130話 村長の娘ミレイ
ともかくこの娘を介抱してあげないとね。
毛布はかさばるせいか残っていたので、それを敷いて彼女を乗せ、手足の傷を真琴ちゃんのヒールで治療する。その後体を拭いて全身の血液と精液を洗い流す。オスのケモノ臭は足から髪の毛にまでついてて、さすがの私もクラクラした。壮大な祭りだったみたいだ。妊娠しないことを祈るばかりだね。
だけどここまで苦労して手当したのに、彼女は目を覚ましたとたん、
「来ないで異邦人! この薄汚い流れ者!!」
とか言って、毛布を引っかぶって納屋の隅にうずくまってしまった。
まぁ、助けたからって感謝されるとは限らないんだけど。でも『異邦人』って言葉には、この世界で侮蔑的な意味合いがあるんだよね。
「君、私たちは君を襲った者たちとは無関係だ。倒れていた君を助けたんだよ」
「うるさい! この恩知らずの無頼ども!! せっかく働き口を世話してやったロウベリー家のわたしに、よくもこんな……!」
「え? 恩知らずって? 助けたのは私たちなんだけど」
「ちがうよ真琴ちゃん。おそらくこの娘の一家が囲い込んでいた農奴のことだと思うよ」
この娘に起こった状況が呑み込めてきた。この規模の農地を運営するには大量の小作人が必要だ。しかし大量の人を雇うにはかなりの出費がかかるし、まともな方法じゃ人件費で赤が出る。
ゆえに、どこからか連れてきた異邦人の集団を農奴にしていた。どういった経緯なのかは分からないし、聞かない方がいいだろうね。
それはともかく、彼女はヒステリーを起こしてて埒が明かない。
真琴ちゃんが優しく丁寧に状況を説明しても、聞く耳を持ちやしないし。
「どうしましょう。怯えすぎて話なんて出来ませんよ。相当ひどい目にあったみたいだから、無理もありませんけど」
「それじゃ行こうか。このままこの娘のご機嫌とって時間つぶすワケにもいかないし」
面倒臭くなった。街の方向は足跡やら車輪跡が同一方向に向いているから、この娘に聞く必要もないし。なので出入り口に踵を返し、真琴ちゃんの手を引く。
「え? もしかして置いていくんですか? こんな場所に置いていったら、この娘死んでしまいますよ」
「ここは日本じゃないからね。助けを求められたならともかく、拒む相手まで助ける必要はないんだよ。勝手に野垂れ死ぬ権利は誰にでもあるんだから」
「野垂れ死には権利とかじゃないでしょう! それをさせないために助けるんじゃないですか!」
好き勝手に生きて、その果てに野垂れ死ぬ権利ってのは、あると思うんだけどね。冒険者世界になじみ過ぎた考え方なのかな。
「わかった。いちおう忠告だけはしておこうか。たしかに状況がわからないまま放り出すのも可哀そうだしね」
私はもう一度彼女に向かい、毛布を被ってうずくまるその背に優しく声をかける。
「お嬢さん、この辺り一帯は死体だらけで助けを求められる相手は誰もいない。死体まわりの物資はそれなりに使えるものが残っているから、一人でどうにかするつもりなら使いなよ。私たちはもう行くから怯えなくていいよ」
これで良いかな。良くなくても、それはこの娘自信の問題。
私はふたたび背中を向けて出口に向かう。
「え? それだけ? 本当にこのまま置いていくんですか?」
「地元の娘なら安全な街の場所くらい知っているでしょ。周辺警戒を最大レベルにして、死肉漁りの獣や火事場ドロボウの盗賊なんかに見つからずに進めば、十分いけるいける。生き延びる確率は悪くないよ」
「それは冒険者の話! こんなお嬢さんが周辺警戒の仕方なんか知ってるはずないでしょう!」
だよね。あえて気づかないまま立ち去りたかったのに。
あーあ。日本の人道平和主義をこの世界に持ち込んだら、ひどく苦労するんだけどな。
「じゃあ最終手段だ。レイプの傷は愛あるエッチで癒す。これ常識」
「え? 聞いたことない常識ですけど。それにそのワキワキした手は、いったい何をするつもりです?」
「心の傷なんざワイの超絶エロテクで木っ端微塵にしたる。エッチ大好き彼女に変えてさしあげるんや。エチエチのアヘアヘにしたるわぁ!」
「ギャーーッ関西ヤクザになっちゃった! それだけはしてはいけない! 人間としてそれだけは絶対ダメーーッ!!」
真琴ちゃんにしがみつかれて必死に止められた。どうすりゃ良いってのよ。
しかし怯えた目で私たちを見ていた彼女は、おずおずと言葉を出しはじめた。
「あ、あの……」
「んん? なんやぁお嬢ちゃん。言いたいことあるんかぁ?」
おっと関西ヤクザが抜けない。いい加減にしないと極道キャラになってしまう。
「わたしはこのコーラル村村長の末娘ミレイ・ロウベリーと申します。助けていただいてありがとうございました」
高い教育を受けた淑女のような物腰丁寧な言葉。おそらく貴族様の側女にでもと考えられて教育されてきたんだろうね。
ま、仮面を被っているような気取った物腰しゃべり方はともかく(ロミアちゃんの高レベル淑女モードを見慣れているせいで粗が見えてしまう)、ちゃんと受け答えしてくれるのはありがたい。
「村長の娘さんか。私たちは旅人。あなたの言う通り異邦人だけどね。この村……いや村だった場所には他に誰もいないと思うよ。君は置いていかれたみたいだ。その理由はやっぱり」
それなりに大事にされるべき立場のこの娘が、置き去りにされ獣欲に蹂躙されるがままに放っておかれたその理由。それは大事にされる理由が消えたせい。つまり――
「はい、父と母は避難が遅れて家の下敷きになりました。若衆や冒険者を率いていた兄達も、あれの迎撃に出て、あえなく最期を遂げました」
「つまりは、今は元村長の娘。ただの孤児になっちゃったんだね。村が壊滅したから財産といえる物も無くなっちゃったワケだ。見事な転落撃。今はただの一文無しなら、どうしようか。うーん」
「ちょっと! 咲夜さん!」
真琴ちゃん、これは会話術なんだ。それなりに裕福な家庭に生まれてきて高慢っぽく育った彼女を連れ歩くのは時間かかりそうだ。こっちのペースで進めるために、あえて現実を突きつけているんだよ。
「あ、あの! わたしを【領都メガブリセント】まで連れていってもらえないでしょうか? そこで末兄が働いているので頼りたいんです。お礼も兄から出ると思います」
メガブリセント? どこの領の首都だっけ。ま、それは後で聞くとして、先に聞きたいことは別にある。
「お金はいいよ。君もこの先大変だろうし、無理はさせられない。だからお礼は情報でもらおうかな。いったい何が起こって、これだけの被害をもたらしたのは何者なのか。それを詳しく聞きたいな」
「はい。それはとっても恐ろしいものでした――」
彼女の話では、それはたった一体の魔物の仕業という。
これでここに魔物の死骸がなかったことへの説明がつく。だけどたった一体でこれだけの村を壊滅させるなんて、どれだけの怪物なんだ。




