第108話 ようこそ蓼科へ
今日の庵は、非常に慌ただしい。
まず、お昼前にハルシウルがやって来る。
ハルシウルは本気のスケジュールだ。トルロスに設置した4台目の【時空郵便】から届いた手紙では、『全ての技術を持ち帰るために数日間居座りたい』と記されていた。ミアは興奮状態で受け入れたが、エスティはうんざりしていた。
「技術供与する代わりに私と結婚してよって言ったら、してくれそうな勢いよね」
「言いましょうか?」
「…………………………まだ早いかな」
「あ、はい」
続いて、昼過ぎにバックスがやって来る。
カシエコルヌからの資料についてと、オリヴィエントで集めた種をいくつか持参するのだ。エスティからも頼みたい事があったため、暫く2人で話し込む予定だ。
「私は兄弟子を案内しますから、ハルシウルさんの方は頼みましたよ」
「任せて。アプローチしてみる」
「……ロゼ、頼みましたよ」
「分かった」
そして夕方、マチコデがガラングを連れてやって来る。ガラングからは『神域の食事を頂きたい』との要望があったため、ミアがカップラーメンとコンビニおにぎりを用意していた。
「こんなシュールな画は無いわね。だって、お箸使えないのよ……ぷぷぷっ!」
「絶対に笑っちゃだめですよ……ふへっ!」
「あんたも笑ってるじゃない……ブハッ!」
「我は心配だ」
そして夕食の後に会議をして、ようやく解散だ。何時に会議が終わるかは分からないが、そう長くは掛からないだろう。一泊するのはハルシウルのみだ。
「会議で出す飲み物は青汁にしましょう。神の飲み物だと言えばいいんです」
「いいわね。プロテインも入れるわよ」
「じゃあ火薬も少しだけ」
「お前ら、大人しくしていてくれ……」
それからも、着々と準備が進んだ。
「転移門の部屋に落し穴を仕掛けてきました」
「最高ね」
「解除しろ、エス」
「ウォシュレットに唐辛子を仕込んでおいたわよ」
「天才ですか」
「天才ではない! お前らがトイレする時はどうするのだ!!」
「……そうだった。まさに馬鹿と紙一重ね」
「あぁ……ムラカ、早く帰って来い……」
そんな感じで時間は進み、あっという間にハルシウルが訪れる時間となった。
「――念じましょう。我々は一流です。そう思い込む事で成功を引き寄せるのです。マチコデ様が来た時を覚えていますか? あの時は、全員で歓迎してやろうと頑張ったじゃないですか」
「早く帰ってもらおうと言っていたのはエスだがな」
「さ、さて時間です。行きましょう」
エスティ達は転移門の部屋に移動した。
「……何か、準備の時点で楽しかったから、もう終わってもいい気がしてきたわ」
「分かります。時間を飛ばしましょうかね」
「ズルいわね、エスティ」
「来るぞ」
【時空のビーコン】により、転移門が歪む。
そして、ハルシウルが現れた。
ハルシウルはエスティの姿を見て、深く一礼した。
そして、両手で握手を交わす。
「エスティ様。お出迎え感謝致します」
「ふふ。ようこそ蓼科へ。歓迎しますよ」
◆ ◆ ◆
ハルシウルは持参した荷物を寝室に置き、会議室へとやって来た。
ハルシウルの目的は単純だ。この世界の技術を学んでトルロスの産業とする。そのために、長期滞在を希望しているのだ。
そしてエスティからの頼みも単純だった。
「――ガラング様に港を開く手筈は整えました」
「は、早いですね……壊されるのを嫌がっていましたが、平気なんですか?」
「平気ではありませんよ。ですがそれ以上に、道徳の無い人々の流入が恐ろしい。私はそこで折り合いをつけて頂くつもりです。それに、電気の産業はどのみち自然を破壊するのでしょう?」
「……」
ハルシウルは、ニヤリと笑って聞いた。
エスティは、それをあえて言わなかった。諏訪湖の周りに建ち並んでいた機械の工場は、どう考えもあの狭いトルロス島には収まりきらない。
そして、エスティはハルシウルの笑顔を見て気が付いた。トルロスの人々は技術を学ぶだけ学び、工場はネクロマリア本土に作るつもりなのだ。そうすればトルロス島は壊れず、かつネクロマリアで余っている人材を集めることができ、資源も海を渡らせずに済む。
