131話 伝説のモンスター
「その名は【スキュラ】。美しい女性が、嫉妬した魔女の呪いによって下半身を六体のモンスターに変えられた伝説の怪物です」
その伝説通りの見た目の怪物がいきなり村に現れ、蹂躙したのだという。体長こそ人間の二倍半から三倍程度。されど美しい女性の下半身は凶暴な魔獣になっており、炎、氷雪、雷、岩礫、毒霧を嵐にして振りまき、近づくことすら出来ず村の戦闘団は全滅させられたのだと。
「ずいぶん欲張りセットな怪物だね。それだけの特殊能力を一度に使ったの? それも、これだけの畑地や家を壊滅させるほどの威力で」
そんなモンスターは噂でも聞いたことがない。まさにおとぎ話の怪物。
「はい……わたしは見ていないんですけど、逃げて来た冒険者たちの話ではそうだと」
その後村をさんざん蹂躙する怪物から村人たちは逃げだしはじめた。ミレイの父母も下男たちを使って家財道具をまとめ逃げようとした。だが家が怪物の召喚した大岩に潰され両親は死亡。
「ひどいんです。下男どもは父母の死を悼むでもなく、家財道具を勝手に持ち出して逃げ出しました。わたしの側女に止めるよう命じたのに、そいつらも逃げてしまって」
あれ? モンスターの情報だけ欲しかったのに、この娘の身の上話まで聞く流れになっている?
その後、彼女は村に置いてやっていた異邦人の農夫らに納屋に引きずり込まれ蹂躙されたらしい。そんな悲劇を涙ながらに聞かされたが、正直どうでもいい。
「あいつらよくも……! せっかく働き場所を世話してあげた恩も忘れて!」
「激昂してるとこ悪いけど、よくある外国人労働者問題だよ。君の家も、その異邦人らを都合のいい労働力として狭い場所に囲って安く使っていたんだろう? 恩どころか恨みを買って、社会崩壊をきっかけに親の分まで一気に君に来たんだろうね」
「咲夜さん! 言い方!」
「現実を知らせることは大事だよ。傷心の女の子に優しくすることは誰でも出来る。でもミレイちゃんのこれからを考えれば、現実を知らないで現実を生きることは出来ないからね」
それでも真琴ちゃんもミレイちゃんも、私を睨む。
ま、それもしょうがないか。正直、私はミレイちゃんがあまり好きじゃない。『異邦人』と呼ばれる人への差別的な感情が透けて見えるのだ。
「私は使えるものがないか、もう少し調べてくる。食料の類いは見つけてないからね。真琴ちゃんはミレイちゃんを出発できるよう世話してあげて」
まぁミレイちゃんの不幸はともかく。私にはその強力すぎる怪物の能力の方が気になった。強力なモンスターは、たいてい能力の一点特化が普通だ。それだけの数の能力を、高いレベルで使いこなすその怪物とはいったい?
とにかくミレイちゃんの服やリュックを調達し、私たちは村を出発した。
行けども行けども焼き払われた農地が続く。
これだけの作物が収穫出来ないんじゃ、今年は飢饉が起きるかもしれない。
ミレイちゃんの足に合わせて歩かなきゃならないし、食料は結局見つからなかったしで、早晩この旅路は破綻する。どこかで何とかしなきゃならない。
やっと農地を出て荒地に出たところで、日が暮れはじめた。
「領都メガブリセントは、馬で三日の距離だったね。歩きだと何日かな」
本当に大きな領地だな。ここがどこか今だに聞いていないけど、相当高位の貴族領かもしれない。
「あの……今夜はどうするんです? ここらはモンスターが徘徊する危険な場所で、野宿は危険だと思います。それに野宿なんてしたことなくて」
「んじゃ、安全なところまで歩く? 夜通しで」
「あ、あの……もう足が動かなくて。それにお腹もすいて、それはとても」
「野宿しか選択肢はないみたいだね。僕が守るからミレイちゃんもがんばって」
真琴ちゃん、男の子になっている。一人称の『僕』になってるし。
前の事件で男の子のフリをしている期間が長かったせいで、もうこっちのキャラの方が楽なんだとか。
火をおこし寝袋を出して準備完了。
「それじゃ火の番と見張りは二人で交代でお願い。私、昨日はまったく寝てなくて、さすがに今夜はもうムリ」
私は寝袋を使わずマントにくるまる。ちょっと危険な気配がするので、少しでも速く剣が抜けるようにするためだ。
「大変でしたしね。見張りはミレイちゃんと二人でやりますので、今夜咲夜さんは休んでください」
昨晩は将棋魔人とのバトルで頭もすごく酷使したし、まったく寝てなくて、もう限界だよ。え? 指示通り指すだけで頭なんか使ってないって? 竜崎さんが入る前の奨励会の子たちとの将棋で、限界まで酷使したんだよ!
「ね、ねぇマコト。今さらだけど、ここってすごく危険じゃない? 狼の遠吠えがすごく近いし」
「僕もそう言ったんだけどね。咲夜さんが言うには、だからこの場所にしたんだって。ご飯を調達するからって」
「ワザと!? この辺りのロングウルフってすごく頭が良いって話なのよ! 気がついたら囲まれてて、あっという間にやられちゃうって!」
「大丈夫だから。咲夜さんはすごく強いし、僕も、その少しは強いから」
むむ。イチャイチャ声がうっとおしい。こんなもん聞かされてたら眠れない……グー。
――「きゃあっ! 囲まれてる! だから言ったのに!!」
「咲夜さん、来ました! すごく大きな狼です!」
途端、私はメガデスを握りマント払いのけ抜剣。
目は完全には醒めていなくとも、気配のみで位置はわかる。
一、二、………八匹か。多いな。
一息でやれるのは四匹のみ。残りは相手の出方次第だね。
「スキル【疾風襲狼牙】!!」
最接近しているロングウルフから近いもの順に四匹。
風のように駆け抜け、首を跳ね飛ばす。
ボトッ、ボトッ……
落ちてくる首には気にもとめず、残りの狼の出方に集中。
幸い残りは襲撃はあきらめ、踵を返して逃げていくようだ。
「んじゃ、血抜きよろしく。朝になったら解体して朝ごはんにしよう。あ、血のニオイにつられて、もっとやばいモンスターが来るかもしれないから、見張りもしっかりね」
それだけ言ってふたたびマントにくるまる。
ああ、血なまぐさい。間違いなくこのニオイに釣られて来るモンスターはいるよね。これじゃ今夜は半寝しか出来ない。もうちょっと丁寧にやるべきだったよ。
「ななななな、なんですの、あの人! ロングウルフを一瞬で四匹も狩るなんて、人間じゃないわよ!」
「落ち着いて。だから咲夜さんはすごく強いんだって。とにかく血抜きをするから、ランプを持ってて。さすがに二日もご飯抜きはツライし」
「ううっ、ヒドイ臭い。ホントにこんなの食べるの? ニオイだけで吐いちゃいそう」
「咲夜さんは解体もスゴイから、ちゃんと内臓もとってくれるよ。知ってる? 内臓ってウンコだらけなんだよ。だから抜き取り作業は手がウンコまみれになっちゃうんで、普通は水場のないところではやらないんだよね」
「いじわる! そんな話聞きたくない!」
ああもう、イチャイチャうっとおしいな。真琴ちゃんもすっかり男の子だし。
今度モンスターが来たら、二人が少し齧られるまで寝ててやろうか。
ムニャムニャ……




