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第09話 便利な力でアルバイトする魔女


 早朝の蓼科高原。


 まだ朝日は昇っておらず、山々は薄明に照らされている。



「うへぇ、すんごい肩が凝ってる」


 起き掛けに、日向が呟いた。


「昨日もバイト頑張ったからなぁ」

「いえ、日向は操り人形みたいな格好で寝てましたよ。面白くて、思わず写真を撮ってしまいました」

「えぇ、何してるの!?」


 いつものエスティなら寝ている時間だが、今日は違う。


「もう……じゃ、少し早いけど行こっか」

「お願いしますね、日向先輩」

「はーいまかせ……ってその写真に話しかけないでよ! 私の携帯!」

「ぷぷっ!」


 日向はエスティの手から自分の携帯を取り返した。



 二人が厨房に入ると、既に成典と陽子が仕込みを始めていた。朝のパンの半分以上が焼き上がっているようだ。


 厨房スタッフは全員で4名。皆が慌ただしく働いており、エスティは少し緊張していた。


「二人とも、おはよう」

「おはようございます、成典さん」

「おはよ、お父さん」

「助かるよエスティちゃん。朝一のはいつでもいける?」

「はい」



 ロゼの提案により、エスティは繁忙期の間だけ、自分に出来る方法でパン屋の手伝いをする事にした。


 といっても焼いたりするわけでは無いし、売り場の人手も足りている。



 使うのは、時空魔法だ。


 時空魔法によって空間の性質が変化し、中にある物の時間経過がなくなった。それを利用して、事前に焼いておいた()()()()のパンをストックする。


「「おおおぉ!!」」

「俺、はじめて魔法を見ましたよ!」

「ちゃんとアツアツですねぇ」


 従業員も驚いていた。喋る猫や魔女エスティの存在を知るのは、笠島一家と信頼できる従業員数名のみ。エスティは別にばれても問題無いと思っていたが、笠島家としては面倒事を避けるためにも可能な限り秘密にしておきたかった。


「じゃあ次。並べ方ね」


 エスティの業務は、厨房で空間からこっそりパンを取り出し、それを店内に運んで並べる事。それに加えて、ちょっとした接客業務も与えられた。


 これが蓼科での初めての仕事。

 エスティは楽しんでいた。


「ふふ、この地でパン屋の看板娘になってやりますよ!」



◆ ◆ ◆



 それから、数日が経過した。


 この店にやって来るお客さんは、品が良くて謙虚な人物が多い。まるで善良なネクロマリア貴族を相手にしているかのようだ。


 日向は蓼科が別荘地だと言っていたが、別荘を所有する層は懐だけではなく心も豊からしい。


「あら、新しい子かしら? 可愛いわねぇ。あなた中学生?」

「ちゅう……がく……?」


 ローポニーテールに三角巾を付けたエスティは、家庭科の調理実習をする中学生のように見られていた。


「よく分かりませんが、このバゲットは焼き立てでおすすめです」

「ふふふ、じゃあ頂くわ。2cm間隔で斜めに切ってもらえるかしら?」

「畏まりました」


 そう言って微笑むと、お年寄りたちは孫を見るかのようにメロメロになる。エスティはここ数日で、店のマスコットになりつつあった。


 冒険者時代の血生臭い仕事も好きだったが、こうして穏やかに人と触れ合うというのも悪くない。



 そんな感じで時は流れ、あっという間に繁忙期が過ぎ去って行った――。



 店頭の看板が、『閉店』にひっくり返る。

 これから1週間の夏休みに入るのだ。


「――ふぅ。お疲れ様、エスティちゃん」

「楽しかったです、陽子さん」


 陽子がエスティの頭を撫でる。

 エスティはこれが気持ち良くて好きだった。もしお母さんがいたら、こんな感覚なんだろうか。


「もう、すっかりお店の看板娘ね。目立つのはちょっと不安だけど、エスティちゃんの事が食ばログに載ってたわ。見切りも調整できたし、エスティちゃんのおかげで利益が凄く伸びたのよ」


 食ばログとは、飲食店を口コミで紹介するサイトだ。『愛嬌のある可愛らしい店員がいる』と書かれていたらしく、それを聞いたエスティはニヘッと喜んだ。


 だが、陽子はそれ以上に笑っていた。


「だって昨対比で1.5倍、1.5倍よ!! これでようやく新しい登山道具が買える、うひょひょ……!」


 頭を撫でる手つきが、徐々にいやらしくなる。笑い方も気持ち悪い。お金を見ると興奮する、闇の陽子だ。帳簿の管理をしているのは陽子で、どこにお金が使われるかは陽子しか把握していない。


「ほ、程々にしてくださいね」

「ふふ、エスティちゃん。今度一緒に山登りしましょうね。山の上から見える下界の景色は最高ですよ」


 この人の前世は魔王か何かだったんだろうか。下界と言うからには、山の上が本当の住み家なのかもしれない。



 そして、その日の夕方。


 ロゼがヘロヘロになって帰って来た。


 エスティはロゼと共に笠島家の湯船に浸かる。仕事終わりにのんびりと風呂に入る猫の姿は滑稽で可愛い。


「ふふ、お疲れ様です」

「何とか終わったぞ。まったく、この炎天下で猫にハードワークをさせすぎだ」

「使い魔ですから、使わないと」


 ロゼには、草むしりを頼んでいたのだ。


「エスの方はどうだ。勉強になったか?」

「えぇ。楽しかったですよ」


 ロゼを撫でながら思い出す。

 忙しかったが、穏やかな日常だった。


「《設計魔図》の方はどうだ?」

「完成です。《魔女の庵》も発動の準備はできました。ロゼに愚弄された配置図の修正は、日向に頼んでみました」

「日向に?」



 風呂上がりに、日向の部屋へと向かう。



「やほ、エスティちゃん。位置的にはこんな感じ?」


 日向はポチポチとコントローラーを操作しながらゲームをしている。


「ほお、凄いなこれは。これは日向が操っているのか?」

「うん。この立方体で建物作ったり、洞窟探検したりするゲームなんだよ」


 画面に映っているのは、日向の作ったゲームの世界。これを利用して日向とエスティは現地のシミュレーションをしていた。


 広場には家や温泉を模倣した池がある。


「これが広場、これが今の小屋だね。この辺に建てるんでしょ?」

「えぇ、そうです」


 庵の場所は小屋の位置を上書きするように作る。そこから温泉まではやや距離があるが、エスティは後からどうにかするつもりだった。


 材料は揃った。

 いよいよ明日、《魔女の庵》を執り行う。



「我の部屋も欲しい」

「お、何ですかロゼ。何をするんですか?」


 すると、ロゼは目を逸らした。

 そして逃げようとした。


 だが、がしっとエスティに捕獲され、掴まれたままで日向の目の前に連れて来られる。


「最近ずっと私に何か隠していますね。ちゃんと教えてください」

「――その……我は今、メス猫にあてられて発情している」


 エスティは固まり、ロゼを落とした。



 発情……だと……。

 この猫、モテようとしていた。


「あぁ、もしかしてニャーレム!? ふふ!」

「自分の使い魔ながら、ドン引きです……」

「こ、これは動物的本能だ!!」

「あはははっ!」


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本の獣は、全ての謎を解き明かす
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