っているホノウくんは……
「そうですね。外は寒かったでしょう」
「ううん。私、寒さはけっこう大丈夫なんだ。この程度ならね」
彼女は羽織っているコートを脱ぎました。
その下はいつも通りの冒険者の恰好。特に防寒の厚着とかはしていません。
そして彼女は、モミジちゃんの寝ているベッドに腰掛けました。
「モミジちゃん大丈夫? 大きなケガなんかは無いみたいだけど」
「え、ええ。なんでもペギラヴァの冷凍波がかすめたけど、無事だったって。近くの兵士の人達は凍死したらしいですけど」
「そっか。やっぱり【寒冷耐性】もあげといて正解だったな。ペギラヴァに挑むなら必須のスキルだね」
やっぱりサクヤさんのお陰だったのか。
やっぱり彼女は、スキルを上げるという不思議な力を持っているのか。
「ねぇユクハちゃん。ホノウにもう言った? 『あとで』の話」
「ま、まだです。それどころじゃありませんでしから。モミジちゃんも大変だったし、ホノウくんまで前戦に行っちゃったし」
「そっか……ねぇ。ホノウってさ、かっこいいよね」
え? ホノウくん?
いやたしかにホノウくんはかっこいいけど、この話の流れでガールズトーク?
モミジちゃん以外でそういう話は恥ずかしいな。
それに、そんな甘々な話してる場合じゃないと思うけど。
それでもサクヤさんは続ける。
「最近ちょっと良さがわかってきた。『俺をここに置いてユクハを救ってくれ』って言ったときなんか、感動したな。でも、二人はまだ恋人同士じゃないの?」
「は、はい! ホノウくんはお父さんに『わたしを一人前の召喚術士にしてくれ』って頼まれてて、それを果たすまでそういう関係にならないって決めてるみたいで」
それは遠い日のホノウくんの誓い。
お父さんの弟子だったホノウくんは、いつもお父さんにしごかれてて、それでも楽しそうで。
男同士の荒っぽい関係にわたしは入れなくて、少しさみしくって。
お父さんが死んだあとも、お父さんに頼まれた『わたしを一人前の召喚士する』って約束を何より守ろうとしてて。
だから、わたしはサクヤさんの誘いを受けることは絶対出来なかった。
わたしを最高の召喚士にしてくれるのは、ホノウくんだもの。
「そっか、ホノウらしいね。本当にホノウらしいよ」
サクヤさんはまるで何かを思い出すよう。
「でもさ。二人はいつかきっと良い恋人同士になると思う。それからユクハちゃんはホノウの素敵な花嫁になって、一杯の友達に囲まれながら、祝福されて」
「は、花嫁? やだ、恥ずかしいです」
ううっ顔が熱いよ。ちょっと赤くなってるかも。
「私もそこに居てさ。羨ましくて妬ましい気持ちがあるのに隠して、『おめでとう。二人で力を合わせてがんばってね』なーんて良い友達ぶって言っちゃってさ」
そんな日が来るのかな。来たらいいな。
「…………言ってあげたかったな。ごめん、そんな未来は来ない」
グイッ
サクヤさんはベッドから立ち上がり、わたしを抱き寄せました。
正面から見据えたそのまなざしは、深い悲しみをたたえた泉のよう。
「私が奪う」
――そっか、そういう事なんだ。
「みんな寒さと吹雪で苦しんでいる。王都に住む人達の命と生活は、女の子一人の恋心と引き換えにできるものじゃない。だから……」
―――うん、そうだよね。
わたしもこの街と住んでいる人達が大好きだから。
多分死ぬまで戦うであろう、わたしとお父さんの大切な人が死地にいるから。
「わかっています。だから……どうか、あやまらないで」
わたし達はどちらともなく抱き合い、冷たいキスを交わした。
そのキスは、大切な悲しみが消えてしまいそうなくらい気持ち良かった。