良い事づくめだ。
ある意味、技術による大陸侵攻に近い。
「――工場設置も交渉材料ですか」
「おや、流石ですね。仰る通りです」
「ガラング様がそれを許しますか?」
「ははっ! エスティ様はどうお考えか分かりませんが、私は平和主義者ですよ。トルロスが幸福であれば、別にガラング様に技術供与したって構いません。本土の土地なんていらないんですよ」
ハルシウルはそう言い切った。
「……ミア」
「全て本心よ」
「そうですか」
ハルシウルは、ミアが見抜く目を持つ事を知っている。それなのに、今日は耐性の指輪を1つも付けていない。蓼科に転移して来て瞬間、信頼の証として指輪の無い手で握手をしてきたのだ。
「――すみませんハルシウルさん。どうしても間違えられないのです」
「気にしませんよ、私でも同じことをします。さて、エスティ様。時間も惜しい。早速で申し訳ありませんが、ロゼ様にご案内をお願いしたい」
「承知した。ミアはエスに付いて行け」
ミアがロゼを睨んだ。
アプローチの機会はまた今度のようだ。
「――おおぉい! 誰かいるかーい!?」
「お?」
バックスの声が聞こえた。
◆ ◆ ◆
転移門の部屋から、工房へとやって来た。
「妹弟子っぽい工房だ。それにしても、話の途中で割り込んじゃって悪いねぇ」
「良いって事ですよ、兄弟子」
2人で肩を叩き合う。
ハルシウルはバックスと初対面の挨拶を交わした後、ロゼと共に庵をぐるりと一周している。庵にある機械の仕組みや、この土地や魔力や文化など、全てを説明するには長い時間を要するだろう。
「ミア様もお元気そうですね」
「私が元気じゃなかったら世界の終わりね。アメリアはどうしてるの?」
「元気ですよ。ミア様と同じですとも」
「ふふ、言うじゃない」
バックスはそう言って、【弁当箱】から種を取り出した。それぞれが小さな袋に入っており、何の種かが書いてある。袋は数えるほどしかない。
「妹弟子。悪いけど、僕は長居せずに帰るよ。ガラング様と話すのは苦手だからね」
「兄弟子は正直者ですねぇ」
「まぁね……さて」
バックスはそのうちの一つを拾い上げた。
「こっちの種はね、かつてネクロマリア大陸に生育していたけど、今は絶滅した植物の種だ。化石みたいになってるから芽が出る保証は無いよ」
「……そんな貴重な物をどこで?」
「ガラング様が各国に出した命令だよ。もっとも、あの方の政治は女神様を後ろ盾にしてるけどね」
バックスは苦笑いをした。
そして、別の【弁当箱】を取り出した。
「こっちは現存する植物の種だね。分かってるとは思うけど、水気のある薄暗い場所に生えてたやつがほとんどだから」
「ネクロマリアですからねぇ」
「それに比べて、タテシナは聞いていた通りだね。引っ越したいぐらいだよ。さて、次は師匠から預かった研究だけど――」
エスティとバックスは工房のベッドに腰かけ、2人で1つの資料を眺め始めた。
ミアは工房の椅子に座り、そんな2人の様子をぼーっと眺めながら考えていた。
ミアの目からは、2人は仲の良い同業カップルにしか見えない。だが、バックスの心を覗いても恋愛感情なんてこれっぽっちも見えない。ガラングが嫌なので早く帰りたいという気持ちが大きいぐらいだ。
これが普通なのだろうか。男と女が密着すれば、恋の魔法が発動するんじゃないのか。
よくよく思い返してみれば、聖属性魔法の界隈は変人だらけだった。何せ、生娘と童貞は魔法の威力が上がるという、意味の分からない属性だからだ。仕方ないとはいえ、聖属性の若者は全員が常にムラムラとしていて鬱陶しい。
「……あんたたちさ。何でそんなに仲がいいのに結婚しなかったの?」
それを聞いたバックスは、分かってないなと言わんばかりに首を横に振った。
「ミア様……流石の僕でも人は選びますよ」
「なるほどねぇ~」
「言いたい事があれば聞きますよ?」
「……無いよ」
「つまりね、あんたがお子ちゃまグェッ!!」




