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一族は皆殺しに限る  作者: なるせ
8/11




「雪様、この度ひと月の謹慎を得て皇妃が雪様にお話されたいことがあるようで、お時間を頂けますでしょうか」

「……話したくない」

「雪様」



 朝着替え終わって俗世の読売を読んでいるとドアが叩かれた。

 ウィリアムがドアを開けるとそこには爺やがいた。半開きの向こうに皇妃が居るのだろうと分かるが、気遣う余裕はあまりなかった。

 ウィリアムは俺を好きだと言った。けれどそれはきっと本質じゃないのかもしれない。性対象は女の子なのだろう。あの日からウィリアムは俺に許可を取って、女と会うようになった。そうじゃないんだと否定しそうになって、抑え込むように苦しくなりながら無理やりに納得した。俺がいなくなった世界で、一人だったら、きっとそれは悲しいのだと寂しいのだと考えて理解を巡らせてゆっくりと深呼吸をした。決別を、するわけではない。たった今から、ウィリアムがいなくなるわけではないのだと周知する、呑み込む。

 それでさえウィリアムが望んだのだからとやっと心の整理が付いたばかりだった。

 大人気ないことをした自覚があった。俺の望む未来のためにメイは必要な存在であるのは分かっていたはずだった。誰でもよかった。しかし既にメイを選んでしまったのだから彼女には優しくしなければならないのに、出来そうにない。

 しかし、せめて……。



「二人きり、なら」

「……! 感謝申し上げます」



 ウィリアムに聞かせたくなかった。横暴な俺を見て、前王を思い出して欲しくなかった。

 ドアが閉じてメイと二人きりになる。侍女もいない。ゆっくりと息をついて、ソファーを指した。目を合わせもしないからメイかどうか分からない。ただ、その人影は指された通りに座ったようだった。



「……」



 何も言わないその人物に、俺も何も言えなかった。部屋から見える中庭の花々を見てそっと強ばる身体の力を抜いた。目を閉じてメイの方を向く。瞳を開ける。



「……、」



 鋭い視線は俺を貫いた。悔やんでいるのでもなく、悲しい訳でもない。怒りも喜びもないその瞳は俺を見ていた。ただただ見ていた。数秒睨み合ってメイは仕方がないといった様子で口を開く。



「陛下。陛下の怒りは最もだと思います。大切な者を遠ざけた私をお怒りになるのは分かりますわ。ですけれど」



 ひと月の謹慎の間に何があったのだろう。その間渡ることも無かったから彼女の中で何があって話がしたいと言ったのか、分からなかった。



「私は陛下の妻なのです。誰を愛そうが殺そうが……失脚しようが、私は陛下の妻なのです。陛下に救われた命ですし、忠誠をもちろん誓っておりますが、蔑ろにされる謂れはありませんの」



 久しぶりに聞いた彼女の声は凛としていた。しっかりと言う言葉を決めてきたのは分かるが、それよりも決意が感じられた。

 礼儀作法を教えるメイ専属の教師である伯爵夫人にどこか似ていた。あの人は俺に対しても臆しない不思議な人だったからわざわざ呼んでメイの世話をさせた。



「ウィリアム様を愛しているのは、私には全く関係がないのです。陛下、いえ、私も雪様と呼ばせていただきますが、雪様はあの日私に何を言ったかお忘れなのではないかしら」

「……」

「『国母になってもらう』と。それは私が皇后、そして皇太后になれと言うことですね?私はそれを忠実に守ってきましたわ。言葉も覚えて政治も出来るよう人一倍頑張りました。それも雪様のためです」

「……」

「愛人を側室をいくら作ったって構いません。雪様の中では私がそちらに当たるのでしょうけど、便宜上そう言いますが、世間では私が皇妃なのです」



 メイは立ち上がった。一歩前に出る。



「……長々お話致しましたが、完結すると、私は雪様の子供をあやかりたい事、ウィリアム様との"仲は"邪魔しない事をお話ししたくお時間を頂戴しました」

「そう」

「色々ご家老様にお話を伺いました。納得しましたわ。私が……小汚い娘だった私が何故選ばれたのか、しっくりきて逆に安心しました」

「……ごめん」

「謝る良心がおありなら誓ってください」

「誓う?」

「えぇ、私と子供を設けてください」



 首肯した。元からそのつもりだった。

 利害の一致になったら関係も取り巻く環境も良くなる気がした。皇妃は許してない。許してないけど許す必要はないのだと解った。皇妃も愛を望まないと口外に言った。



「──孤児院に行きましたでしょう」



 メイはソファーに座った。取引先になったメイに少し安堵して俺も向かいに座る。



「表面上は慈悲深い場所でした。でも移住民の子の体には痣が目立ちましたわ。私たちに虐待があるだなんて言えないと思って市さんに調べてもらったら移住民だけ暴力があるようなのです」

「何が言いたいんだ」

「枕詞です」

「?」

「……国母になりたいと強く願いました」

「……」

「国母になって、移住民なんて呼び方を撤廃して、普通の人のように人種差別を無くせるように、そのために私は皇后になりたいのです」



 つまり移住民の王ではなく人種関係なく引っ括めて王になりたいと。

 それは俺が望む完成系に近かった。希望の光が灯る。いくら言っても意見を変えない官吏に見えないところで移住民を虐げる国民に深層心理では奴隷に成り下がった移民に、辟易していた。一人では見落としが多かった。頼もしいと思った。

