118話 恐怖の将棋魔境! 咲夜囚わる【岩長視点】
咲夜が出た後、車で湯雪と適当な話をしながら駄弁って時間を潰してたが、ふと時計を見てつぶやく。
「咲夜が出て一時間か。そろそろだな。行くか」
「どこへです? あ、もしかして、やっと帰してもらえるんですか?」
「残念だがここは検問内。出るにも相当な手続きが必要になるから、まだ送ってやることは出来ん。悪いが今日一日は我慢してもらおう」
「はぁ。しかたないからガマンしますが……では、どこに行くんです?」
「指揮所だ。竜崎が難儀しているだろうから手伝いに行ってやるのだ。湯雪、お前も来い」
「は、はい? いえ、ああいう所って一般人が入れる場所じゃないですよね? なんであたしが」
「お前は咲夜が苦戦した場合の秘密兵器ということにしてあるからな。融通をきかせる」
「ええ! 秘密兵器ってなんです? それにそこって警察の中の特殊部隊みたいな部署の司令部みたいな所なんですよね? そこの人に融通きかせるって、岩長さんってばいったい……」
ゴチャゴチャ質問する湯雪を無視して引っ張ってゆき、指揮所前の警備に竜崎へアポをとると、すぐに中に通された。やはり手詰まりしてたようだな。
「よう、竜崎。来てやったぞ」
「岩長くん、何の用です。見てのとおりこちらは非常に忙しいのですが」
「だろうな。結界の電波遮断で突入部隊との連絡がとれず、対応に窮す。そんなところだろう」
「はぁ、さすがですね。諸菱高校の時と同じです。せめて作戦が順調か否かだけでも知りたいのですが。結界内の突入部隊の様子を探る方法、岩長くんなら何かありますか?」
「まぁ手がないこともない。咲夜への通信を貸せ。何とかしてやる」
そう言うと、指揮車両近くの通信機器が並ぶ場所に連れてこられた。そこではスタッフが機器いろいろ動かし何とか通信をとろうと四苦八苦している最中だった。
機器のひとつのマイクを取って言った。
「これが咲夜さんへ連絡をとる機器です。本来ならスピーカーから音声が流れこのマイクで話しかけるのですが、現在は雑音ばかりで役にたちません。そうとう強度の高い電波のはずなのですが」
建物全体を覆う電波遮断か。この手口、やはりルルアーバを思い出してしまう。まさか、ヤツが生きているなんてことはないだろうな。ともかくオレはマイクを竜崎から受け取る。
「スキル【魔力通話】」
通信機器から発する電波に魔力を乗せて発信する。専用の機器でやれば世界線すら越えるが、この場合はオレの魔力のみで十分。
「おい咲夜、聞こえるか? 聞いてたら返事をしろ」
『ザザッ…………お、お兄ちゃん? 通信できるようになったの?』
スピーカーから咲夜の声が流れると、現場スタッフ全員から「おおっ」という声がわいた。
「そんな……いったいどうやったんです? われわれ専用オペレーターでもまったく打つ手がなかったのに」
スタッフのすがるようなまなざしの疑問に「秘密だ」とだけ返しておく。説明できるような方法でもないしな。それより咲夜との通信だ。
「ああ、オレだ。そちらの現在位置、お前アンド一緒に入ったヤツラは何をしているのか報告しろ」
『ば、場所は二階将棋道場。なにしてるかというと……将棋してる。ううっ、ここの子供メッチャ強い。昔習った必勝法がまるで通用しない』
「はぁ? なにをやっているのだ。だいたい奨会生にキサマが昔習った定跡など通用するか。そんなものはとっくに攻略法まで研究されつくされていて……ではなくて! 何をやってるのだ! 人質の子らと仲良く将棋で遊んでいるのか、キサマは!?」
『違うんだよ。ここの建物に入った瞬間、なぜか将棋をしなきゃならない気分になって逆らえなかったんだ。私だけじゃなく突入班の人たちも全員。話かけても誰も応えないで、みんな一心不乱に将棋を指している』
「ふうむ。なるほど、行動指向性の洗脳か。そういった事に耐性をつけてあるお前がかかるとは、そうとうだな。で、ただ指しているだけか? 勝ったり負けたりしたら、どうにかなるのか?」
『五人抜きした者は上の階に行けって指示があった。私たちが加わったから、上に行った子が増えたみたいだね』
「上の階……棋士の対局室がある場所だな」
見取り図を見ると一階は受付およびショップ。二階が一般来客の対局や指導の道場。三階が事務室。四階が高雄、棋峰、雲鶴、飛燕、銀沙といった棋士および奨励会員の対局室。そして五階が香雲の間。将棋記者のたまり場によく使われる部屋らしいが、傾向からいって元凶はここに居るのだろう。
