48話 異世界調査研究室
それから一か月。
私たちはお兄ちゃんが未来視で魔物が人間の領域に漏れ出すのを見るたびに出動して、それを退治してまわっている。
これは善意からだけでなく、真琴ちゃんに実戦経験を積ませるのと、配信でリソースを集めるためのものなのだ。来たるべき魔界貴族を倒すための準備として。
「よいっしょおお!」
不気味な魔獣に剣撃を叩きこむ。
それは犬の頭が二つ猫の首が一つで体が人間のキメラ。
それは魔界の生物がこっちの世界の生き物を取り込んで融合した魔獣だそうな。
「ホワイト、とどめ!」
「ライトアロー13連!!」
13条の光の矢がキメラに突き刺さり、それはひからびた骸に変わる。
「よおっし、良い画が撮れた! シメをいけ!」
最近はラムスも撮影に慣れてきて、アクションやら構図やらポーズにやたら指示を出してくる。
まぁ、この配信もお兄ちゃんのリソースになって、魔界貴族を倒す力になるから疎かにするわけにはいかないんだけど。
「カリギュラの清き光が悪を討つ!」
「邪悪な者どもよ。カリギュラがいる限り人の街にお前たちを近づけることは……ちいっ!」
カオスアイの魔力光の殺気だ。
それを察知した瞬間、ポーズをやめて迎撃の型をとる。
後れて放たれる死の光条。
「てええいっ!」
シュバアアアアアッ
気合一閃、魔力光を切り裂き霧散させる。
「おおうっ、またしてもいい画が撮れた! そのまま剣を天にかざしてキメをしろ」
「もう撮影はいいって。アルザベール城に近づきすぎたし危険だよ」
当然だが、いかに剣術レベル10でも光より速く腕を振ることは出来ない。
だからカオスアイの殺気をよみ、照準から照射までの間に予想位置にメガデスを置いて捌いているのだ。
だけどそれには距離がいる。近づけば近づくほどガードがキビしくなるので、アルザベール城からは一定の距離をとらないといけないのだ。
「おーいモミジ、素材集めはほどほどにして帰るよ。ミスターXに転移頼むから」
「はいな。ま、今回は低級のザコやったし、あんま気張らんでもええな」
倒した魔物の素材集めを切り上げ、モミジも私たちの元に来る。
これが最近の私たちの日常だ。
「しっかし、サクヤはんとマコトはんの身バレしたって話はどうなったんやろな。あれから何もおこらんし、大丈夫やったんやろか」
そんなはずはない。あの場面は長舩さんもしっかり見ていたし、唯ちゃんにつき添って後方に退がっていたし。
まぁこの事はお兄ちゃんが対策を考えているし、私が悩んでもしょうがない。私は私で魔物退治をがんばろう。
◇◇◇◇
自衛隊隊員 長舩宗也視点
市ヶ谷地区防衛研究所 異世界調査研究室
長舩は3佐の昇進とともに、上から防衛研究所の異世界調査研究室への移動を命じられた。
そして職員複数人のいる研究室にて、責任者の竜崎という管理官に着任の挨拶をした。
彼は管理官という立場ながらかなり若く、髪はボサボサのまま。考え事をすると髪をワシャワシャ掻く癖があるのでそうなっているそうだ。
「長舩3佐、ご足労ありがとうございます。今日よりあなたはここに所属してもらい、新宿の異変および関連する案件の調査に従事してもらいます」
「はい、上からそのように命じられました。しかし隊の方はよろしいのでしょうか。人材が大きく失われ、再編が急務のこの時期に自分がいないのは」
「ええ、本隊再編も重要ですね。ですが異世界関係の情報を収集するのはさらに重要です。残念ですが自衛隊は対海外勢力防衛維持のため、あの城へは戦力の抽出が出来ない状況となりました。ゆえにこの異世界研究調査室が対処の中心です」
特殊作戦群の大半が喪われたのだ。これ以上自衛隊がすり減っては本当に国土維持が危うい。この時代であっても、他国の侵略を夢見る海外勢力というのはあるのだ。
「実働部隊でなく防研が対処の中心ですか。しかし緊急事態が起こった場合、どのように対処を?」
「そのための人材スカウトが防異研最初の任務です。ちょうど昨夜配信があったそれを記録してあります」
竜崎管理官は録画した映像をモニターに流した。
そこに映るカリギュラは、驚異的なスピードで異形を剣でさばき、謎の光で焼却し、果てはレーザーを剣で霧散させた。
一見特撮のような超人ぶりだが、これらは皆一切のしかけ無しの映像なのだ。
「まるでヒーロー番組ですな。自分らはこの異形に隊創立以来最大の犠牲を出したというのに、あちらはこのようなミエを切って戦う余裕があるとは」
「子供向け番組なら、私たち防衛機関はヒーローの正体なんか気にせず活躍を見守っているだけですがね。現実の世界に住む私達は、その正体を調査し上に報告しなきゃなりません。さらに今回はスカウトも追加です」
