第96話 運命のカウントダウン
時間が巻き戻る魔法。
ミアの言葉を借りれば、『ある可能性の変化点の少し前の状態へと移動した』とも言える。
「――なるほどね。何が起きたかは理解したけど、とりあえず一つ確認させて。あんた、私を昆虫食大好き女にしようとしたわけ?」
「そこですか」
「そこ超大事じゃない!」
ミアとしては今回、興味本位で食べてみようと思っただけだ。結果的には食べてなかったが、エスティが本当にイナゴのおやきを買っていたら、昆虫大好きになっていた可能性も無くはない。
「エス。もう一度確認するが、本当に3月7日を2度体験しているんだな?」
「えぇ、間違いありません。ミアがアホな理論を考えていたのをよく覚えています。電気が心の強さとか言い出して、I= (V) ÷ (R)するのだと」
「ちょっ! ばっ、馬鹿!! そんなアホな事を考えるわけが無いじゃない!! あ~やだやだ、今日はいい天気だわ!」
ロゼは真顔でミアを見た。
ミアは斜め上を見てオロオロとしていた。
「それに1度目の時は、この後にロゼを連れて月見酒を堪能したんですよ。そこで熱燗を飲むんですが……」
エスティは空間から熱燗を取り出した。
しかし、おちょこの中には何も入っていない。
「これが決定的な証拠です。私の空間は私個人として認識されたんでしょう」
「そんな事が本当にあるのか……」
これは紛れも無い事実だ。
エスティは自分の手のひらを見た。
時空魔法らしい魔法だが、実際に目の当たりにすると恐怖でしかなかった。知りたくも無い世界の理を、強引に知らされてしまったかのようだ。
「ロゼ、すみませんでした。私は今日一日、まともな感覚でいられませんでした」
「……納得した。当然だろう、ミアの理論がこんな事態になるとは予想外だ」
「私の天才っぷりが証明されてしまったわね。自分が怖いわ、ハハッ!」
先程までの慌てていた様子とは打って変わって、ミアは上機嫌でミードを注ぎ始めた。
「さぁて、今日は久しぶりにラクス料理を振舞う……って、もしかしてエスティ」
「えぇ、美味しかったですよ」
「あんたそれ、無限に高級焼肉屋にいけるじゃない!」
「行けますけど……ふふ」
エスティは少し笑い、そしてふぅと溜息を吐いた。このやり取りの記憶は無い。徐々に現実感が出てきて、エスティは安堵し始めていた。
「……しかし、自暴自棄になって酔っ払った後、私は何をしたんでしょうか?」
「エスは酔うといつも裸になる」
「ちょっとロゼ、私を露出狂みたいに言わないで下さいよ」
「残念ながら悲しい事実なの」
そう言ってミアはタブレットを取り出し、秘蔵写真フォルダを開いた。そして、すっぽんぽんのまま大の字で寝ているエスティの写真を写し出した。申し訳程度に薄いタオルを掛けられている。
「なっ!! これは!?」
「この後、私とロゼでパジャマ着せるの」
「け、消してください! うああぁ!!」
「エスが自分から脱いでいるんだぞ。『私を止められると思うなあ』と言ってな」
「あわわ……あわわ……!」
エスティは頬を赤らめ、両手で顔を隠した。
これも知りたくなかった事実だ。
「バックスと酒場で飲んでいる時も、頻繁に脱いでいたぞ。奴は苦労していた」
「もっと早く言ってくださいよお……もうお嫁に行けません」
「そんな冗談が出るならまだ大丈夫よ。大体ね、私がこんな格好をしてみなさい。寝ゲロの女グールよ。中島ポイントがマイナス20だわ」
そう言って、ミアは白目を剥いて舌をベェーっと出した。最近は風呂場でグールの物まねを練習しているのだ。エスティは一体誰に見せるのかと思って観察していたが、今が使い所だったらしい。
「エス、話を戻すぞ。お前の空間の物以外に、変化は無かったんだな?」
「今のところはそうですね」
「……となると、鍵は酒か。今までも何度か酔って記憶を失くしていた時があったが、その度に少しずつ変化が起きていたのかもしれぬ」
「えぇ、しかし何か忘れているような……」
エスティは首を傾げた。このタイミングでロゼ達に何か伝えようと思っていた事が、露出狂の話題に上書きされて思い出せない。
「疲れたし、お風呂いこっと」
「我も風呂で考察するとしよう」
「むぅ……」
ミアは立ち上がり片付けを始めた。
エスティは少し考えたが思い出せないままだ。
炬燵から抜け出し、庵の魔石に触れた。
そして、自分の情報を開く。
いつもの習慣だ。
