第110話 リアリティーショーの幕開け
「こちら特別ゲスト、魔王ルカンです」
突然現れた魔族に、会議室はしんと静まり返った。
時計の秒針の音が大きく聴こえる。
「あー……ルカン・ヴァだ。ダークエルフの長を任されている。よろしくな」
ルカンは投げやりに自己紹介をした。
少し緊張しているのか、隣に並ぶムラカの服の袖をぎゅっと握ったままだ。ムラカが鬱陶しそうにそれを振り払っても、ルカンは何度も握ろうとする。ミアの目からは、2人がイチャついているようにしか見えない。
「……ねぇエスティ、殺人は罪だっけ?」
「おぉっとミア、穏やかじゃありませんね! すみませんが兄弟子とロゼ、死人が出る前に2人に席を譲ってください」
「――待て、聞いておらぬぞ!!」
ガラングがバンと机を叩き、声を上げた。
らしくない行動だ。
空気がピリッと張り詰める。
「儂はトルロスに用があって来ただけだ。魔族など顔も見たくない! 魔族同士の勝手な諍いは、そちらで処理して頂きたい!」
「――残念ながらガラング様、既にトルロスは私の手の中です。トルロスへの渡航制限の権利も、全てを私が握っていると言っても過言ではありません」
エスティは、はっきりと言いきった。
ガラングは驚き、目を丸くした。
逆に、ハルシウルは吹き出した。
「……ふっふっふ。エスティ様の仰る通りですよガラング様。我々トルロスはもう首を掴まれた状態です」
「ガラング様。魔族への恨みも理解しています。マチコデ様も同じ気持ちでしょう。ですが、ここはひとつ」
「…………」
ガラングは不服そうに目を瞑った。
「……む、ムラカ! 怖ぇよ!!」
「ああぁもう、胸にしがみつくな!」
「包丁、包丁はどこかしら?」
「こほん! ムラカ、座ってください!」
そしてルカンとムラカが座ったのを確認し、エスティは口を開いた。
「――まず私から、この場を設けた趣旨をご説明します。100日以内に起きる、4度目の滅びについてです」
エスティは、今までの経緯を確認も含めて簡単に説明した。すでにこの場にいる全員が知っている内容だ。
「これを解決するには、2つの課題を達成しなければなりません」
①ネクロマリアの魔力を回復する事
②魔族の強硬派のトップを倒し、子飼いを殲滅して侵攻を抑える事
しかし①を達成したからといって、②の鎮静化が確定する訳では無い。目先の優先度では②だが、より重要なのは①だ。これをクリアしなければ、この先また同じ事が起きてしまう。
「なお、どちらかが未達成に終わるとゲームオーバーです。そうなった時の避難場所として、海洋国家トルロスに受け皿を用意しておく必要があります。ここまではいいですね?」
ルカンとガラング以外の全員が頷いた。
ルカンは興味が無いのか、それとも別の要因があるのか、エスティから目を逸らしてガラングの顔色を窺っていた。そのガラングはじっと下を見ている。
(諦めの境地でしょうか)
既に②が達成不可能と踏んでいるため、さっさとトルロスに逃げ場を作れといった具合だろう。エスティは気にせず、話を続ける事にした。
「ルカン、敵の調べはついたんですか?」
「ん、強硬派の話か? 親玉の居場所は分かんねぇよ。だが、おおよその侵攻ルートの予想は出来た。トロールが切り開いた東の巣穴と、山脈全体を駆け下りるルートとは別の……あー地図を出した方が早ぇか」
ルカンは何気なく蓼科の魔力を集め、魔法で空中に地図を映し出した。
「あれ、もう魔力に順応したんです?」
「おうよ、得意分野だぜ。まぁそれはいい。切っ掛けは、東の山脈に穴を掘っていた魔族が急に消えちまった事だ。その足取りを探ってたんだが……つい先日、俺の部下がそれを見つけてな。魔法で辿らせてたんだが――」
ルカンの地図に、一筋の青い光が灯される。
それはネクロマリア大陸中央、魔族の土地から山脈を突き抜けて、真っ直ぐ南に向かう直線だ。それは街道に沿って進み、その線の行き着く先は……。
ガラングは、目を細めた。
「もう少しで、この真下に到着するらしいぜ」
オリヴィエントが、青く光り輝いた。
◆ ◆ ◆
魔族が、南北で二正面作戦を仕掛ける。
この展開は、ガラングも予想していなかった。
オリヴィエントは大国だ。その面積も人口も、ネクロマリア大陸の最後の砦だと思われていた。そんな場所が戦場に選ばれたのだ。
マチコデはルカンに尋ねた。
「ルカン殿。穴を掘る魔族というのは?」
「ここ最近だが、穴掘りに特化した爪を持つ赤爪獣の群れが増えたらしくてな。東のトロールの巣穴もそいつらだ」
「……呼び名から察するに、相当広い穴か?」
「広いぜ。しかも頑丈だ」
マチコデは溜息を吐いて、ガラングを見た。ガラングはルカンの地図をぼんやりと見つめている。
今度はエスティの方に振り向き、尋ねる。
「エスティ。何とかなるか?」
「随分と雑な質問ですね……ルカン、それは一本道ですか?」
