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2度目の異世界は周到に  作者: 月夜乃 古狸


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第2話 その名は東宮寺 伊織

 佐々木英太と新城香澄、ふたりのいる部屋の窓、地上3階にあるソレの外側から部屋の中に顔を覗かせたのは、この国に召喚され、今は監視付きで別の所で休んでいるはずの男であった。

 ふたりが呆気にとられている間に「ちょっとお邪魔するよ」と言いつつ人ひとりがなんとか通れる程度の小さな窓から部屋の中に入ってくる。

「ふぅ、なんとか見つからずに来れたな。突然すまん。ちょっと話がしたくてな」

 男は肩をぐるぐると回しながら身体を解し、英太達に笑いかける。

 その笑顔はどこか悪戯めいていて、人を食ったような表情だ。

 

「あ、はい、じゃなくて! いったいどうやって」

「そ、そう! 監視が付いているはずです。それにここ3階ですよ?!」

 呆気にとられてフリーズしていた2人も我に返ると口々に疑問を投げる。

「ああ、監視は問題ない。こことは別棟の、そっちは4階だったせいかドア側にしか見張りはいなかったし、出入りは窓からだしな。ドアは内側からガッチリ固定してあるから簡単には開けられないし、外は街灯もない真っ暗闇だ。出てしまえば見つかることもないだろうよ。

 そもそも初日にいきなり行動するとは思ってないだろうしな」

 質問に答えているようで、まったく答えていないことを言いながら男は部屋をウロウロと歩き回ったり何やらブツブツと独り言のように呟いた後に、部屋の隅にあった椅子を2人の前にもってきて座る。

 座って良いかとも聞かずに、傍若無人というほかない。

 

 が、英太と香澄としてはそれどころではなかった。

 男が座りながら肩に掛けていたバッグから取りだした物から目が離せなかったのである。

「俺がこの国に来た時の現場にいただろ? んで、最初に俺の言葉に反応したんで君達が日本人だろうと思ってな。

 とにかくいきなりだったからな、情報収集は同郷の人間に話を聞くのが一番早い。

 と、いうわけで、腹減ってないか? 手土産をもってきたんだが」

 そう言って男が差し出した物。

 ひとつの大きめの白いビニール袋の中にいくつかの紙袋が入っている。そして、その全ての袋の横には見慣れたアルファベットの一文字が。

 

「いつからこっちに来てるのかは知らないが、久しぶりじゃないかと思ってね。食うだろ?」

 そう言ってふたりの腰掛けているベッドの上に袋の中身を出していく。

「これって、マジ? チーズバーガーにテリヤキバーガー…」

「ポテトのL、ナゲットまで?!」

「飲み物はコーラでいいか? カロリーゼロのやつだけど」

 目の前の物と男の顔を交互に見るふたりに男が目配せで「食って良いぞ」と促す。

 口の中に溢れてきた大量の唾液をゴキュリと飲み込み、英太は震える手でハンバーガーを、香澄はポテトに手を伸ばす。

 

 パクリ。

 ガツガツガツ!

 一口頬張ったあとは無我夢中で食べた。

 途中でコーラを飲み、ポテトとナゲット、またハンバーガー。

 そして残りが一口分ほどになったところで手が止まる。

「? どうした?」

「……もっと味わって食べればよかった!」

 心底悔しそうに英太が言うと、まだ半分ほど残っていた香澄のペースも急激に落ちる。

「まだ食えるか? ビッグ○ックもあるけど」

「い、いいんすか?!」

 追加で差し出された袋を受け取り、手に持っていた残りを口に放り込むと中に入っていたショボい箱に入ったバーガーを取り出す。

 

「あ、あれ?」

「ちょっと英太、何泣いてるのよ」

「う、うるせぇな! 香澄だって泣いてんじゃんか!」

「うるさい、うるさ~い! だって、だってぇ、ヒック」

 顔をクシャクシャにして涙を流しながらハンバーガーを食べる若い男女とそれを穏やかな表情で見ているおっさん。

 なかなかにシュールな絵面だが、それをツッコむ人間はここにはいない。

 それにふたりにとっては召喚されてから今日まで、どれほど望もうと決して口にできず、もしかしたらこの先ずっと口にすることはないかもしれないと思っていた味なのだ。

 