【名前】 エスティ
【身長】 149.6
【体重】 40.5
【魔力】 154,024/154,024
【庵の崩壊】 88日
【称号】『時空の女神』『蓼科の魔女』『種』
「……」
そして、大きな変化を見つけてしまった。
伝え忘れていた事も思い出した。
「――はい、皆さん集合して下さい。お風呂の前に、大事なお話があります」
「えぇ、またぁ?」
エスティはもう一度画面を見た。
これは幻ではなく、現実だ。
庵の崩壊まで、88日。
崩壊のカウントダウンが、進んでいた。
◆ ◆ ◆
この庵の崩壊の日数。
つい最近までは200日を切ったぐらいだった。順当に1日ずつ減るとすると10月中旬でゼロになると、エスティは計算していた。
それがたった数日で、100を切っている。
あと3ヶ月と少し。
「……それでか」
「気が付いていましたか」
「お前が魔石に触れる回数が増えたからな。だが我らから見えない限り、何かあってもどうせ言わぬだろうとは思っていたが」
庵の情報は、主であるエスティしか知る事が出来ない。
「この生活が壊れてしまうのかと……」
「へーきへーき。壊れたら、普通に家を建てればいいじゃない」
「……えぇ、そうですね」
エスティが不安なのは、そこでは無かった。
ロゼはそれを察したのか、口を開いた。
「エス、お前は死なない。庵が壊れても主は生きると言ったのはお前だろう?」
ロゼは慰めるが、その確証は何も無い。
エスティは形だけで頷き、話題を変える。
「――ひとまず、状況を再確認しましょう。私の魔力の器は元々10万程度でした。一日の増加量は500前後と安定していたのですが、それが突然15万まで増えています。そして、庵の崩壊までの日数は100日程減りました」
「それは間違いないのか?」
「はい、毎日確認していました。そのルールが覆されたのが今日、3月7日です」
そして、時間の巻き戻りを体験した後だ。
ここから考えられる事は3点。
まず、庵が出来てから今までは時間の巻き戻りが起きていなかったという事だ。エスティは庵の崩壊日を毎日確認していたが、毎日1日ずつの減少だった。
次に、何らかの事象によって魔力の器が急激に広がった事だ。時間が巻き戻る事で広がったか、もしくは時間を巻き戻すために広がったのかは不明だ。酔っていて記憶に無いが、器に関しても心から願えば広がるのかもしれない。
「そして3点目。庵の崩壊日は、魔力の増加と比例している可能性があります」
魔力が増えれば増えるほど、庵の崩壊に近付く。
そう考えると、妙に納得がいった。
「……可能性の移動にはエスの魔力を伴うが、魔力が足りなかったので器が広がった。それによって、庵の崩壊日も減った。つまり、魔族のいない可能性の世界への移動は同じリスクがあるという事だな?」
「その通りです。たった1日、特に変化の無い1日に戻るだけでも【庵の崩壊】100日分を消費しました。ですので、魔族のいない可能性に移動が出来るとは到底思えません。その影響力の大きさから、魔力の器が足りないのではと」
「あり得るな」
しかも、どれも想像の域を出ない。
エスティとロゼは、考え込み始めた。
「……ねぇ。もうここが魔族のいない世界だって事は考えられない?」
「それは無いだろう。我もミアも、魔族がいる前提で会話をしているではないか」
「だけど、ネクロマリアでは実は消失してるって可能性もあるんじゃない? 最近は魔族が鎮静化してるって話もあったし」
「そんなまさか……まさかですよ」
だが、あり得ない話ではない。
エスティが疑問に思った、丁度その時だ。
リビングと廊下を繋ぐ扉が開かれた。
「なっ……!」
突然現れた人物を見て、エスティは目を丸くした。
これは、まったく身に覚えの無いイベントだ。どこかでフラグが経ったのか、それとも前回は酔って寝ている間に帰って来ていたのか。運命のカウントダウンが、イベントごと時間を圧縮をしているのか。
「――ただいま。戻ったぞ」
ムラカが帰還した。
「モゴモゴモゴモゴ……!!」
梱包されたままの、唸る何かを抱えて。
これにて第三章終了です。
お読み頂きありがとうございます。
ここまでおよそ30万文字、文庫本3冊分です。書き続けられたのも読者の皆様のおかげです。本当に感謝しかございません。
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