「彼女らの正体らしき話は、松坂唯という少女から聞き及んで報告に上げました。結果はどうだったのでしょう」
「ビンゴ、ですね。当たりです」
竜崎はモニターを切り替え、一人の男と少女二人のプロフィールを表示した。
「まず野花咲夜という少女ですが、一年ほど消息がつかめません。いちおう兄の元で仕事をしていることになっていますが、どこで何をしていたのかまったく不明です」
「少年のような風貌の南原真琴という少女はどうでしょう。彼女の話では、学校を休学して仕事に出ているそうですが」
「同じく野花咲夜の兄・野花岩長に雇われて仕事をしているそうですが、これも同様に消息不明。家族には定期的に手紙が届いているので、問題になっていませんが」
「少女二人はその素顔ですか。で、もう一人の男性は?」
「野花咲夜の兄にして二人の雇い主の野花岩長です。彼がカリギュラ側の大本と考えられます。まさか、ここで彼の名を聞くとは思いませんでしたね」
竜崎の声には妙になつかしそうな響きがあった。
「じつは彼、高校時代の同級生だったんです。少しばかり因縁もありましてね」
「知り合いだったのですか。いったいどのような者なのです。あのような力、ただの少女らに与えられるフシがあったのですか」
「少し昔の話をしましょう。私の通った高校はそれなりの進学校でしたが、彼はいわゆる落ちこぼれ。成績の低迷もかまわず女遊びばかりしていた男でした。が、ある日私にからんできましてね」
―――とある進学校時代の岩長と竜崎
「いよう竜崎。また全国模試一番なんて、つまんねーモン目指してお勉強かぁ? あんなもん、そこそこで良かろうが。一等目指すなんざ時間の無駄だ、無駄」
「別に一位を目指してなんていません。だけどそれなりに上の大学でなければ、僕の頭を満足させる授業なんてありませんから。だから勉強してます」
「フン……知的好奇心ってのを満足させたい?」
「ええ。興味の尽きない難解なものを求めて上の学校を目指してます。好きで勉強してるんだから放っておいてください」
「……気にいらんな、奴と同じ臭いがする。おい竜崎、オレと勝負しろ。負けたらオレの言うことをきいてもらう」
「はぁ? ケンカなんてしませんよ。かわりに高額訴訟でもしましょうか」
「バカめ。勝負を挑むなら、相手の得意なものでなければ意味はなかろう。それに勝たなければ相手を屈服させたとは言えん」
「……へぇ、意外と道理がわかっているじゃありませんか。ではまさか全国模試の順位でも競おうと?」
「そうだ。今度の全国模試、貴様の一位を陥落させてくれる」
「驚きました。与太であれ、僕に『試験で勝つ』と言えるなんて。まぁ僕は普通にやるんで、勝負したければ勝手にどうぞ。もちろん負けたら野花くんの言うことを何でも聞きますよ」
――――回想終了
「その後何をさせられたかは汚い話なので省略しましょう。とにかく野花くんはたった一ヵ月程度の勉強期間で、全国模試受講者の頂点となりました」
「まさか……自分はそこまで順位を上げることに熱心ではなかったので詳しくありませんが、それで全国一位なんて不可能なのでは?」
「ええ。それなりに長い期間基礎を固めてなければ上にはいけません。ましてや頂点は天才どもの食い合いです。野花くんにはとても不可能……のはずでした」
「ならばカンニング? 見も知らぬ彼を貶めているようで気がひけますが」
「カンニングでも不可能です。膨大な知識量の有無を短時間に問われるので、不正など間に合いません。この謎は解らず終いと思ってましたが……どうやら、今になって答えがわかりそうです」
「異世界技術? まさかそんな昔から野花氏はそれを得ていたと?」
「その頃から使えたとなれば、野花咲夜さんが異世界から来て超人的な能力を有している理由になるでしょう。今年春の剣王ヶ岳にあらわれた謎の女剣士。それも咲夜さんでしょうし」
「あれですか……そういえば剣の形状やその女性の年恰好は一致しますね。あれに思い至らなかったのは不覚でした。では、野花兄妹をどこかに呼んで詳しい話を聞くのですね」
「いえ。それではどこまで本当の話をしていただけるのか疑問です。それより、こちらには野花兄妹に対する有効な人材がいます。彼に二人を頼みましょう」
「有効な人材ですと? それは誰です」
「野花さん、ちょっとこちらに来てください」
―――また、野花?
「はい、管理官」
呼ばれてこちらに来たのは、立派な髭をした厳格そうな初老の男だった。雰囲気は軍人より警官に近いものがある。
「紹介しましょう。閣僚特別権限で、警察庁よりこちらの調査員に任命された野花総一郎さんです。そして野花兄妹の父親です」