「いいや、枝はいくらでもあるぜ。種族ごとに分かれねぇと共食いするからな」
エスティは顎に手を当てて考える。
掘られた穴はかなり大きく、崩落もしない。尚且つ枝分かれしており、どこから地上に這い出てくるかは検討もつかない。
毒ガスや水攻め、もしくはその赤爪獣とやらをピンポイントで始末する何か……。
「彼らに魔力を与えると、鎮静化しますか?」
「……鎮静化するか、繁殖を始めるかは種族次第だが、赤爪獣の低級魔族は……そうだな、繁殖を選ぶだろうぜ」
「統率者からの命令は」
「聞かねぇな」
つまり、倒す以外の選択肢はない。
(――ままならない事だらけですね……)
エスティはポケットから小さな魔石を取り出した。魔力が込められておらず、作成途中の魔法陣が刻まれている。
一度作りかけて諦めた魔道具だ。
ミアは嫌な予感がして尋ねた。
「あんた、何それ?」
「……生き物が即死する魔道具ですよ」
ミアは驚いて机に足をぶつけ、立ち上がった。
「あああああんた馬鹿じゃないの!?」
「落ち着けミア! ……それでエスティ、そいつを使えば何とかなるのか?」
マチコデの質問に、エスティは頭をフル回転させる。
これは非常に特殊な爆弾だ。完成させるには代償が必要で、うまく制御ができるのかも分からない。
「……まず、地形は変わりますね」
「またか……」
「この青く光る線って街道沿いですよね? 街道沿いの町とか、街道そのものが全部壊れます。多分オリヴィエントも壊れます」
ミアは天を仰いだ。
そういえば、火薬を仕入れていた。
「あんた……言葉も出ないわ」
「まぁ、言うと止められるじゃないですか。大丈夫です、爆発する時は一緒ですよ」
エスティはにっこりと微笑んだ。ミアは横目でその笑顔を見たが、美しい悪魔に見えた。
「ガラング様、街道沿いに住んでいる人達を全員避難させる事は出来ますか? 可能な限りではなく、全員です」
「馬鹿な事を言う。今やオリヴィエント自体が避難場所になっているのだぞ?」
「出来ませんか?」
「やる。国家とは国民の命だ、土地ではない」
ガラングの目には、いつの間にか炎が灯っていた。エスティは、ここにきて初めてガラングが生きているように感じた。
「頼むぞ、女神」
「頼まれました。……ハルシウルさん、トルロスどころではなさそうです」
「準備だけは整えておきますよ。ただし、寝床に天井が無い事は覚悟して頂きたい」
「構いません、助かります」
エスティは、再びルカンを見た。
「残る問題は山脈側の魔族ですが……」
「悪ぃけど、あの山は壊さないでくれ。俺達は人族と共存できねぇから、あの壁がねぇと困る」
「ですよねぇ……」
すると、ムラカが手を上げた。
「いいか、エスティ?」
「どうぞ」
「ヴェンの奴が、戦力になる魔族を集結させている。東の山脈に向かわせる予定の統率者が中心で、そいつらは下級魔族を持っていない」
現在ダークエルフの里にいるのは、意思疎通の出来る魔族達だ。彼らは、魔力が欲しいというただ一つの目的で集結していた。
その中でも戦えそうな魔族を選定し、その者達にはより多くの魔力を与える。ヴェンはそんな号令を出していたのだ。
「まとめ役の討伐というより、もはや数の勝負だろう? 人族の冒険者達と魔族の精鋭で挟み撃ちするというのはどうだ?」
「……なぁムラカ、俺達に同胞殺しをやれと?」
「やれ、ルカン」
「分かった、やるぜ!」
ムラカの命令で、ルカンは満面の笑みだ。
誰がどう見ても惚れている。
ミアの椅子の手すりがバキっと壊れた。
「ま、マチコデ様、冒険者達は動かせますか?」
「動かすさ。マルクールで稼いだ武器商人共も巻き添えにしてやろう。その辺は任せておけ」
「助かります」
「――ならんぞ、マチコデ。お前だけは強硬派の王を倒しに向かえ」
「が、ガラング様?」
ガラングはマチコデに振り向いた。先ほどの厳しい表情とは打って変わって、穏やかな顔をしていた。
「……王とは、そういう者が最後に選ばれる。失敗しても構わぬ。絶対に生きて帰れ!!」
「ガラング様っ……!!」
2人の間で、熱い何かが飛び交っていた。
「(行った事にしたら駄目なんですかね?)」
「(馬鹿! 空気を読みなさいよ!)」
「(いやでも合理的に考えると)」
「エスティ、俺は一人でも向かうぞ!!」
「あ、はい」
そして、ガラングは立ち上がった。
「時間も惜しい。帰るぞ、マチコデ!」
「はっ! ではまたな、諸君!!」
2人は身を翻し、扉を開けて颯爽と去って行った。
バタンと扉が閉じ、緊張感が抜ける。
ミアがおずおずと手を挙げた。
「……小休止して、シュマブラしない?」
「むしろ、もう解散でよくないですか?」
「お前ら……ロゼ、何も変わってないぞ」
「ムラカ、俺達も帰ろうぜ!」
「……」
ご飯食べてたら更新遅れたの巻。




