第111話 歓談のリビング
時刻は18時過ぎ。
何となく疲れたエスティは、会議を終了してリビングに戻って来た。
シロミィが大きな欠伸をした。ロゼはそのシロミィの顔にスリスリと体を寄せ、ミアに愛を見せつける。
「ムラカ、トイレのあれは何なんだ!?」
「さっき説明しただろう! ウォシュレットだ!」
「いや、尻から魔力を注入するかと思ってよ」
ルカンは嫌がるムラカとイチャつき、ミアに甘いやり取りを見せつける。
「――この世の地獄ね。恋愛リアリティーショーはバッドエンドで終わったわ」
「始まってもいませんでしたけどね」
「これからは悲しみのデスゲームが始まるの。プレイヤーはもちろん、敗者である私一人よ……」
「自殺じゃないですか」
ミアは炬燵に突っ伏した。
エスティはリビングを見渡す。
狭いリビングの中にはミア、ムラカ、ルカン、ロゼ、シロミィがいる。自分だけの地味なスローライフかと思いきや、この家にも随分と人が集まるようになった。
ここにきて数ヶ月。月日が経つのは早い。
ミアが結婚で焦るわけだ。
ハルシウルとバックスは、工房で何やら話し込んでいるようだ。研究者と技術者で話が合うのかもしれない。懐中電灯を分解し始めた所で、エスティに声がかかった。
「妹弟子、この仕組みが分かるかい?」
「分かりますけど……ミア?」
「ミア・ノリスは死んだわ。今日が命日よ」
「……兄弟子。男の子が産まれたら、ミアと結婚させてやってください」
「ははっ、悪いけど絶対に嫌グォッ!」
ミアの一撃でバックスは膝を突いた。
こぼれ落ちた懐中電灯を、エスティが拾う。
「ミア、仕組みを翻訳した本はあります?」
「あるけど、途中だし完全に私の口語訳よ?」
「構いません。2人に説明してあげてください。まぁ、2人とも既婚者ですけどね」
「一言余計よ!!」
ミアを工房へと送り出し、エスティは再びリビングの炬燵に戻る。ひと段落したかと思えば、慌ただしいせいでいまいち落ち着かない。
いつの間にか、ムラカとルカンも言い合いを辞めて炬燵に潜り込んでいた。仲睦まじいというか、ルカンが一方的にムラカに詰め寄っている。ムラカは出来の悪い弟のように思っていそうだ。
「帰りたくねぇ。仕事だりぃ……」
「ルカン、今は何をしてるんです?」
「生意気な統率者を宥めてるぜ。毎日ノルマを達成しねぇと給料を減らされんだ」
「うわぁ……ダーク企業ですね」
ミアがしきりに訴えていた学習性無力感という言葉が脳裏によぎる。
「自分の巻いた種だ。まぁ仕方ねぇ」
「種といえば、エスティ。お前の言っていた『ネクロマリアの魔力を回復する事』の目算はついているのか?」
ムラカが問いかけた。
「いやぁ、実は全然なんですよ」
「駄目じゃねぇか」
《魔女の庵》と《改築魔図》の解析が、思うように進まないのだ。構造が複雑すぎて、エスティは同じ場所でループし続けていた。その息抜きに作っている爆弾の量も増えていた。
「お前は本当に爆弾しか作らないな」
「その爆弾とやらも狂ってるぜ。大陸を半分縦断する程の大洞窟をドカンだろ?」
「特殊なんですよ。この蓼科のおかげです」
「……あぁ、魔力か。なるほどな」
そう言って、ルカンは右手で魔力を集め始めた。
器用にハートマーク形の光を作り出し、ロゼとシロミィに向かって放つ。煙のようにフワフワとハートが移動すると、ロゼの尻尾が当たってポワッと弾けた。
「お前なら、ネクロマリアを滅ぼせるぜ」
「出来るかもしれませんね」
エスティも真似をして、光の螺旋を手のひらに作り出した。それは少しずつ猫のように形を変えた。光の猫は後ろ足で空中を蹴り出し、壁の中へと消えて行った。
「見ただけでそれかよ……大したもんだ」
