わたしとおじさんとイブのこうえん
友達と喧嘩した。
喧嘩のきっかけとか、どちらが悪かったとかは正直覚えてない。
多分些細なやつ。どちらかが謝ればすぐ済むやつ。
でもわたしから謝るのはなんかイヤっていうのはよくあること。
なんかくさくさした気持ち。
明日クリスマスなんですけど。
つまり今日はイブなんですけど。
今日はクリスマスイブなんですけどッ!
なんなんだよ。もう。
ほんとくさくさした気持ち。
だからってわけじゃないけど、夜のコンビニへ。
密着度が高いカップルと意味ありげな目をしてる店員さんを睨み付けながら買い物をささっと済ませる。
アイスと野菜ジュース。
冬のアイス最高。アイスと野菜ジュースの組み合わせ最高。だれも支持してくれんけど。
コンビニからアイス食べながらの帰り道。さみぃ。
通り道で横切る公園で何か発見。心細い街灯に照らされた多分おじさん。
こんな寒い、しかも夜に。なんかこわ。
でも迷わず突撃するわたし。喧嘩した後だしなんかテンションがおかしいからそのせい。普段なら関わらない。やばいから。
だってそのおじさん、めっちゃスクワットしてるし。風切りながらめっちゃスクワットしてるし。なんで?
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
ふんふんうるせぇ。薄い頭から湯気もうるせぇ。なんかもう全部うるさい。顔が渋めのイケメンなのが腹立つ。
なんかわたしには気づいてないみたい。触れる距離にいるんだけど。
だから暫し見物。
「ふんはっ、ふんはっ、ふんはっ」
やっぱうるせぇ。顔熱した鉄みたいになってるし。
とにかく話しかけてみるわたし。なかなかの勇気。これができるなら友達にも普通に謝れるんじゃないかな?
「おじさん」
「ふんっ、ふはっ、ふんっ、ふはっ」
「おじさんってば」
「ふんふんふんふんふんふんふんふ」
「なんでスピード増すん……うわっ、めっちゃ汗飛ぶ!きたねぇっ!」
おじさん(推定四十六歳、中肉中背)のきらめく汗をくらい、反射的にけつキック。
ぱんッ!と乾いた音。いいのが入った。
おじさんは「ふんはああああっ!?」と叫びながら地面とキス。砂利だからかわいそう。わたしも悪い。でもおじさんも悪い。JDに汗かけるのは大罪と知れ。
「な、なんなんだ?隕石かっ!?」
「隕石なら尻どころかおじさん消滅してると思うけど」
地べたに両手足をつきながらきょろきょろするおじさん。
なんとか、棒アイスを咥えた仁王立ちのわたしを発見すると、俊敏に立ち上がりせわしなく身なりを整えだす。
「……見てたのかね」
か細い声。伏し目がち。
……まさか今さら恥ずかしくなったのか?夜の公園でふんふんしてるおじさんが?羞恥心を全てとりさった姿だったのに?
じと目のわたし。
「こ、これには訳があってだね」
「訊こうか」
「いや、ほんと訳が、って、訊いてくれるのかい!?」
「おう」現状、危険性よりおもしろさが勝ってるし。
「……私が言うのはなんだけど、君は変な子だねぇ」
ほんとにな。今世界中で五本の指に入るはずの奇行の人に言われたくないわ。
まぁそんなのはいい。はやく話せ。「で」と先を促すわたし。
「今日、クリスマスイブだろう?」
「うん」
「……君、見た感じ学生さん?女子大生?」言いながらじぃっとこちらを見るおじさん。訝しげ。なんだよ。
「そうだけど」
「……今日、クリスマスイブなんだよ?」
「何がいいたい」
言わんとしてることがわかったのでけつを蹴ってやった。
クリスマスイブに一人だと公園でスクワットするおじさんにも変な目で見られんの?
「い、いや、君はモテそうだから不思議だったんだ」
「まぁ、モテるのは否定しない」ミスコン四位だしな。うん、滲み出る粗暴さで減点されまくってこれだから。負け惜しみじゃないから。
「彼氏はいない……よね?」
「それ関係ある?」いないけど。
「そ、そんなカッカッしないでっ。おじさんでよければ話を訊くよ?」
「いいから訳話せよ」
話題を変えようとしてもそうはいかないぞ。
もしかしてやっぱり言えないような訳なのか?スクワットの上下運動を利用して徐々に服を脱いでいく新スタイルの露出狂とか?
