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第107話 異質な《改築》・諏訪地方の天然角寒天



 小鳥が囀り、朝露がきらりと滴る蓼科の朝。



「――あぁあ……あ……ああぁ……!!」


 ミアがリビングの床で仰向けになり、VRゴーグルを付けたまま笑っていた。

 今は姫プレイの真っ最中らしい。



 エスティは静かにその様子を盗撮していた。


「あれで誰かと喋ってるのか。気味が悪い」

「最近、私のタブレットにあんな感じのミアの写真ばっかりが溜まっていくんですよ」

「撮らなくていいだろう。後で見返すのか?」

「いえ、撮って満足するだけですね。蓼科の結婚式では写真を動画で流すそうなので、いずれ使うでしょう」

「エスらしいな」



 ロゼはミアの腹に乗っかり、肉球でプニプニと腹を押す。

 だが、ミアに気付いている様子は無い。


 エスティはミアの盗撮を止めて、炬燵から抜け出した。そして庵の魔石に触れ、平面図を確認する。



 明日この庵に訪れるのはガラングとマチコデとバックス、それにハルシウルの計4人だ。そのために少し準備をしなくてはならない。


 彼らにはこのリビングではなく、どこか隔離された部屋で会議をして頂きたい。しかし新たに部屋を増設するとなると、広場を潰していくしか場所が無い。それはしたくないので、活用できていない2階の5部屋を一部潰すのが良策だ。



「流石に一泊はしませんよね?」

「そもそも、何を話すのだ?」

「皆仲良くしようねとか、今度一緒に『串揚げお嬢』で飲もうよとか。でも、この世界の何ヶ国首脳会議とかは分刻みらしいですよ。忙しいのって多分ガラング様ぐらいでしょうし、早く帰ってくれませんかね」

「本音が漏れてるぞ、エス」



 その時、玄関のチャイムが鳴った。



「おぉい、エスティちゃーん!」

「お?」


 日向だ。


「お邪魔しま~……うわっ!!」


 ミアが首でブリッジしている。


「あぁ……あああぁ……あぁ……!」

「ゾンビ映画みたいだ」

「日向、あとでこの動画を送りますよ」

「いらないよ、何か縁起悪いし……はいこれ」


 日向はエスティに紙袋を手渡した。

 中には、ゲーム機とシュマブラが入っている。


「ありがとうございます。何だか我が儘を言ってすみません、日向」

「いいよいいよ! 世界の危機だもんね!」

「ゲームは完全にミアの遊びだがな」



 そして、ミアがVRゴーグルを外した。


「人生初の役満を上がったわ。八百長だけど」

「あの喘ぎ声で麻雀やってたんですか!?」


 姫プレイで接待麻雀だったようだ。


「それにしてもヤバい……ヤバいわ。今度オンライン飲み会をやるんだってさ。エスティ、私の代わりに出て頂戴よ」

「ミアが出ればいいじゃないですか」

「私の設定は14歳イギリス人の姫よ? 私はどう見ても一緒にお酒を飲める顔じゃない。流石に無理があるわよ」

「改めて考えると、キツい事してますね」


 ミアはムクリと起き上がると、ようやく日向の存在に気が付いた。急いで外用の顔に変える。



「こんにちハ、日向さン」

「こんにちは、ミアさん!」


 ミアの外面を整える能力は高い。だがエスティは、共同生活をしているせいかミアの考えは手に取るように分かった。今、物凄くシュマブラをやりたいと顔に出ている。ミアの目がこの紙袋に釘付けだ。



「……人間って、恥の精神というものが大事だと思うんですよ。こうして人が来るとなると、その時だけは部屋を綺麗にしたりするんですよね」

「ミアに恥の精神があるというのか?」

「前言を撤回します」

「おい、あるわよ。エスティ、それを頂戴」


 ミアはエスティから紙袋を受け取り、にっこりと笑った。そして中の物を炬燵机に並べ始める。



「ん? 日向、これハ?」

「もしかしてそれは、例のアレですか?」

「ふふ、そうだね。アレだよ!」


 エスティが日向に頼んでいた特産品だ。せっかくネクロマリアの人達が蓼科に来るのだから、茅野市の名物でもおみまいしてやろうと考えていた。


 それは、あらゆる食品のなかで食物繊維の含有量が一位という健康食品だ。しかもその用途は幅広く、シャンプーや細菌の培養、抗凝血剤にも利用されているという万能素材でもある。