「多分ミアも出来ますよ、慣れです」
「ルカン、そろそろ帰るぞ。ヴェンが待ってる」
ムラカが立ち上がった。
「エスティ、あとは定時連絡で頼む。何かあったら【時空のビーコン】を使う」
「了解です。式には呼んで下さいね」
「冗談はよしてくれ……」
「おいムラカ、何の話モゴッ!?」
「ではまたな」
ムラカはルカンを抱えて、転移門の部屋へと去って行った。
バタンとドアが閉まる。
(ネクロマリアを滅ぼせる、ですか……)
ポケットから魔道具を取り出す。
(これも、運命なんでしょうね)
この魔道具は完成させたくなかった。魔族と人族は意思疎通が出来る。強硬派だって話せば分かるかもしれない。そんな希望を消したくなかったが、もう後には引けない。
どうしたものかと炬燵でボケーッと考えていると、どこからか『スタンガンで刺すのよ』という危ない言葉が耳に入ってきた。
振り向くと、ミアがスタンガンを片手に、身振り手振りで説明していた。
「――そこで、電気の危険性を伝えるため、ついでにUTBを流行らせなければならないのよ!!」
「聞かなければいけませんか、それ……」
バックスが興味なさげに尋ねた。
「聞きなさい。これはボールを運んでゴールに入れるスポーツよ。ただし、体格差による有利不利をなくすために、全てのプレーヤーがスタンガンを所持してるの。それを用いた妨害プレーが許されているクリーンなスポーツって訳ね」
「それ、スタンガンいります?」
「バックス、話を聞いてなかったの? 私とバックスが戦ったら、どう考えても私の方が体格差で不利じゃないの」
「いえ、どう考えても怪力あばばば!!」
隣で聞いていたハルシウルは、突然の電撃に身構えた。そして、電気というものを初めて目にして感動した。魔力の流れを全く感じない。
「……やりましょう、アルティメット!」
「ハルシウルさん……これ冗談よ……!」
「何やってんですか、もう」
エスティはスタンガンでやられたバックスを起こした。
「大丈夫ですか、兄弟子?」
「ありがとう。凄いねこれは。武器かい?」
「武器ですが、護身用ですね。力のない者が身を守るために隠し持つんですよ」
「いやはや、これが文明の差という事か……よっこいせ」
バックスは起き上がり、服を叩いた。
「……さて、妹弟子。僕は帰らせてもらおうかな。オリヴィエントでも、師匠が出来なかった実験を進めておくよ」
「面白そうな種が出来たら送りますね」
「了解だよ。それではミア様、エスティを頼みます。ロゼでは甘いので」
「お、聞き捨てなりませんね?」
「任せといて。教育してやるわ」
バックスは手を振り、リビングから去って行った。
「それではエスティ様、私も戻って野営地の設営を始めます。ガラング様の行動力を考えると、明日にでも勝手に号令を出されそうですので」
「そうですね。助かります、ハルシウルさん」
「いえいえ。次回こちらに来る際は一報いたしますよ……あ、そうだ。種の実験はトルロスで行うと良いでしょう。どこよりも気候が優れていますからね。それではまた」
ハルシウルはそう言い残して、トルロスへ帰還した。
「……強かですねぇ」
「欲望が前面に出てるわよね」
「ミアがそれを言いますか」
そして、庵のリビングが急に静かになる。
中央に生えたままの白樺の木では、ロゼとシロミィが器用に寄り添って眠っていた。ゆったりとしたジャズの流れる、いつもと同じリビングの風景だ。違うのは、大きな宿題が増えた事だけ。
「さぁて、私も翻訳マシンになろうかしら」
「お、珍しくやる気ですね?」
ミアは関節をポキポキと鳴らし、気合を入れた。
「私は、権力に弱い女よ」
「ご両親にも弱いですよね」
「その話はやめて……」