少しびびり始めたわたしに「あーそうだったね」と軽いおじさん。
ごほんと咳をしてこう言った。
「雪を呼んでるんだよ」
「……は?」
おじさんは黒い空を見上げた。
なんか凄い綺麗な瞳をしている。
「私はね、ずっと仕事しかしてこなかった。やりがいもあるし好きだからね。妻はそれを理解してくれていたし、お金で不自由はなかったと思う」
なんだ急に語りだして。そう思いつつも口を閉じるわたし。
「でもね、やっぱり駄目なんだよね。仕事しかしてこなかった。それが全てだよ。それでいいと思ってる私は本当に愚かだった」
「……十三歳になる娘がね、笑わないんだよ」
「ふと気付いたんだよ。数日前、食卓で普通にご飯を食べてる時に。記憶の中の娘はいつも笑顔だったのに」
「妻に言ったんだ。「あんなに笑わない娘だったか」って。妻は「やっと気付いたの」って寂しそうに微笑んでいたよ。そうだよ。私は何も見ていなかった。仕事しかしてこなかったから、ね」
そう自嘲するおじさん。
わたしはこんな寂しそうな背中をする大人を見るのは初めて、いや、二回目だった。一回目は五十歳の誕生日に五十本蝋燭が刺さったケーキを見た父親。あれはもはや蝋燭だった。
「で、なんで雪を呼ぶに繋がるの」
「娘がさ、必ず笑顔になるんだよ。雪が降ると。それを思い出したんだよ」
「……十三歳で笑うかな」
「だよね。だいぶ前のことだし。でも、やりたいんだ。今更だけどさ、やれることからやりたいんだ。」
「おじさん……」
わたしはほんの少し、ほんと少しだけど胸をうたれた。
スクワットで雪は降らねーよ、とか。雪を呼ぶって言い方がなんかムカつくとか。いろいろ思うとこはあるけど、応援はしたくなった。
「おじさん。もう大丈夫じゃない?多分だけど」
「……へ?」間抜けな顔のおじさんにわたしは続ける。
「その汗だくのまま家帰ってさ、娘さんにこの公園でやったこと全部話せばいいんだよ」
「娘さんは待ってて、そんで少し気落ちしてただけじゃないかな。おじさんが自分を探しに来てくれるのをさ。寂しかっただけだよ。思春期のあれだ。深く考えないでいいよ」
「雪が降らなくても、今こうして娘の為にあがいてるのが正解なんだよ。おじさんはもうみつけてたんだよ。視界に入ってるのに、仕事って靄で見えなくなってた探しもの」
娘を笑顔にさせる為に雪を降らせる為に夜の公園でスクワットしてJDにけつを蹴られる。
多分、腹抱えて笑うと思うよ。手土産としては十分じゃないかな。
おじさんは少しの間ぽかんとしていたけど、突如、破顔した。
そしてわたしに感謝を告げて公園を飛び出して行った。
「ありがとう!君だったら直ぐに彼氏ができるよ!」
うるせぇ。
ぜったい娘さんにそんな感じの台詞吐くなよ。嫌われるから。
「はぁ」
そうして公園に残るは、アイスの棒と空のペットボトルと彼氏のいないわたしと着信ありのスマホ。
着信ありのスマホ。誰だ。ぜんぜん気づかなかった。悔しいけどおじさんに夢中だったわ。
ディスプレイをたぷたぷ。
着信履歴には件の喧嘩した友達。
なんだよ。謝るのか?ん?謝るのか?
煽りつつ、内心どきどきしつつ通話をタップ。
呼び出しコール音はすぐ消えた。待ち構えてたっぽい。
「……」
「……」
二人ともに無言ってのはよくあること。
スマホ越しに伝わる雰囲気は重苦しい。
そうなんだよなぁ。おじさんには講釈できるけど、こいつには素直に謝れないんだよなぁ。だからお前が謝れ!うん、我ながら酷いけどもうお前が謝れ!
「おま……」
「あのさ……」
「え?」
「え?」
「……あんたから話して」お前が謝れ!よりはまともなことだろうし。ほんとわたしってやばいな。おじさんのがやばいけど。
「お、あ、そ、そうか」
友達は深呼吸をしているようだ。
やっぱり謝るみたいだな。緊張するもんね。わかるわかる。
すっかり安堵のわたし。やはりJDは最強!
「あのさ」震えた声。
「おう」はやく言えや。
「さっきも言ったんだけどさ」震えた声。
「おう?」だからはやく。
「お前ってさ……」
「はやくいえや」
「彼氏はいない……よな?」
通話切った。
あ、思い出したわ。喧嘩のきっかけ。ファミレスで友達とご飯してる時だ。
「お前彼氏いないよな」「なんで」「いやイブなのにこうして俺といるってことは彼氏いないんだろ?」「は?だからなに?イブだからなんだよこら。イブイブうるせぇけどイブって平日だからね。普通の日だから」「いや……だから、彼氏、いないんだろ?」「だからなんだよさっきから!?」「あ、ちょ、おちつ」「あ?やるかこら?おもてでろ!」
なんだよ。
マウントでぼこぼこに殴ったことを差し引いたら全部あいつが悪いじゃねーか。
なんなんだよ。おじさんもあいつもよー。イブに彼氏いないJDに詐欺にでもあったのかよ。
あ、それにいつの間にか日付変わってるし……。
あーむかむかする!