30話 激昂する皇子【ゼイアード視点】
「ギュメイ参謀長。貴様の説明はよく分からんものだった。もう一度説明してもらおう。いったい何故、我らはこのまま本国へ引き返さねばならないのかね? 報告ではリーレット領軍に完全勝利したと聞いたが、あれは虚偽報告であったのかね?」
「い、いえ決してそんなことは! ですが、ザルバドネグザル元帥閣下のお慈悲が仇となり、リーレットの次の領主の襲撃を許してしまうこととなり、このような事態になった次第で……」
やーれやれ。
ノーブレン皇子の部隊に接触した俺たち。
だがギュメイ参謀長が事の次第を説明したならば、やはり皇子はじめ部隊一同を激怒させる結果となった。
ま、怒らない奴がいたなら、どっかおかしい奴だろうよ。
「よろしい、事の状況はよく理解した。それで? ゼナス王国攻略師団司令官とその直属部隊して赴任してきた我々は、これからどうすれば良いのかね? どこへ向かえばよいと? 参謀長としての意見を述べたまえ、ギュメイ参謀長」
「ははっ。ここは一刻も早く本国へと帰還し、善後策を検討すべきかと。また最大の戦犯であるザルバドネグザル元帥の身柄は押さえてあります。彼を軍事裁判にかけその罪を糺すことこそ、これからの……」
「それで済むと思うか、愚か者!!!」
ゲシィッ
ノーブレン皇子の足蹴が、平服する参謀長の面に飛びやがった。
インテリ参謀長の貧弱な体は、紙屑のようにふき飛んだ。
あの皇子、頭は悪いが体だけはやたら頑丈で、武術で鍛えるのが趣味って野郎だからな。
騎士の家系なら誉だろうが、皇子って立場だとそれはそれは厄介な資質になっちまう。
「わかっておるのか!? この戦には、皇位継承がかかっておるのだぞ! 遠征師団の司令を任じられながら何の成果もなく帰国したとあらば、我を推す貴族はこぞって弟どもに鞍替えするわ!」
「い、いいえ、そのような事は決して! この始末には殿下の落ち度はカケラたりともありませぬ! 私めがそれをよく廷臣の方々に説明さしあげれば、ノーブレン殿下の御評判はひとつも失われることなどありません! からして、帰国した際には私めにお任せあれば……」
「ええい、口を閉じよ無能が!」
「ゲシィッ」と二度目の蹴り。
鼻血出してフラフラじゃねぇか。
弁明が終わるまで生きていられるのか、あのインテリ参謀長?
「皇位継承を決めるのは『如何に失敗をせぬか』ではない! 『何を成したか』であるわ! 我が意気揚々と出征しながら、何の成果も得られず帰国したとあらば、それだけで皇位継承ははるか彼方へと飛んでしまうわ!!」
ま、たしかにこの脳筋皇子に、戦以外で得点できる方法なんてないしな。
内政も外交も、何もしないのが一番成果を出せるって有り様だからな。
「は、ははっ! であるなら、殿下はどのようにすべきだと仰られますか。もはやリーレットに続く道は魔蜘蛛がふさいでおり、進むことあいなりません。やはりここは無念をおして本国へ帰還し、挽回の策を講じることこそ最善であると愚考いたします次第で」
「ザルバドネグザルを起こせ」
「……は? い、いえ元帥閣下は重傷を負っており、働かせることは難しかろうと存じます。元帥閣下には本国で裁判を受けてもらわねばならぬため、ここで無理をさせるのは……」
「バカめ、どうせ処刑確定だ。であるなら最後の一働きで死のうと、何の問題もない。われの専属治癒師を貸してやる。何としても起こすのだ!」
「はっ、ははっ!」
ああ、悪い予感が当たりやがった。
あの脳筋皇子、こんな状況だってのに元帥を使って何かするつもりかよ。
こんな敗残兵の護衛隊長なんか引き受けねぇで、さっさと逃げてりゃよかったぜ。
なまじザルバドネグザル元帥にゃ拾ってもらい、レイナス卿に仕官を介してもらった恩があるから、つい逃げそびれたぜ。
ギュメイ参謀長と連れてきた治癒師が全力を尽くした結果。
ザルバドネグザル元帥は目覚め、ノーブレン皇子の前へと引きずり出された。
「ザルバドネグザル、事の始末は聞いた。きさまにしては信じられない失態だな。耄碌してつまらん情でもわいたか」
「ノーブレン皇子、弁明は一切いたしませぬ。ここで手打ちになさるも拷問なさるもご存分に」
「フン、肝だけはすわっておるな。では、これから任す仕事で期待に応えてもらおう。やり遂げたなら、きさまの罪一等を減じる手立てをとってやる」
「なんなりと。いかなるお役目でしょうかな」
「もう一度、魔蜘蛛を制御せよ。それをもってリーレット領都を制圧し橋頭堡とする。そこにて生き残った兵を集結させたなら、ふたたびゼナス王国の入り口くらいは制圧できるであろうよ」
「魔蜘蛛ですか……。あれは我らよりはるかにレベルの高い生物なだけあって、召喚直後に支配の術をかけねばならぬ難物。それに何より、今はアレを失って……」
「ええいッ、ゴチャゴチャと泣き言を言うでないわ! やらねば、そなたは帰国後に処刑じゃ。帰国の道中も安穏としていられると思うでないぞ」
「…………よろしい。ノーブレン皇子殿下のため、わが術の死力を尽くして成し遂げて御覧に入れましょう。ですが、そのためには殿下にもご助力いただけるなら幸いです」
「フン、まぁ、やれるというなら、我も手助けしてやることは、やぶさかではない。その代わり失敗したら後はないぞ」
「ははぁッ」
なんてこった、本当にもう一度魔蜘蛛の制御をやるつもりかよ。
アレの召喚の現場に立ち会ったことはあるが、ひどく複雑な魔方陣を幾重にも張って動きを止めてから、支配の術を施したはずだぞ。
あんな自在に動き回っている野生の魔界生物に、もう一度術をかけるなんて出来るのか?




