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最終話 時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ



 5月下旬のある日。


 冬篭りをしていた蓼科高原は、ようやく別荘地の様相を取り戻し始めていた。ゴールデンウィークに押し寄せる観光客を迎え撃った後、夏が訪れるまでは、こうして緩やかな日々が続いていく。



「――はぁ、はぁ……疲れました……」

「運動不足だぞ、エス」


 エスティのフードに入ったロゼが注意する。



「ぐっ、私はずっと療養してたんですよ?」

「何を言う。嬉しそうに涎を垂らしてゲームをしていたではないか」

「よ、涎は垂らしてませんよ!」


 日向の家で寝たきりだったエスティは、えっちらおっちらと山道と進んでいた。こうしてちゃんと歩くのは久しぶりだ。


 それも全て、種による影響だった。



 エスティは《魔女の庵》によって種に変わる瞬間、カシエコルヌにとある細工を依頼した。


 本来《魔女の庵》の術式は、種に変わる際に命を落とすものであった。エスティはラクリマスだった頃に、それを改良出来ないかと考えた。その答えを出すのは簡単であったが、同時に当時の状況は不可能でもあった。


 種を生み出したエスティの器は、一瞬だけ空になった。そこに、カシエコルヌが魔法を施した。魔力の種の代わりになるのも、また魔力なのだ。



「いやーしかし、ようやく魔力に慣れました」

「嘘を吐け、とっくに慣れていただろう。ムラカの所に遊びに行っていたと聞いたぞ」

「……気のせいですよ」

「エス、我はあー! マタタビにゃー!」


 ロゼはエスティの取り出したマタタビに食い付いた。


 エスティの左目には、カシエコルヌの手によって新たな魔石が埋めこまれていた。その魔石には、今も蓼科の魔力が少しずつ流れ込んでいる。これこそが、エスティの新しい命だ。左目は見えないままだが、おかげでこうして生きている。



「――おぉい、エスティちゃーん!」

「お?」


 その声に、エスティは振り返る。

 日向だ。後ろから追いかけて来ている。


 そして同時に、これだけ疲れたのにちっとも進んでいない事に気が付いた。



「お散歩してたんだね」

「そ、そうですね。どうしたんですか?」

「学校が終わったら片付けの手伝いに行こうと思って。今日からは、もうあっちで寝泊まりするんでしょ?」


 日向の言うあっちというのは、エスティの庵のあった場所だ。

 現在は更地になっている。



「いえ、今日も日向の家で寝ますよ。魔法で家は建てませんから」

「「えぇ!?」」

「えっ?」


 エスティ達は足を止めた。

 ロゼも驚いている。


 エスティの魔力の器は小さくなったままだが、それで魔法が使えなくなった訳では無い。周囲の魔力を集めれば、今まで通り転移門を開く事だって出来る。


 だが一連の事件を終えて、エスティは魔法を使うのはどうかと迷うようになった。蓼科で暮らす限り、あまり使わない方がいいのかと。



「というか、そもそも《建築魔図》も《魔女の庵》も持ってませんからね」

「……だとするとエス、お前はその体で家を建てるつもりだったのか?」

「そうですよ」


 ロゼは深い溜息を吐いた。


 世間知らずなのは何も変わっていない。ラクリマスの記憶が戻ったからって、その性格はエスティのままだ。



「お前はこの一件で何を学んだのだ……」

「お酒の恐ろしさを学びましたね」

「それはまだ勉強不足だ」

「ふふ、じゃお母さん達に伝えとくよ、また後でね!」


 日向は手を振って去って行った。



「ロゼ……これ、お散歩の速度ですって」

「はぁ。シニアカーを使えばいい」

「お、名案です」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 地面からは雑草が生え始め、白樺の森からは風が森の香りを運んでくる。


