第103話 帰省する女神と猫とブローカー聖女②
灰炎のカシエコルヌ。
強力な炎を操る、ラクスでも屈指の実力を持つ壮年の魔法使いだ。
そのカシエコルヌの元には、やる気の無い生徒や問題児ばかりが集められる。
エスティは当時ぶっちぎりの問題児だったため、否応無しにこのカシエコルヌに預けられた。その保護者で同じ孤児院のバックスも、ついでに教えを乞う事になったのだ。
なぜこのカシエコルヌにばかり問題児が集まるのか。
その理由は、カシエコルヌ自身がぐうたらな教師だったためだ。昼間から陰でお酒を飲んで研究室に籠り、ひたすら好きな研究に励む。類稀な火属性魔法の技術と分かり易い授業内容という利点がなければ、すぐにでも解雇される人物の筆頭だった。
これでも女性に人気のある魔法使いだというのだから、エスティも理解が出来なかった。まるで自分を鏡で見たかのような、マイペースな人物だ。
「お久しぶりです、師匠」
「……はぁ……よう、おめぇら」
「相変わらずですね」
歳は40代、ぼさぼさの髪に顎髭を生やし、ボロボロの灰色のローブを羽織っている。このローブが無ければ、まるで魔法使いには見えない。
カシエコルヌは手に持っていた酒瓶を口に運び、ごくりと喉を鳴らした。
一見やる気の無い感じだが、根は勝負師だ。
ラクスにその名を知らしめたのは、とある防衛戦だった。泥人形の大群がラクスに襲い掛かろうとした時、カシエコルヌは大量の魔石を抱えて、ドーピングしながらたった一人で全てを焼き払ったのだ。その討伐劇には、人助けの勇者マチコデも愕然としていた。
「バックス、おめぇ太ったか?」
「師匠、僕は前からデブですよ」
「……エスティは、面で顔が分かんねぇな」
「これは外せませんね、ご存じの通りです」
「はっ、まぁ座れよ」
エスティ達はソファに腰掛けた。
カシエコルヌの研究室は小さい。3メートル四方の部屋の中にソファと事務机があり、壁は一面が書類棚だ。
「遅くなりましたが師匠、手土産です」
エスティは【弁当箱】と大量の魔石、それに【お酒用弁当箱】を取り出した。
「おおおおぉ、すまねぇなエスティ! こいつぁ酒が捗るぜ」
喜ばれたのは【お酒用弁当箱】の方だった。煩雑な書類の山はカシエコルヌなりのルールがあるらしく、片付ける事を許さない。
「そんで、噂の女神様が俺に何の用だ?」
「火薬を売って下さい」
「分かったぜ」
「ちょっと妹弟子!! 違うでしょ!?」
カシエコルヌは机下の隠し扉の魔法陣を解除し、火薬袋をいくつか取り出した。よく見ると、かなりぎっしりと保管されている。
「師匠、学校の下に何って物を……!」
「エスティ、言ってなかったのか?」
「言うと止められるじゃないですか」
「当たり前だよ! やけに爆発すると思ったらこういう事だったとは……!」
エスティはカシエコルヌに金貨を渡し、火薬を空間に収納して座り直す。
「師匠。本題は、魔力をこの大地に根付かせる方法についてです」
「……また面倒臭ぇ問題だな。何があった?」
「少し長くなりますが――」
エスティはこれまでの経緯を説明した。
蓼科に行った時から、魔王に会った時、そして行き詰っている植物の生育方法やラクリマスの情報について。特に時空魔法の話では、カシエコルヌは前のめりになって聞いていた。
「――以上です。魔族については機密情報ですので、ガラング様がいいと言うまでは公言しないで下さい」
「そいつぁ……洒落になんねぇな」
ルカンの言う通りならば、100日以内に魔族が雪崩れ込んでくる。それを知っていて公言されていないという事は、ガラングに対策が無いという事と同義だ。
「……俺ぁ、あのおっさんは信用できねぇ」
「私もですね」
「あ、僕もです」
「はっ、まぁ強欲で厚かましい人間ほど嫌われて、同時に長生きするもんだ。そう考えればガラングは王に相応しい。全てを手に入れたら、それを必死で守るからな」
カシエコルヌはそう言って立ち上がり、戸棚から書類を探し始めた。
