EP1.成崎 全
「全兄!なんで起こしてくれなかったの!?」
二人暮らしには最適な間取りの一室で、女性の喧騒が響き渡る。
「俺は一が起きるより三十分も前に一度起こしたぞ。返事もしていたし、二度寝したなら自業自得だろ」
兄の成崎 全の返答を聞き流し、成崎 一は洗面台を見つめ長い長髪を整え、ポニーテールにする。
二階であれば近所迷惑と言われかねない程に部屋中を走り回った一は十分で通学準備を完了させた。
「次からは起きるまで起こして!お弁当ありがとう!」
慌ただしい女子高生三年目の一はテーブルに用意された弁当袋を鞄に押し込み、玄関へと向かう。
「おい!父さんと母さんに挨拶してから行け!」
「行ってきます!これで許して!」
一はそういうと勢いよく玄関を飛び出し、兄に施錠を任せて高校へと向かっていった。
「まったく......。慌ただしい所は父さん譲りだな」
全は一旦玄関の施錠をし、玄関から一番離れた窓際に置かれた黒い箱の前へ正座する。
両親の仏壇へと手を合わせ、ゆっくりと仕事の準備を始めた。
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スーツアクターの父と有名絵本作家の母は大学で出会ったらしい。
根っからの善人だった父は曲がったことが嫌いで、母と初めて出会った日も人を庇って怪我をしていたと聞かされた。
母も母で、そんな父が好きで告白を承諾したそうだ。
大学卒業の五年後に結婚し、その一年後には母の書いた絵本が飛ぶように売れ、父もスーツアクターとして働き、同年に全が生まれた。
「全ての善を守れる男」
善人の中の善人である父らしい名付け方だ。
その五年後に妹の一が生まれた。
女の子らしい読みを考えたのは母で、父が当て字を考えたそうだ。
「妹を一番に守れよ」
妹と初対面した時に、父は全にそう伝えた。
全が中学を卒業する年に全の両親は他界する。
中古の車を長いこと使っていた為にブレーキが壊れ、人を巻き込まいと父が壁へと衝突させたようだ。
そのおかげで巻き込みはゼロ、父と母は当たりどころが悪く母は即死、父は病院にて全の目前で息を引き取った。
その後は親戚の家で高校卒業までの三年を過ごし、大学からはバイトと学業をこなしつつ一人暮らしを始め、社会に出始める今年から一も一緒に住むことになった。
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「────さて、そろそろ俺も出勤しないとな」
全は仏壇に手を合わせてから仕事着を手に取り、手製の弁当をバックパックに詰めようとした時のこと。
「あっ」と全は声を漏らし、テーブルに置かれた残った方の弁当箱を手に取る。
「これ......、一の弁当箱じゃないか」
可愛いモノ好き一は周りにそれを知られたくないが為に、青一色の弁当箱を使っている。
全は同じように可愛いモノ好きだが、それを隠すことなくネコのイラストが描かれた弁当箱を使っている。
そして現在、テーブルの目立つ位置に青い弁当箱が置かれている。
「まぁ中身は一緒だし、別に問題はないか」
そう独り言をこぼした全は、その数時間後に一が友だちに弁当箱の件で弄られるとは思うことなく職場へと向かった。