 かつて、庵のあった場所。ひと月ぶりに訪れたそこは、何も無い場所に変わっていた。唯一の人工物は、広場の隅にカシエコルヌが残していったアルミのコンテナだけ。



「――随分と久しぶりに来た気がします」


 ここに来ると寂しさがこみ上げるかと思っていたが、そうでも無かった。むしろ、新しい生活が始まる予感まで湧き上がっている。この美しい環境のせいかもしれない。



「ところで……考えたんですが、一体どうやって家を建てるんでしょうか?」

「そろそろ帰るか」

「ま、待って下さいロゼ! 折角来たので、今日は草むしりでもしましょう!」


 エスティは使える道具が無いかと、コンテナに被さっていたブルーシートを捲り、蓋を開いた。



「おおおぉ……」


 入っていたのは【弁当箱】だ。それぞれに付箋が丁寧に張られている。中に何が入っているかがすぐにわかるように、カシエコルヌが整理してくれたのだ。


 そして箱の隅に、見覚えのある魔法陣が記された魔道具があった。『どうせ使うんだろ?』そんな文が書かれた付箋が張られている。



「これは《設計魔図》! 師匠は粋ですねぇ」

「……エス、使うのか?」

「もちろんです。私は魔女ですからね」

「ふ、早くも考えが矛盾してるのがエスらしいな」


 エスティは両手をにぎにぎとして、自分の感覚を確かめる。そして早速《設計魔図》を発動し、図面を描き始める。もう慣れたものだ。



 今回は居住空間を2つに分け、それぞれに家屋を建築する事にした。


 1つ目は、エスティ自身が普段生活するための家だ。リビングにダイニングキッチン、そしてエスティの部屋も兼ねた工房を作る。今まで住んでいた庵と同じような配置だ。


 もう1つは来客用の棟だ。ミアとムラカ用の部屋に加えて客間を5室、合計7部屋を描いていく。応接室も用意した。階段は作らず、全て平屋だ。


 そしてこの2つの棟を、小部屋のような広めの廊下で繋げた。その廊下からはトイレ、露天風呂、転移門の部屋、そして外の広場へと出入り出来るようにした。前の家と似てはいるが、前よりも使い勝手が良いはずだ。


 エスティは満足して《設計魔図》を閉じた。

 ふぅとため息が出る。



「……何だか、遠い昔に行った作業のように感じます。不思議ですね」

「まだ1年も経ってない」

「それだけ、濃かったんですよ」


 エスティは立ち上がり、カーディガンに付いた土をぱんぱんと払う。



「む、今日は作らないのか?」

「素材集めからですね。成典さんに、解体予定の家を紹介してもらわないと」

「……そう聞くと、確かに懐かしい」

「ふふ、そうでしょう? 折角なので、運動がてら少し散歩しましょうか」



◆ ◆ ◆



 舗装された別荘地の道路を、ロゼと歩く。

 曲がり角を4回曲がる、いつもの散歩道だ。



「うぅ、まだ冷えますね」

「高原の山中だからな。だが、日は温かい」

「こういう日の昼過ぎの露天風呂って、風情があって最高なんですよねぇ……」


 車に照らされた木漏れ日も美しい。

 住人も、少しずつ増えてきたようだ。


 景色を見ながら歩いていると、以前との違いに気が付く。去年の夏に着工していた別荘は早くも完成していた。貴重な森が破壊されるのではとエスティは心配したが、こうして別荘地が変化しているのは悪い事では無いんだよと、成典は穏やかに話していた。



「……エス、これからどうするのだ?」

「ん、これからというと?」

「将来の話だ」


 ロゼの問いに、ふと考えを巡らせた。


 ネクロマリアでの宿題は終わらせた。ただ、完璧では無い。ネクロマリアの人々で解決できるようにフォローは続ける。しかし、それ以外では特にやるべき事も無い。


 先の事は深く考えていない、というのが本音だった。



「……私、ペンションをやろうと思います。異世界間の交流までは考えていませんが、私のペンションによって蓼科が少しでも盛り上がればいいなと」


 こちらに来たいという人は多いし、日向のパン屋にも貢献できる。ネクロマリアの発展にも繋がるだろう。



「ペンションを作って普通に生活するために、まずは魔道具を作って生計を立てます。でもその前に、溜まっていた特撮とアニメを消化したいですね。……あ、温泉も巡りたいし、アウトレットにも行きたいですし、それに美味しい物も――」