「さぁて……。魔族を根絶する方法ではなく、種を植えて救いたいってのは、エスティ。お前の案か?」
「はい。倒せない数らしいので」
「……相変わらず甘っちょろいな。仮にそう上手くいったとして、俺らを食う連中が俺らと共生できんのか? 奴らに身内を殺された連中にどう説明する?」
「共存は不可能でしょう。これは、完全に棲み分けるための折衷案なのです。魔族との争いには終わりがないと、私は考えています」
エスティは堂々と答えた。
その返事に、カシエコルヌはエスティ達に見えない角度でニヤリと笑った。あれだけ遊んでいた暴走魔女が、今やこれだ。これだから、教師というものは辞められない。
「――あった、これだ」
カシエコルヌは一束の書類を引き抜いた。
それをエスティに手渡す。
「……昔、俺もおめぇらと同じ事を試したことがある。その試行実験の内容と結果だ。役には立たんかもしれんが、持って行け」
「あ、ありがとうございます師匠!」
カシエコルヌは再びソファに腰掛けた。
「それよか、時空魔法だ。バックス、オリヴィエントのありったけの種類の種をタテシナとやらに送れ。そこでエスティが実験しろ。《植物の生育速度調整》は都合がいい」
そして、深い溜息を吐いた。
「……おめぇの《魔女の庵》、狂ってんな」
「やっぱりそうなんでしょうか」
「あぁ。だが俺ぁその話で、この界隈で長年解かれなかった謎が一つ解けたぜ」
「謎ですか?」
「《魔女の庵》という奇妙な魔法はな、ずーっと制作者が分からなかったんだよ」
《魔女の庵》はかなり特殊な魔法だ。寿命が伸びるというのも、子を産めなくするという制限も、他の魔法には見られない技術だった。
そして研究者たちがその謎を知ろうと《魔女の庵》の魔法陣を紐解いたが、誰にも理解が出来なかった。しかし、綿密に模倣して書けばなぜか起動するのだ。
いつから存在し、誰が作り、どこから広まったのかすらも辿れなかったのだ。
カシエコルヌは教師の顔になった。
「エスティ。おめぇの庵の《時空間化》というのは、言葉通り受け取るならば時空魔法だ。《浮遊》だってそうだろう。そんな術式が、予め《魔女の庵》に組み込まれていた。ただの伝承だが、歴史上で時空魔法という幻の魔法を操ったのは誰だ?」
「…………あ」
時空魔法使いは、ラクリマス。
《魔女の庵》を生み出したのは……ラクリマスだ。
「おめぇはラクリマスの痕跡を探しているんだろう。《魔女の庵》の術式を調べれば、ラクリマスの作った魔法陣を調べることが出来るはずだ。あとはそうだな、《設計魔図》も調べておけ」
「で、ですがあの術式は……私が起動した時には、魔法陣に描いてあった以上の術式がいくつも浮かび上がりました」
「……そもそもだ。おめぇはその元を魔法陣はちゃんと全部読んだのか?」
「……」
エスティは呆気にとられた。
カシエコルヌはふっと笑った。
「変わんねぇな」
「し、師匠! ありがとうございます!」
「おうよ、やっちまえ」
◆ ◆ ◆
貴族の商店にて。
「長期にわたってストレスの回避困難な環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという現象、これを学習性無力感というの。私は、ギリギリでこれを回避したのよ」
ミアは必死で弁明する。
「そんでも、仕事せんと駄目じゃろう!!」
「子作りはどうなったんじゃ!?」
「ぐっ……強い!」
難しそうな話で誤魔化そうにも、強引に仕事と結婚の話に持っていかれる。
こうして会話が出来ないまま、かれこれ数時間だ。
「ミア様、そろそろ閉店のお時間で……」
「あぁ゛!? このお貴族様が、儂らの可愛いミアに文句あるんか!?」
「アンタ、殺っちまいな!」
「お父さん、お母さん! 殺るなコラァ!」
終わりの見えない親子の触れ合いに、ロゼはうんざりしていた。
そこに、エスティが現れた。
「探しましたよロゼ……って何ですかこれ」
「エス、ミアは置いて帰るぞ」
「は……ちょっと! 魔物がいますよ!?」
「ミアの母君だ。殺されるぞ」
「……」