「ミアさん、何か分かる?」

「…………寒天?」

「おおぉ凄い、正解! 流石はミアさん!」

「エロ目で読んだんですよ」

「あぁなるほど……これが前言撤回か」


 天然角寒天作りは茅野市の地場産業だ。それは気候が大きく影響していた。乾燥に適した風が吹き、気温が低くて寒天を凍結させやすく、雪や雨の量が少なく、冬の日照時間が長い。


「寒天って、海で作るんじゃないんですか?」

「おぉ、いい質問だねエスティちゃん。長野県は海に面してないんだけど、寒天を作る気候風土に適してるんだって。もちろん、元となる海藻(かいそう)は仕入れてるよ」


 この日本でも限られた気象条件を利用して製造されているのが天然角寒天。その生産量のシェアは、全国一だ。



 エスティは寒天をミアに手渡した。


「これで何か作ってください」

「私に任せなさい。前々から寄せ料理って作ってみたかったのよね!」


 ミアがキッチンへと向かった。



「よし。では私達は《改築》ですね」



◆ ◆ ◆



 何度か《改築》を進めていくうちに、エスティは気が付いたことがあった。


 《改築》は合成と分解の両方が可能なのだ。



 例えば、以前マチコデを寝かせるためにベッドを集積した個室を、《改築》を使ってベットを完全に合成し、一面ベッドの部屋にする事が出来た。他にも既存の丸太を切ったり、切ったものを元に戻したりも出来る。


 合成するのに接着剤などの素材を必要とする事もないし、合成・分解に重さや大きさの制限も無い。使うのは周囲の魔力だけだ。


 この《改築》要素だけでも相当だ。一体、どんな術式が込められているのか。



 そんな機能を使って、エスティは2階にある5部屋の客間を3部屋に減らし、残りの2部屋を合成して会議室を作った。元々あったベッドも分解してテーブルと椅子を生み出し、内装も整える。


「……この魔法、万能過ぎません?」

「我には分からん」

「私は魔法そのものに驚くよ」


 出来上がった部屋は、どこぞの秘密基地を思わせるかのような重厚な内装だった。想像しながら作っただけでこれなのだ。だがひとまず、これで準備は整った。



「おーい2人共! 出来たわよー!」


 ミアが会議室に、出来立ての寒天を持って来た。美しい半透明のピンク色で、ぱっと見はゼリーのようだ。


「おー。美味しそうですね」

「エスティ、ちょっと味見してみて」

「いいんですか?」

「もちろん。エスティの為に作ったのよ」


 その言葉に嬉しくなったエスティは、一つを摘まんで口にポイッと投げた。



 風味が豊かで……いやこの味は……。



「――ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!」

「だーっはっはっは!!!!」


 涙を流しながら悶絶するエスティを見て、ミアが腹を抱えて笑い出した。

 ロゼは驚いてミアに振り返る。


「おいミア、何を混ぜた!?」

「ひぃ……はぁー……あ~笑った。これはハバネロ汁の寒天寄せよ。いやぁ、自分以外の人が苦しんでる姿を見ると、何だか心が落ち着くわね。聖女だったあの頃を思い出すわ」

「お前、そんな気分で聖女やってたのか」



 そして、ミアは日向の方に振り向いた。


「日向、コれは寒天トマト。おいしいヨ?」

「この人、私まで騙そうとしてるよ!!」





 ウィキで長野県の気候を見てたんですが、下の方に県民性っていう欄があって、書いてある内容が地域ごとに細分化されていて面白かったです。


 南信・諏訪地域はこんなんでした。


『理性的・科学的な面が強く、合理的である。また責任感が強い。一度決めたら、あえて険しい道でも我が道を行く』


 本当かどうかはかなり怪しいですが、環境は性格に大きな影響を及ぼす気がしますね。ゾンビに生まれなくて良かったです。



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