「よくわかった。少し待っていろ。こちらで対策をこうじる」
いったん通信を切り「という状況だ」と言って周りを見回すと、竜崎はじめだれもが頭をかかえた。
「突入班は敵の仕掛けにハマり作戦不能ですか。咲夜さんまで」
「今さらだが将棋会館の結界があれほど強力だった理由がわかった。元凶は会館内の棋士、奨会生の将棋に対する執念を統合し魔力で増幅して結界の力に変えているのだ。さらに中では純粋に将棋のことしか考えられん魔境になっているようだな」
「状況がわかったのは助かりましたが、ここからどうしますか。咲夜さんに呼びかけ続けるしか手はないですかね」
「いいや、それより将棋だ。竜崎、将棋盤を持ってこい」
「将棋盤? どうするんです」
「とにかく唯一意識を保っている咲夜を勝たせなければ打開はできん。こちらで誘導して勝たせるのだ」
「なるほど。誰か。預かっている被害者の持ち物で、それがあった記憶があります。持ってきてください」
「それとこの事態を引き起こしたヤツはおそらく元人間の魔人、それも東京将棋会館に縁の深い棋士か奨会生かもしれん。元凶もかなりの将棋への執念あってこその将棋魔境だろうからな」
「なるほど、考えられますね。本部に連絡して会館に囚われている以外で行方の知れない人物を洗ってもらいましょう」
やがて将棋盤が届き、テーブルも設置されてその上に置かれる。オレはマイクを持ったままその一方に座った。
「さて。相手側はオレがやるとして、咲夜の手を担当できるヤツはいるか? 奨会生に対抗できるだけの棋力をもった奴だ」
すると竜崎が向かい側へ座った。
「私がやりましょう。じつは私も元奨会生です。中学まで行ってました」
「中学ね……ずいぶん昔だが大丈夫か? 何級までいったんだ」
「三段です。やめた後もたまに強い人と指しているので大丈夫です」
「プロ直前じゃねぇか! 中学でその段位なら十分プロを狙えたろう。何でやめたんだ?」
「将棋のことしか考えないのが嫌だったんですよ。世界の多くを知りたい学びたいと思っていたのでね。っと、私のことより駒の配置はどうするんです? どうにか知る方法があるんですか」
「ああ。というより、もう知っている。今咲夜が今指している局面はこうだ」
駒を盤の上にパチパチ並べる。向こう世界に送る前から咲夜の体にはとある仕掛けがしてあって、咲夜の見たものはオレも見ることが出来るのだ。
「大したものですね。で、その能力の説明も、やはり………」
「説明はナシだ。詮索するな。さて、やはり咲夜は負けているな。というより投了寸前か。終わらせて次からにするか?」
「………いえ、まだ詰みにはなっていません。序盤の定跡もたしかで局面も悪くない。ここから逆転します」
「パチリ」と駒が置かれた瞬間、すかさずマイクで咲夜に手を示す。
「咲夜、聞こえるか。次は7七歩。ここからはオレの指示通りに指せ」
『このまま将棋を指し続けるの? 任務はどうするの』
「無論続ける。これは作戦の一環だ。とにかく今は将棋に勝て。オレの言う通りに指して勝ち上がることが、今お前のやるべき事だ」
『わ、わかった。7七歩だね。パチリ』
パチリパチリと駒の音が響き、竜崎が指すたびに咲夜に指示をとばす。やがて局面はいつの間にか竜崎が優勢になり、詰みまであと数手にまで逆転した。
「ところで岩長くん。その後ろのお嬢さんはなんです? あまりここに一般人を入れるのは好ましくないんですが」
オレの後ろで小さくなってかしこまっている湯雪を見て竜崎は言った。コイツはあまり気にしてなさそうだったが、部下からの無言の圧力でしかたなく聞いてみた、といったところか。
「コイツは秘密兵器だからな。咲夜が危機だから出番はある。悪いが、しばらく置かせてもらうぞ」
じつはこれまでの展開は事前にスキル【未来視】で視てきたことなのだ。これを視たとき、なぜオレが到着を遅らせてまで湯雪を連れていくのか疑問だった。が、ちゃんとこの娘にも役目はあった。
しかしまるで将棋だな。事件という盤上で咲夜、竜崎、湯雪といった駒を動かし、将棋会館という陣地に切り込み、魔人という玉を狙う。せいぜい相手詰みを目指して指しまわそうか。
とある作品の「まるで将棋だな」は用法が間違っている。これが正しい使い方だ。




