第84話 海洋都市トルロス② 3つの天秤と1つの重り
エスティ達は来た道を戻っていた。
目的地はラクリマスの家。
転移門が繋がった場所、あの石の家だ。
辺りは真っ暗な暗闇だ。ロゼの後に続いて、左目の見えないエスティが懐中電灯を照らしながら慎重に歩く。その更に後ろで、千鳥足のミアがふらふらになりながら怒っていた。
「何あのセクシーなイケメン! ネクロマリアの事情を知らないのよ! 血反吐を吐きながら襲って来るマーダーグールと会話ができりゃ苦労ないわよ!!」
「そうプンスカしないで下さい」
ごつごつとした岩場を登り、枯れた木々が残る草原の丘を抜ける。ネクロマリア大陸よりも緑が多いのは、ここでの生活では魔力を使わないかららしい。夜市でランタンだらけだったのは、そういう理由があった。
「まぁ、温度差はありましたよね。言わんとしてることは分かりましたが、ちょっと偏っている気はします」
立場によって見え方は違う。ハルシウルにとっては、対岸の火の手が自分の島にやって来るように見えているのだろう。
だが、ミラールの状況を見て同じ事が言えるのかどうか。ハルシウルは、人が死んでいるのを放っておけるのか。
「エス、着いたぞ」
最初の石の家、もといラクリマスの住処に着いた。やはり、ただ朽ちた建物にしか見えない。どこかに時空魔法の痕跡が無いか、エスティは辺りを調べ始めた。
「あ、やばい吐きそう……」
「駄目ですよミア! この周辺は遺跡ですから、家に帰るまで我慢して下さい」
「うぇっぷ……」
痕跡を探しながら、エスティは考える。
ハルシウルの話で、現在ネクロマリアで起きている事柄の相関図が見えてきた。
まず、滅びの発端は魔力の枯渇だ。その影響により魔族は人族の土地へと雪崩れ込んでおり、その指導者が黒装束の統率者だ。更にその上には全体を指揮する王がいる。ヴェンの情報なので確証はないが、多分いるのだろう。
ガラングは自国オリヴィエントを強化しつつ、最終的にはこの群島トルロスへと逃げるつもりだ。だが、トルロスの有権者とは話が付いていない。もしくは、脅している可能性だってある。ハルシウルの怒りからはそんな空気が読み取れた。
トルロス政府の意向は分からないが、ハルシウルがガラング達に抵抗するのは明らかだ。しかし、血を流す覚悟があるのはいただけない。
この3つの天秤が、重さを競っている。
そして、自分やミアは蓼科でゆっくり過ごしたい。冬が終わったら、どうにかして長野市まで観光の足を延ばすのだ。猿が入る温泉にロゼを入れ、蕎麦を食べ、野沢菜を買って帰るのだ。
もちろん、庵が崩壊する前に。
(私が誰の味方か、ですか――)
ハルシウルの質問には答えなかった。正直、自分は誰の味方でもない。皆が平和に楽しく、そしてほどよいスリルがあればいい。強いて言うならば、誰かの不幸が視界に入るのはごめんだ。
見て見ぬ振りが出来る性分では無い。
知ってしまうと、気になって尾を引く。
今の、この状況のように。
(もう、一線を越えてしまいましたかね)
エスティは立ち上がり、懐中電灯で天井を照らした。何か魔法陣の欠片のようなものが見えるが、暗くて分かりにくい。
そもそも、ラクリマスは神話の時代に生きた人物だ。ヴェンはラクリマスを辿れと言ったが、この朽ち果てた家からどんな情報を引き出せばいいのか分からない。
エスティが今日は引き上げようかと思った時、ミアが口を開いた。
「……ねぇエスティ。私、秘策を考えたの。誰も死なずに、しかも資源も無駄にせずに全ての問題を解決できる秘策を」
「へー、どんな秘策ですか?」
「――――シュマブラ大会よ」
「……は?」
シュマブラとはニャンテンドウの人気ゲーム『シュマップブラザーズ』の事だ。ミアが爆笑しながら動画配信を見ていたのを、エスティは覚えていた。
