EP5.翌日、樹海の道にて
眼前に広がる鮮やかなエメラルドグリーンの樹海。
その草木が織り成す瑞々しくも苦味を帯びた匂い。
木々の隙間を掻い潜り降り注ぐ日差し。
この情景を見ようものなら誰もが圧倒されるだろう。
全は目を閉じ微笑みながら考えた。
異世界というのは凄いところだ。
刹那、全の頬を何かが掠めた。
樹木から伸びた枝である。
しかし、全は頬のかすり傷を気にしていなかった。
「もう少しで街に着きますよ」
経過を報告するカナリアは全速力で走っている。
背負っている全に空気抵抗を浴びせながら。
木々はカナリアが真横を通ると揺れ、あまりの早さに落葉ですら鋭利な刃物へと変貌する。
その速度は優に時速百キロは出ており、死を覚悟する全は数十分前の出来事を後悔していた。
――――――――――
夜の樹海をむやみやたらと歩くのは危険だと、カナリアは野宿を提案し全はそれに同意した。
就寝するまでの間にカナリアはアナザーと呼ばれるこの世界について軽く説明を話してくれた。
この世界には五つの種族がいること。
それぞれが国家を持っており、昔の戦争を境に共存協定を結び、今は平和な世界を維持していること。
その他、アナザーで生きていく上で必要なことを大体教わり、就寝した。
朝、先に起きていたカナリアは新しい焚き火と朝食の用意をしていた。
朝食は香草で臭みを抜いた焼き魚だ。
おそらく全が落ちた水場とその周辺で取れた食材で調理したのだろう。
この状況からするに彼女は野宿に慣れており、周辺で食べられるモノは大方把握していると伺える。
その彼女というと、調理した焼き魚を黙々と食べている。
「街まで徒歩で歩くと時間が掛かります。昨日のうちに私が帰還しなかったことをギルドの皆様も心配していることと思います」
前触れもなく、カナリアが現状を話す。
カナリアの身体能力なら一人でこの森を走り抜けることは容易だろう。
全は自身が足手まといになっていることを重々承知していた。
「なら先に───」
全が「カナリアだけギルドに帰れば良い」と話しきるより先にカナリアは立ち上がる。
「私一人ならギルドに帰るのは簡単です。しかし、ゼン様をここに一人にするようなことは致しません。そこで───」
――――――――――
カナリアの「私が速度を落としつつ、ゼン様を背負い走れば良い」という提案を全は受け入れた。
その結果、ハイウェイを全速力のオープンカーで走るような状態となり、現在に至る。
「カナ、リアさん……!もう……少し……遅っ──」
全の声が聞こえていないカナリアは手慣れた様子で崖を飛び降り、全はその衝撃で吐き気を催した。
逆流より早くカナリアが軽快に走り始め、吐き気は体の奥へと引っ込んだ。
「あと数分で着きますよ」
カナリアは悪意の無い声色で後ろの全に話しかける。
後ろで天へと召されそうな全をよそに。