 やりたい事が口から溢れ出た。

 面白そうな未来に、顔が綻んでしまう。


 それを見たロゼはふっと笑い、エスティの言葉が終わるのを待ちながら歩き続ける。いつも通りの主の姿を見たせいか、ようやく日常が戻って来た気がした。



「5月は何が美味しいんですかね?」

「日向はキャベツが美味しいと言っていた。我は枝豆とトウモロコシを食べたい。シロミィちゃんも喜ぶだろう」

「いいですねぇ、今年は山ほど買いましょう。沢山食べて温泉に浸かり、お酒を飲みながらアニメを見て過ごす。こんな贅沢な老後はありませんね!」

「ふっ、もう老後の話か?」

「間違いではないでしょう……ん~!」


 エスティは大きく伸び、深呼吸をした。

 相変わらず空気が美味しい。


 最後の曲がり角を曲がって、庵へと続く獣道へと向かう。



「……そういえばロゼ。ネットには日記を記録する場所があるじゃないですか」


 エスティは思い出したように口を開いた。



「折角なので、私達の生活を記録してみようかなと思いまして」


 これは、エスティがやるべき事の一つだと考えていた事だ。


 ラクリマスの記録は貴重で、それ自体が魔法の歴史そのものだ。それに、ラクリマスの時に使った記憶を消す魔法の後遺症が残っているかもしれない。忘れないうちに書き出しておく必要がある。どこかに自分の痕跡を残したかったのだ。



 本当はそんな考えが発端だったが、散歩をしていたらどうでもよくなった。



「ふ、こんな華の無い生活をか?」

「えぇ。華もなければ、誰もが退屈だと感じるような真のスローライフを面白おかしく記すのです。もう題名も決めましたよ」

「ほう、何だ?」


 エスティは足を止めた。

 返事を待っていたロゼはそれに気が付き、後ろに振り返った。



 白樺の森が道と青空を挟み、その真ん中にエスティが立っている。風がふわりと通り抜けて、ブルーグレーの髪をなびかせた。



 エスティは、優しく微笑んでいた。






「――――秘密です」






- 完 -




 最後までお読み頂き、ありがとうございました。読者の皆様のおかげでここまで来る事が出来ました。本当に感謝しかございません。


 作品を通しての感想や★評価などを頂けたら泣いて喜びます。累計5,000ポイントを超えたら血涙します。ど、どうか皆さまのお力で完結ブーストをおぉ……!


 また、この物語に関する裏話や次作の話などは活動報告に記載しますので、よろしければそちらもどうぞ。なお、番外編はシリアス皆無のぐうたら日常コメディを書きますので、ご興味ありましたらブックマークをそのままにして頂けると幸いです。


 という事で長々と失礼しました。

 では、またどこかで。



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↓↓この小説を書いた作者は、現在こんな作品を連載しています。↓↓
本の獣は、全ての謎を解き明かす
― 新着の感想 ―
登場人物はほとんどお気楽ギャグキャラばかりなのに設定や話の流れ自体は割とシリアスなギャップが凄かったですねえ 大変面白かったです ミアは結婚は一生できなくてもエスティと一緒にお気楽独身コンビで暮らして…
[良い点] 大変面白かったです。 是非続きをお願いいたします。
[良い点] 完結お疲れさまでした。 ゆるさとシリアスな世界の危機が最後まで良い感じに入り混じって面白かったです。 [一言] 次回作は…ヒューマンドラマ!?
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