「魔王とハルシウルとガラング様を蓼科に呼んで、3人でシュマブラ大会をするの。チュートリアルも練習も無しの一発勝負よ」
「シュールすぎませんかね、それ」
「更に動画配信もするの。『え! 世界の命運をシュマブラで!?』ってなるわ」
「ふふ、まぁ平和的ではありますが……」
ミアの言う通り、この3つの立場が問題を収束させるための鍵になっている。もし魔王という存在がいて話が分かる人物なら、ガラングと対談してもらえばいい。襲い来る魔族達を何とかしてくれと。
……対談。
「――――悪くない案ですね」
その言葉で、ミアがニチャアっと笑った。
「おい待てエスティ。よく考えろ、こいつは自分がシュマブラをやりたいだけだ」
「それは分かってるんですが、私の庵に招待するというのは奇策です」
この3名を蓼科へと招待し、来た瞬間に両手両足を縛り付けて何らかの魔法で無力化する。そのまま3人を拘束したまま話し合ってもらうのだ。マチコデには【快眠ドラッグ】が効いたし、同じ手法を使ってもいい。
「だって、それぞれの主張で争ってばかりで、馬鹿らしくないですか?」
「そうよそうよ!」
「全員がちょっとだけ無理をして、お互い助け合っていけばいいんですよ。そこで起こる問題も皆で解決するんです」
「エス、それは夢物語だ。捕食者とその対象は決して和解できない。先程のトルロスの男のように、必ずどこかで遺恨が残る」
魔族に家族を殺された者は沢山いる。
ロゼは強くそう言い放った。
問題は、魔族は統率者以外だと人族と意思疎通が出来ない事にある。本能のままに人族の土地や魔力を食らう彼らをどうにかしない限り、共存の道には心理的な障壁が残るのだ。
だが、統率者は違う。
リヨンやヴェンとは会話ができた。
彼らに協力を仰げば、希望はゼロでは無い。
「そんな上手くいくものか」
「ロゼ、やれるだけやってみましょう。駄目だったらその時に考えますよ」
「いっそ、大陸を破壊するぐらいヤバい爆弾を作って、全員を脅してく?」
「ミアはゲームに毒され過ぎですよ……」
エスティは立ち上がり、家の庭に出た。
そして、土の地面に枝で印を描いた。『この印の場所には簡単に転移ができる』という、思い込み用の印だ。これはそういう魔法だと脳裏に焼き付けた。
「そういえばミア。ハルシウルさんをエロ目で見たんですよね。あの人は大丈夫なんじゃなかったんですか?」
「あぁ、逆よ。ハルシウルだけ見えなかったの。耐性の指輪を山ほど付けてたじゃない。だけど、そこがミステリアスで見た目も良かったからマルを出したの」
ミアは鼻を高くした。
「なるほど……お小遣いは無しですね」
「え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛!!?」
「こやつ、カンドロールの一件から何も学んでないではないか……はぁ」
ロゼは深い溜息を吐いた。エロ目で見えない人物は魔族の可能性あり。そう教えたはずだった。
「ほら、立って下さいミア。帰って寝ますよ。続きはまた今度にしましょう」
◆ ◆ ◆
転移門の部屋を出てリビングに戻ると、ムラカが飛びついて来た。
「む、ムラカ!?」
「おい馬鹿! お前ら、心配したんだぞ!!」
ムラカは声を震わせながら、エスティとミアを力いっぱい抱きしめた。エスティは優しく抱きしめ返した。
「すみません、ムラカ。何も言わずに」
「ん、お前ら何だか酒臭く……」
「ムラカ、ごめん無理……オロ」
「エスティ!!」
ムラカの声に反応したエスティは、咄嗟に聖女の聖水を空間に収納した。床には一滴もこぼれていない。
「よくやった」
「私達も成長してますね。ロゼ、判決は?」
ロゼはエスティを見た。
「禁酒だ、エスもな」
「えええええぇえ!?」