 俺が死んでからも、メイの統治が行き届くならそれはとてもいい事だった。



「一つだけ約束、して欲しい」

「なんなりと私の雪様」

「ウィリアムに幸せな暮らしを」

「そのような容易きことでよろしいのですか?」

「それが、結構」

「……そうですわね、彼も移住民ですものね。…………ああ。そっか……なるほど……そうですのね、分かりました。雪様の最終的な願いは、ウィリアム様の幸せなのですね」

「ん」

「心得ました」



 話は終わりですけれど、とメイは言葉を切って俺に何かないか聞いてきた。考えても今出ないだろう。それに収穫があったから心が晴れやかだった。メイにもしウィリアムに何か思うところがあったとしても移住民の安寧を思う彼女であれば酷なことはしないだろうと仮説を立てられた。そしてそれは俺がいなくなった後も彼女が皇太后になるから安易に想像がついた。メイがいるなら、理解者がいるなら、統治者がいるなら、もう心配は要らないのだ。



「ない」

「そうですの。侍女を呼んでも?お茶にしませんこと?よい玉露が手に入りましたのよ」

「……」

「そんな目で見なくてもしっかりと謹慎してましたわ。ただお友達が多いだけです」



 皇妃の役目は情報交換と言ってもいい、らしい。謹慎前、何度か中庭で見知らぬ女たちの茶会を見たことがある。官吏の妻や夫人や令嬢達らしいが興味がなかったので聞くこともなかった。メイがどこで何をしようと気に止めなかった。しっかりと皇妃の立ち回りを理解していたのだろう。

 あの時の弥太郎の報告書にも沢山の女性との交流が記してあって匙を投げた程だったから膨大で面倒な数いるのだろう。



「市さん、お茶の準備お願いします」

「……許可はしてない」

「あら、暗黙の了解かと思いましたの」



 随分図太くなったなと不愉快な気持ちの中、何かの感情が燻った。意見をねじ曲げられるのは嫌いだし、俺を敬わないのも嫌いだけど、それでもいいと思えた。



「ウィリアムも呼べ」

「はい、ただいま。雪様」





 **





「なっ、耄碌なさったか……っ!?」



 官吏は玉座を見上げた。俺を見て隣に視線を移す。豪勢な玉座の隣には簡素な、しかし価値のある椅子が用意された。メイが政治に関与することに官吏は嫌そうな顔をした。それでも押し通したのはメイが"話せるクチ"であったという大部分があった。



「失礼ですわ、私は皇妃。あなた達より上の存在だわ」

「っ」

「移住民だから、なんて言わないわよね。あなた達の崇拝する雪様が選んだ私を」

「し、しかし……、移住民には十分に予算を組み暮らしやすいよう策を練っております。更に……そのような国民のような扱いとなると……」

「移住民には、という言葉に悪意を感じるわね。確かに私たちが生まれた国は植民地になりました。しかし寛大な雪様がそれを属国……いえ保護国にして頂きましたわ。……それに私たちはこの国の一部となり国税も納めているわ」

「私たち、と申されますが皇妃陛下は──」



 足を組みなおした。途端会話が止んでこちらに視線が集まった。ああ、いい機会だなと思ってメイに手を差し出した。彼女は少し迷ったようだが席を立ち俺の側まで来て両手で握った。



「メイは皇后になる」

「なっ、な、な、んですと……!?」

「……」



 もう話したくなくて息をついて口を噤むとメイは仕方なさそうに笑った。彼女は官吏の方を向く。



「雪様の言は国の理。まさか聞き損じをされたのではないでしょう?」

「……、……っ、陛下!!ま、誠に、そのような……ことを……」

「──一度で覚えよ」

「……!」



 父の威を借るのはうるさい官吏を黙らせ易いので嫌いでは無いのだが、爺やの批判の視線に理性的に抑えるようにした。しかしそれでは官吏は好きなようにやってしまう。そこでメイは話したくない俺に変わって言葉を考えた。『二度は言わぬ』と『一度で覚えよ』似ているからどうかと言ってきた。椅子を作ってから俺の代わりに官吏達と話すようになったのはメイなのだが、彼女だけでは抑えられない時がある。そんな時に助けて欲しいと懇願された。勿論輝かしい未来のために出し惜しみはない。



「買収した版屋に記事を書かせなくてはいけませんねっ雪様」



 メイは楽しそうに笑う。そうだ、ウィリアムが近衛騎士になった時も大事にされたのだったか。あの時の嬉しそうな顔と被った。思わず口が緩む。

 驚くようなざわめきの後ひとりの官吏が立ち上がった。視線を向けると膝立ちになり頭を下げる。



「なんですの。頭が高いわ」

「──無礼をお許しください、両陛下。わたくしめは移住民、いえ準国民の方々の経済と暮らしの安寧を祈り皇后陛下を支持致します」

「それは心強いわ」

「皇后陛下が政に関与される今、官吏も準国民を採用し差別ない国家運営を具申致します」

「とても素敵だわ。どうでしょう、雪様」



 俺は手を繋いだままのメイを見た。次に玉座の下に居るウィリアムを。官吏側にいる爺やを、特に知らない膝立ちのままの男を。その他の人々を。より良いものにしたいと言いながら官吏の言葉に頷いてばかりだった。傀儡だった。それでも良い方に進んでいたのだし後悔はしてないが、今の方がきっともっといい。



「皇后に全ての権を与える」

「……えっと、それは困りますわ。今だけはいつものように頷いて下さるだけで宜しいですのに……。いえ、そうではないわね。監督はして下さいませ雪様。このメイ、奮って雪様と国家のため身を粉にして働かせて頂きます」

「……頼む」

「勿論でございますとも!」




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