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第98話 女騎士の魔族領キャンプ紀行②



 ムラカは魔王の頭部に巻かれた布を取った。


「――――っつあぁ! 遅ぇよ!!」


 現れたのは若い男だった。


 顔はエルフらしく整っており、肌は褐色。サラサラの黒い髪に長い耳、そして鋭い眼光。端正な見た目とは違って、口調は荒っぽい。



「あらあら? ムラカさん、こちらの素敵なぐるぐる巻きのお方はどちら様?」

「名乗れ」

「チッ……ルカン・ヴァだ。魔族を仕切っている」

「違うなルカン、お前は仕切っていない」

「……」


 ムラカの注意に、ルカンは反応を示さない。



 エスティは、そんなルカンを見て思った。

 どこかで見覚えのある顔だ。


「……リヨンですか?」

「私も初めて見た時はそう思った。まぁ話を戻そう、こいつの領地に着いた所からだ」



 ダークエルフの里の外壁は高く、返しも付いているため登れない。それを見たヴェンに正面突破で行けと言われたため、ムラカは外壁門まで回り込んだ。


 すると、門の前には長い魔族の列があった。


 オークに毒蜘蛛、蛇にレイス、ありとあらゆる魔族が、まるで文明を持っているかのように整然と並んでいた。行商らしき荷台を引いている者までいたのだ。



「あれには驚いた。ミラールの大移動の時と、何ら変わらない光景だったんだ」

「そんな事が……」

「私は剣を納めて最後尾に並び、挨拶をした。『こんにちは、いい天気ですね』」

「アホな挨拶ね、曇天じゃないグェッ!」



 しかし、前にいたコボルトからの返事は帰って来なかった。突然の人族の襲来で驚かれたのかもしれないと思ったが、そうではなかった。ムラカの背後で、ヴェンがいつの間にか巨体化していたのだ。


 その巨竜の影に、周囲はどよめいた。


「そういえば、ヴェンはどちらに?」

「あいつは魔族の地に留まっている。後で説明するから、話を続けるぞ」



 ヴェンはそのまま先頭に向かうと言って、ずんずんと歩き出した。そして外壁門を守るダークエルフに挨拶をし、あっさりと領地に入る事が出来た。


「ヴェンとダークエルフの間には知己があったどころか、あいつは相当有名だったらしい。私は訝しげに見られながら、ルカンの領内を歩く事となった」

「そりゃ驚くぜ。ヴェン様は俺達の祖の時代から生きている、気位の高いドラゴンだ。てめぇはそんな奴を使い魔にした人族だぜ?」


 ルカンが口を挟む。



「……まぁそんな訳で進んでいたんだが、こいつの領地もまた奇妙な状況だった」


 ルカンの領地であるダークエルフの里は、枯れた大木が多い土地だった。その大木をくり抜いた家が主流で、それだけを切り取ると幻想的な光景だ。


 しかし、そんな景色ばかりでは無かった。


 大通りにはオリヴィエントのような石造りの3階建ての家屋が並び、見上げれば巨大蜘蛛の巣が張り巡らされ、地中にはアリの巣のように洞窟が掘られてる。古今東西の種族の文化が入り混じったような、いち種族の里らしからぬ光景だった。



 そんな場所に、魔族がひしめき合っていたのだ。


「もしや、渋谷ってその事ですか?」

「あぁ」


 広場や大通りは、座り込んだ魔族でいっぱいだった。そして魔族の目には意識が灯っており、ムラカは彼らが統率者だとすぐに分かった。



「……私はそれを見て、今まで当たり前のように斬っていた魔族は何だったのかと疑問が沸いた。見た目は人族を襲ってきた奴等と同じなんだ。だけど意思を感じた。そして私は、オリヴィエントの状況と同じだと思ったんだ」

「各地から逃げて来たという事ですか?」

「そうだ。彼らにも事情があったというのは、少し後で分かった事だが」



 ムラカはヴェンの案内で里の奥へと歩き続け、ようやくルカンの城へと付いた。それは、年代を感じさせる大樹の古城だった。


「そこでルカンに会い、人族の状況を説明したんだ。時空魔法使いエスティの存在とガラング様のご意向、それに群島の状況などを包み隠さずにな」


 ロゼは驚き、目を丸くした。


「ムラカ、こやつを信用したのか?」

「……信用とは、腹を割って話す事から始まるものだと思っている。エスティに会わせたいという私の願いがある限り、まず私から誠意を見せるべきだと判断した」



 しかし、それは杞憂だった。


 ヴェンの存在によって、ムラカは既に信用されていた。

 それどころか、救世主扱いをされたのだ。



「ん? なぜ救世主扱いなんですか?」

「ここからはルカン、お前の番だ」

「……チッ」



◆ ◆ ◆



 魔族の統率者は、2つに分裂していた。


 一方は、自分たちの種族の低級の配下と共に、全員で生き延びたい者達。

 もう一方は、低級の配下を見捨てて統率者だけでも細々と生き延びたい者達。



「……俺達は魔力が無いと死ぬ。魔力の崩壊が始まった時点で、魔族の全てが助かる道は完全に途絶えていた。意思のない低級はまず救いきれねぇんだ。その面倒事は、親父の代から始まっていた」


