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一族は皆殺しに限る  作者: なるせ
3/11

 


「至宝の陛下、謁見奉ります。わたくし、小山内公爵の第二子、梓でございます。このような良き日に至宝の陛下にお会い出来たこと誠に恐縮にございます」

「……」



 西洋と東洋がごちゃ混ぜになったこの国はドレスが最先端とされた。今自分の経済力を見せるのに手っ取り早いのが娘か嫁にドレスを着させることだ。尋ねてきた女は正にその例だった。

 こちらがどのような衣服を着ているのか理解もしない。ただただ王妃の座を狙うだけの家柄に用はないし、意味もない。そして子供を作る予定もなかった。



「本当に陛下はお綺麗であらせられますわ。わたくしも少しだけ見れるようにしてきたのですが、霞んでしまうわ。お恥ずかしい」

「……」

「陛下は胡蝶蘭をご覧になったことがおありでしょうか?わたくしの実家はそれが見事で」

「……」

「文月には綺麗な蛍もお見せ出来ますのよ。儚い命ですもの。それに心惹かれるのですね」

「……」



 ただただ自慢話を聞いているだけで令嬢は楽しそうだった。俺が返答をしないのは周知の事実で誰だって気にしない。不快であれば『二度は言わぬ』と言うだけで事足りた。父は不快にさせた人を殺した。二度は言わぬ、ではない。二度と口を開かせないようにする、という意味で使っていた。その言葉を告げられた者は処刑される。不敬罪とかで。それを見て当時は顔色を伺いながら話をすることが得策とされた。俺は面倒だから使っている。よく爺やに窘められるが。



「また桜が綺麗なのです。花見などいかがでしょうか」

「……」

「至宝の陛下に相応しいよう、移民の住居の受け入れもしておりますのよ。……メイ」



 気にもしてなかったが俺と令嬢の他にも複数人の執事と給仕がいた。令嬢が連れてきた者ももちろん居た。気にとめなかっただけだ。

 緩慢な動きで後ろを見るとそれはそれは貧相な奴隷が令嬢に近づいた。靴も与えれず草鞋を履いた女の子は布切れのようなワンピースを着ている。



「陛下もペットを大事になさっているとお聞きしてわたくしも買って見たのです。移民は貧しいですが、我が子を売りに出すなど流石は下賎な民」

「……ペット」

「……!ええ!そうですの!お気に召しまして!?わたくしであれば陛下の望みをなんだって叶えられるのですわ」

「その子は、ペットなの」

「メイでございますか?えぇ、何も特技がない言葉もろくに学ばない何の価値もない奴隷ですけど、わたくしも陛下を見習って……」

「……爺や」



 言葉半ばで俺は後ろにいるウィリアムの次に信じられる人の名を呼んだ。彼は横に着くと頭を下げる。意味を取り違えることなく令嬢に向き直った。



「申し訳ございません。陛下は気分が優れないご様子。また日を改めてご挨拶させていただきたく」

「あっ、あら!こ、こちらこそとんだ失礼を……!お暇申し上げます……!」



 焦ったように席を立った令嬢は裾を摘んで西洋の礼をして見せると慣れない靴なのか何度か躓きながら去っていった。



「爺や」

「心得ました」

「ほんと?」

「メイの出生、経緯、給金、その領地の税率、作物、干ばつを急遽調べます」

「移民の住居も」

「速やかに」

「ん」

「あとウィリアムを呼びましょう」

「……ん」




 **





「私を呼んで頂けるのは嬉しいことですが……、いけませんよ、陛下にはお世継ぎを残して頂かなければならないのですから」

「暴君の子はみんな暴君だ」

「何を仰います。雪さまは私の神様同然のお方。雪さまほどお優しい方はこの国、いえこの世ではいらっしゃるはずがございません」

「……そう」



 至高の間という部屋がある。俺が一人にさせてくれと頼み込んだらその日の内に作られた離れだった。侍女も侍従も爺やさえもその敷居を跨ぐことが出来ない。呼ばれた者しか入ってはいけないという暗黙の了解があった。決めたのは俺ではなかったが合理的だしその方が楽なので何も言うことは無い。そこは和室だった。西洋の文化が入ってきてからは衰退する一方だが、未だ庶民の間では一般的な様式だ。新しい文化を身につけようとするのは貴族しかいない。まだ浸透していないし物流も少ないので値段が跳ね上がるからだ。ではなぜこの部屋は和室なのかというと俺が生まれた所がそうだったらしい。

 貴族は前王を嫌ってはいなかった。非道過ぎた性格だったが手柄を立てたものだけに与えられる爵位に彼らはぞっこんだった。父が死んで母上は腹心に政治を全て任せた。母上は出身はさておき前王が選んだ女なのだ。そして子供は俺一人。それも民を救ったとされる生き仏。祭り上げられ持て囃され俺はついに口を閉ざした。何を言ってもどうせ伝わらないし、考えちゃくれない。



「雪さま」



 ぼうっと窓の向こうを見ていた。そこには女中たち。こちらを凝視している。今か今かと呼ばれるのを待っていた。名誉なのだそうだ。俺に呼ばれることは。

 いつの間にかウィリアムは布団を敷いてその上に座っていた。ぽんぽんと膝を叩くので何を言うでもなくその膝に頭を乗せ寝転がる。

 控えめにさらりさらりと髪を梳いてウィリアムは俺を見ていた。



「雪さま、私は本気でございます」

「何が?」

「お世継ぎの件です」

「……ん」

「家柄が良いのは御家老様と皇太后様が出入りをお許しになり会われているとは思いますが是非に私にもその任を頂けませんか」

「どうして?」

「雪さまはお慈悲な方、我々の好処遇に感涙を覚えます。しかしまだ受け入れられない方はいらっしゃいます」

「ん」

「直近で言いますとメイはいかがでしょうか」



 俺はそれに思わずウィリアムと目を合わせる。彼はニコリと笑った。



「存じておりますとも。雪さまが私におつけ下さった女中は雪さまの事であるならば何でも教えてくださるのです。メイのことを調べているのですね?間もなく伝令が来るでしょう。メイは酷い扱いを受けている。雪さまのことですから心苦しく思われているでしょう。でしたら妻にすれば良いのです。雪さまは陛下です。側室でも構いません。妻にしたという事実が残れば良いのです」

「差別を無くすために……?」

「そうでございます」

「ならウィリアムはだめなの」

「は……、」



 ウィリアムはあんぐりと口を開けた。暫くそうして俺を見ていた。ゆっくりと口を閉じて瞬きをする。困ったように笑った。



「私ではお世継ぎをお産み出来ません」

「知ってる」

「……私はこちらの政治に関与出来かねましょう」

「メイならもっとそうだ」

「…………雪さま」

「側室でいいなら男だって構わないだろう。……ウィルをそんな扱いはしないけど」

「雪さま、お戯れが過ぎます……!」

「ただひとつだけ、教えてくれないか」



 撫でるのを辞めてしまった手を取る。大きな手だ。助けた時は同じぐらいだったのにあっという間に背丈も越されてしまった。美丈夫に育ったウィリアムは今は顔を苦渋で歪めている。



「俺の事、好きじゃないのか」



 その言葉にウィリアムはとうとう顔を隠してしまった。涙は見えない。どんな顔をしているのだろう。知りたい。

 起き上がってウィリアムの頬に手を添える。切り揃えられた髪の毛は短い。側面のザリザリとした生え際を弄ぶ。

 彼は告げた。俺にとって吉報でしかない答えを告げた。



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