第101話 初春の炬燵談義・【時空郵便】
3月のある日の昼食後。
ジャズの流れる庵のリビングで、エスティとミアとロゼは炬燵に入っていた。
ミアはタブレットで漫画を読み漁り、ロゼはネクロマリアの新聞を読み耽り、エスティはカチャカチャと魔道具を作る。いつもと同じ光景だ。
「ハロー、ワールドと……」
エスティは手紙にそう書き、ラップの箱のような細長い魔道具へと投函した。
暫くすると、その魔道具から手紙がはき出された。
「『意味が分からないよ』」
バックスの筆跡で、そう記されていた。
実験は成功のようだ。
「……ふふ、兄弟子もまだまだですね」
「エス、何をしているのだ?」
ロゼが顔を上げ、エスティの手元を見た。
「前に情報交換が弱いって話があったじゃないですか。ここ最近も色々と慌ただしいですし、その辺をさくっと解決できる魔道具を試験的に作ったんですよ。名付けて【時空郵便】です」
エスティが手に持っている、ラップの箱のような魔道具。
原理は【時空のビーコン】と同じだが、【時空郵便】はそれを更にコンパクトにしたものだ。2つで1セットとなっており、もう1つの【時空郵便】はオリヴィエントにいるバックスが所持している。
バックスの背中を経由した手紙とは違って、メールと同じ感覚で情報をシームレスにやり取りする事が出来る。更にその用途を紙だけに絞ることで、蓼科から吸い取る魔力も激減した。
「なるほど、これは便利だな」
「もっと早くに作れば良かったですね」
「私、面白い事を閃いちゃったわ……『好きよバックス、素敵な脂肪』……ミア」
ミアの書いた手紙が【時空郵便】に吸い込まれる。こちらから起動するのに魔法は不要だ。蓼科から自動で魔力を吸って動くのだ。
「アメリアが見ているからか? 悪趣味な」
「彼女は鋭いから悪戯を見抜きますよ? 兄弟子も間抜けではありませんし」
「まぁまぁ、手紙を待つわよ!」
そして、すぐに返事が返ってきた。
「『手紙がにおいますね』ブフーッ!」
「失礼ね!!」
「兄弟子も分かってますね。さて……」
エスティは真面目に情報交換を始めた。
気になっていたのは、バックスに任せっきりだったネクロマリアに植物を根付かせる方法だ。肥料を使って実験しているはずだが、その報告の詳細は聞いていない。
何通かやり取りを行い、内容を確認する。
「……芳しくないですね」
「やはり難しいのか?」
「肥料の魔力も霧散するそうです」
肥料は植物の種の栄養となるどころか、フワッっと消えてしまうらしい。
これでは、何の意味も成していない。
エスティは手紙を書く手を止めて考える。
魔力を根付かせるには植物が必要。
植物が育つには、栄養が必要。
「次は土と水。種もそうですか……」
「……エス。以前から気になっていたんだが、なぜトルロスでは普通に植物が生育していたのだ?」
「あぁ、あれは多分ですね――」
トルロスは自然豊かだ。死火山があり、海があり、太陽もあり、小雨も降る。植物が育ちやすい環境が揃っているのだ。
それに対して、ネクロマリア本土は雨も降らず日も照らない。更に今やっているのは、そこに元々あった魔力を根付かせるのではなく、エスティの魔力を根付かせようとしているのだ。別の環境の種を植えようとしているのと同義だった。
「太陽までは無理だな」
「――太陽……そうか、太陽ですか」
ネクロマリア本土の太陽は常に雲で隠れている。その雲を除去することが出来なければ、まともに植物は育たないのでは?
「あんた、そんなこと出来るの?」
「見当も付きません。ミア、その手の漫画で使えそうな方法はありますか?」
「漫画なら、剣を振ったら空が割れるわよ」
「……今日の仕事はここまでですね」
煮詰まってきたエスティは、ぱたんと後ろに倒れた。
ロゼがエスティの胸に乗り、丸まる。
「エス、ラクス時代の知り合いに協力を要請してはどうだ。お前一人では厳しい問題なのだろう?」
「知り合いですかぁ……」
エスティは友達が少ない。
学校時代も悪さをしすぎて浮いていた。
「――では、師匠に会いにいきますか」
「師匠?」
「私と兄弟子の先生ですよ」
エスティ達の通っていた学校は、基礎魔術をしっかりと教えるため、教師と生徒が1対2で指導する。師匠というのは、その時の先生だ。
「久しぶりに帰省しましょうか。素材や火薬も欲しいですし」
「待てエス、火薬はやめろ」
「いいわね、私もあっちの料理本が欲しいと思ってたところなのよ」
エスティは起き上がり、バックスへのメッセージを書く。
「『一緒にラクスへ行きましょう』……と」
「エス、バックスは動けるのか?」
「この件は兄弟子がメインで動きますからね。強引にでも連れて行きますよ」
ミアも続けてメッセージを書く。
「『私と愛の逃避行。行きは2人、帰りは1人産んで3人で』……よし」
「発想が普通じゃないですね」
「これは遊び心と言うのよ」
そして、バックスから返事が返ってきた。
「『独身を拗らせていますね、ミア様。笑うところですか?』はぁああぁ!? この私とやる気ね、既婚者バックス!!」
するとミアは、自分の【弁当箱】から大量の卑猥な本を取り出した。それを1枚1枚丁寧に破り、バックスへと送り届けていく。
「うわ、こんなに沢山いつの間に……」
「ミア、恥ずかしくないのか?」
「変態たるもの、変態文化の醸成はサボってはいけないのよ。欲情してくたばるがいいわ、バックス!!」
◆ ◆ ◆
「『――帰りは1人産んで3人で』相変わらずおかしな人だなぁ」
バックスは一人、手紙を書いていた。アメリアは孤児院の手伝いのため、部屋にはいない。
「『拗らせていますね』……と」
「――――何が拗らせてるのだ?」
「が、ガラング様!?」
バックスは咄嗟に跪いた。
「バックス、これは何だ?」
「それは女神の新しい魔道具です。試作品との事で、ただ今試験運転を行っていました。かなり利便性の高いものでして――」
バックスはガラングに【時空郵便】の仕様を説明した。
ガラングは【時空郵便】をチラリと見た。
時空魔法使いは、こんな魔道具を一晩足らずで作り上げてくる。バックスを取り込んでおいて正解だったと、改めてそう感じていた。
「もう少ししたら儂が向かうと伝えておけ。そちら経由でトルロスに移動する」
「はっ!」
「……しかしバックス、浮気はいかんぞ」
ガラングはミアからの手紙を手に持っていた。
「ち、違います! アホな嫌がらせです!!」
「お前がどう考えているのかは知らんが、儂は妃一筋だ。たとえ子が出来ぬとも、儂の愛は一方的にしか向かん」
「おおお仰る通りです!」
バックスがそう言うと、【時空郵便】が再びカタカタと紙をはき出し始めた。絵が描かれたものが次々と送られてくる。ガラングは興味深そうに1枚手に取った。
そこには、ミアお気に入りのBL雑誌の漢達の裸の語り合いが描かれていた。
ガラングはバックスを見て、引いた。
「バックス、お前もしや……」
「ち、違うんですガラング様ぁ!!」