 ルカンの父であるグランデ・ヴァは、どうにかして統率者を取りまとめようとした。しかし、窮地に陥る種族が増加し、人族の町を集団で襲う強硬派まで現れ出した。



「そんな時……親父が暗殺された」


 ルカンはすぐに強硬派の仕業だと分かった。だが、引き継いだばかりの求心力の無い自分では手の打ちようが無かった。



 強硬派と穏健派との間で緩衝材となっていたグランデの死は、絶妙なバランスを保っていた統率者達の瓦解を招く引き金となる。


 強硬派はミラールやマルクール公国などの人族の国家へと一斉に襲い掛かり、逆に穏健派、いわば低級魔族を見捨て始めた統率者達がダークエルフの里へと雪崩れ込んだ。



「俺達同士で殺し合ったって、大した魔力も得られねぇ。そして、強硬派も強すぎて抑えきれねぇ。そっから俺達は完全に崩れた。誰も制御できねぇ軍団が、勝手に暴れ出したんだよ」


 ルカンは溜息を吐き、一息ついた。


「……ルカンさん。何故ダークエルフの地に穏健派が集まったのですか?」

「ルカンでいい、女神エスティ様。俺達の地には、まだ微かに魔力があったんだ。それに、親父の遺産もな」

「私もエスティでいですよ。遺産とは?」

「ラクリマスからの遺産だ。俺の城の堀からは、魔力が溢れ続けてんだよ。宝物庫にも似たようなのがあってな、それ目当てだ」



 やがて収拾がつかなくなった時、人族に紛れていたある一人の統率者から、時空魔法使いが現れたとの報告があった。


「お前らの仲間だった、リヨンからだ。あいつは俺の従妹だ。今は強硬派だがな」

「リヨン……」



 その吉報はすぐにルカンの耳に届いた。『時空魔法使いは魔力の源泉』その伝承は祖の時代から伝わっていた。その報告で、ようやく強硬派と穏健派の意見が一致したのだ。エスティに協力を要請しようと。


「だが、魔族は人族を殺し過ぎた。融和など不可能だ。今更救ってくれなどと言えるような立場では無い。だから女神エスティ、救世主となり得るあんたを誘拐する以外の方法が浮かばなかった。その決断したのは、俺だ」



 ルカンは俯きがちに話す。


 あの時、広場では死者が出た。

 ムラカも危うく死ぬ所だったのだ。


 エスティは目を閉じ、怒りを鎮める。



 そして、強硬派は誘拐に失敗した。エスティから発せられる謎の圧力に、手も足も出なかったのだ。


「失敗はしたが、女神が本物だという事が分かった。そこから、俺たちは再び分断しちまった。どうにかしてラクリマスを捕獲したい強硬派と、無理だから諦めて細々と生きて行こうという穏健派でな。そして、王である俺は後者だった」

「強硬派は一旦戦況を整えているらしい。今は機が熟すのを待っているそうだ」


 ムラカがそう言うと、エスティは目を開いた。


「……状況は理解しました。ルカン、あなたの決断には納得いきません。ですが、私は前を見ます。強硬派さえ止めればいいんですね?」

「あぁ。だが無理だぜ?」

「やってみなければ分かりません。しかしムラカ、王であるルカンがなぜぐるぐる巻きで蓼科に? ダークエルフの里は放っておいても大丈夫なんですか?」


 エスティがそう言うと、ムラカは深い溜息を吐いた。



「はぁ……こいつはな、お前らと同類だ」

「ん、どういう意味です?」



 その後、ルカンの元には穏健派の統率者達が次々と集まって来た。同時に、各地に住む動けない統率者からの仲裁依頼や救助依頼も。グランデが行っていた業務以上の仕事が、山のように降り注いだのだ。


 挙句、有能な忠心は去って行き、残った部下達も疲労困憊なのに休ませる事すらも出来ない。そんな苦しい状況の中、強硬派がまた仕事を増やすのだ。


 ただでさえ引き継いで間もないルカンは、精神的に限界だった。多忙で終わりの見えない日々に、疲れ果てていたのだ。



 そこで、ルカンは思い立った。

 仕事なんて、ぜーんぶ放り投げてしまおう。



「ルカンの立場が苦しいのは確かに気の毒だが、その判断で状況は更に混乱した。ラクリマスからの遺産を全てばら撒くと言って、全種族に号令を出したんだ」


 もうこんなのやってられない。

 王の称号もいらない、仕事の束もポイッ。


 もちろん、部下達は全員休みだ。

 皆で海へ行こうと、笑顔で肩を組んだ。



「俺ぁ思ったんだ……働きたくない」

「「…………」」



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本の獣は、全ての謎を解き明かす
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