第17話 賭けに出る兄弟子
8月も終盤に差し掛かった。
蓼科の残暑は短く、今日も過ごしやすい。
エスティはスイカ味のジェラートを頬張りながら、転移門の部屋で時間が来るのを待っていた。数あるジェラートの中でもスイカ味は特に美味しい。
「そろそろですね。開きます」
転移門を開いた。
すると、すぐにバックスから反応があった。
「おぉ?」
転移門の境界面からは、大きめの木箱が4つも飛び出して来た。エスティは収納しながら崩れるのを防ぐ。
「今回は多いな」
「ですね。宝箱が4つもありますよ。兄弟子はこの4つを背中に乗せて、うつ伏せになってじっと待機してたんですかね」
「やめろエス、想像したら笑う」
そして、木箱は妙に上質なものだ。
蝶番にも豪華な装飾が施されている。
「……一体、何が入っているのだ?」
「リビングで開けてみましょう」
早速リビングにて、4つの箱を並べる。
まず、1つ目のいつもの木箱を開けた。
中には手紙にラクス新聞、色インク、魔獣の皮。書物もいくつかある。時空魔法のものではなく、他属性の基礎魔法が記載された教本のようだ。
そして、驚いたのが残りの良質な3箱。
最初の箱には、空の魔石がジャラジャラと大量に入っていた。大きさはまちまちだが量は相当ある。多少雑に扱われているのがバックスらしい。
「これって……兄弟子の懐事情は分かりませんが、これだけの魔石を集めるのには大金が必要なんじゃないですか?」
「うーむ。バックスの奴、どういうつもりだ?」
「どれだけパンを食べたいんですかね」
そして残りの2箱。
「――うわっ、ロゼちょっとこれ……!」
箱の中には、銀色に輝くインゴットがぎっしりと敷き詰められていた。
エスティは一つを手に取った。
重さもある。
本物だ。
「エス、こっちもだ」
ロゼが開いた方の箱も、銀インゴットしか入っていない。
「「……」」
エスティとロゼは唖然とした。
見た事も無いような銀の輝きだ。
そもそも、銀インゴット10本を当面の目標にしていたのだ。それが、目の前のこの状況は一体何なのか。
「……バックスは体を売ったのか?」
「ちょっと、気持ち悪い事を言わないで下さいよ。ひとまず、手紙を読んでみましょう」
エスティはガサガサと荷物を避け、手紙を取り出した。そして真剣に目を通しはじめる。
「何と書いてある? 掻い摘まんで教えてくれ」
「パンが好評だった。もっと食べたいなぁ」
「おい真面目に」
「『パンは思ったより高く売れた。支援者を得たので、僕はかねてからの夢だった商会を興すことにした。その銀インゴットは今回の分の先払い。だから、もっと【弁当箱】が欲しいなぁ』」
大量に送られてきた魔石が全て【弁当箱】になる前提で、前金として銀インゴットを送ってくれたようだ。
「先払いでこの量はどうなんでしょう」
「商会を興すという事は、やはり――」
「『折角だから、素材をちょっと多めに送ってみた。色んな道具を作って遊んでみてね』ですって。いやぁ、兄弟子は私の事をよく分かっていますね。ふふ……!」
エスティは機嫌が良くなり、早速物資を漁りだした。そして小道具や薬品を抱え、工房へと運び込み始める。
「まだ手紙に続きがあるぞ。『一旦、明日の朝8時に返事をくれ』だそうだ」
「明日? せっかちですね、そんなに早くパンも【弁当箱】も作れないですよ」
「その辺の進捗も含めての連絡が欲しいのだろう」
ロゼはそう言うと、ラクス新聞に目を落とした。
「でしたら、先に成典さんの所へ行きましょう。銀インゴットの換金もありますし、もうお店が始まっているのでパンが焼けるかどうかも分かりません」
「そうだな、早い方がいいだろう」
エスティはうきうきで支度し始めた。
一方で、ロゼは考えていた。
バックスは何かを隠している。
こういう時、エスティには分からない文面にして、自分にだけ分かるものになっているはずだ。
この銀インゴットには裏がある。ロゼは手紙の文を頭の中で分析しながら、エスティの後を付けた。
◆ ◆ ◆
エスティ達に銀インゴットが届いた日から、遡ること2日。
ネクロマリア、ラクス王国の城門前広場にて。
バックスは人生最大の賭けに出るため、王城に戻ってくる勇者を待ち伏せしていた。
緊張で手が震えている。もしこれが失敗したら……自分が死んでしまったら、妹弟子はネクロマリアに戻って来れなくなるかもしれない。だがそうまでしても、このカードは切り札に成り得た。
そして……目の前に運命の馬車が現れた。
バックスは馬車の通行を妨げるように、道路に飛び出した。
「お待ちください、マチコデ王子殿下!!」
「あぶっ! き、貴様! 不敬であるぞ!」
御者の叫び声とともに馬車が急停止し、車体が前後に大きく揺れた。砂埃が舞い上がり、周囲の住人たちは騒然とした様子で状況を見守っている。
「どうか……どうか! 我が妹弟子の非礼を詫びさせて頂きたい!!」
「おい、何事だ!!」
馬車の中からその声の主が現れた。
荒廃したこの世界でも、キラキラと輝く美形の男性。彼が現れた途端、周囲にいた女性達から黄色い声が湧き上がる。
ラクス王国第13王子、マチコデ・ラクス。
『人助けの勇者』という肩書を持つ、この国屈指の剣の使い手だ。
バックスは怯えながらも、必死で演技を続ける。
「マチコデ王子殿下! この度は我が妹弟子、魔女エスティが御無礼を働き、大変申し訳ございません!」
王族への謝罪の仕方など、バックスは何も知らなかった。とにかく誠心誠意謝ること、それだけを念頭に置いて、自分がドブネズミになった気分でぶつかっていった。
「この度は、お詫びの品を献上させて頂きたく参りました!!」
「いらぬ、さっさと失せよ!」
だが、マチコデはもう魔女エスティに対する興味が失せていた。その兄だか何だかは知らないが、どうせ自分との繋がりを持ちたい輩だろう。バックスを見てそう捉えていた。
さっさと次の魔物を討伐せねばならない。マチコデはバックスの顔を見ることも無く、馬車に戻ろうとした。
だが、バックスは食い下がらない。
全て、想定通りだ。
「――こちらは、あの秘宝から生まれた時空魔法の魔道具でございます!」
秘宝から生まれた時空魔法の魔道具。
「――――――今、何と言った?」
マチコデの足が止まった。