「ふぅ~……ご馳走様でした」

「あ、あの、ありがとうございました」

 それなりの時間を掛けて食べたり泣いたりしてから、落ち着くまでに少々要して、ようやく気を取り直せたふたりは改めて男と向き合う。

「おう。まぁ、喜んでもらえたみたいで良かったよ。お近づきの印だから代金請求したりしないから気にすんな」

「あ、そ、それは、その、ありがとうございます」

「えっと、でも……」

「っつか、その代わりっちゃなんだけど、色々話を聞きたいんだけど、良いか?」

 無我夢中で食べたは良いものの、対価として払える物などふたりは持っていない。荷物を漁れば日本円がどこかに少しあったはずだが金額はともかくこの異世界での価値を考えると恐ろしくなる。なのであっさり受けた英太はともかく、香澄もホッとしつつ、それでも「いいのかなぁ」と考えていた。

 話をするのはふたりとしても望むところなのでそっちは考える必要もなく頷く。

 

「んじゃ、まずはこの国のことなんだが……」

 それからしばらく、男に問われるままに知る限りのことを話す。

 国の情勢、国境の状況、王侯貴族の事、通貨や経済、民衆の暮らしや産業等々、そして話はふたりがこの世界に来た経緯と羈束(きそく)の首輪の事に。

「ってことは、ライトノベルなんかである異世界召喚の駄目なほうってことか。来てからどのくらいになる?」

「半年ちょっとくらいっすかね」

「10ヶ月よ。正確には297日。1日の時間が同じなら、ですけど」

「そうか、よく無事だったな。辛かっただろ」

 思わぬ労いにふたりの涙腺が再び緩くなるがここはグッと堪える。

 

「っと、そんなわけなんで、なんとかして首輪を着けられるのを逃れないとまずいと思います。遠隔で発動させられるんで着けたら最後逆らえなくなります」

「首輪、か」

 男が顎に手をやって無精ヒゲを弄ぶ。何かを考えているらしい。

「ちょっとその首輪を見せてもらっていいか?」

「は、はい、どうぞ」

「あ、いや、俺のでお願いします」

「英太?」

「い、いや、その、万が一触って作動したらまずいじゃんか、だから、その」

 英太が顔を赤くしてゴニョゴニョと言っているが、その理由、男が香澄の首筋を至近からジロジロ覗き込むのが気に入らなかったからなのは男から見ればすぐに分かった。本来察してほしい相手は分かっていないようではあるが。 

 

「なるほど、ここがこうなって……うん、なんとかなるな」

 男はひとしきり英太の首に付いた首輪を調べると、表情を真剣なものに替えてふたりに向き直った。

「ふたりに確認するんだが、これからどうしたい? この国から逃げるか、それとも留まるか」

「え? そ、そりゃ逃げられるなら逃げたいっすよ」

「わ、私もです。この国に居たらこのまま戦争の道具として戦わさせられていつか殺されるし」

 即答である。

 聞いた男は満足そうに頷く。

 

「よし! んじゃ逃げるぞ。っていってもすぐにすぐってのは難しいが、俺の訓練とやらが終わって配属されるのにどのくらいかかるか分かるか?」

「えっと、多分魔力の使い方と戦闘技術が最低限身についてからだから」

「ひと月くらいだと思います。訓練をサボろうとしても無理矢理にでもさせられるはずなので、時間稼ぎは難しいと思います」

「それくらい余裕があればなんとかなるな。とにかく準備を進めるぞ。っと、その前にその首輪をなんとかしちまおう」

「なんとかって、どうやって……」

 疑問を口にする英太に構わず、男は首輪に手を触れて何かを呟く、と、カチャリという音と共に首輪が外れて床に落ちた。

 

「は?」

「え?」

 揃って目が点である。

「うん、上手くいったな。そっちのも外すぞ。ちょっとだけ触るから、えっと、英太だっけ?……妬くなよ?」

「や、妬くって、そんな」

「??」

 ちょっとばかり揶揄い混じりの言葉に英太は焦り、香澄はよくわかっていない顔をするが、一切構わずに香澄の首輪もあっという間に外す。

 そして引き続き外れた首輪を手にとって何やら細工を施す。

「んで、ここをこうやって、良し! もう一回コレ着けとけ。締め付けが始まったり強く引っ張れば外れるようにしといたから。一応ちょっと試してみろ」

 

 男の言葉に半信半疑ながら、もし駄目でもまた外してもらえるだろうと考えて英太がもう一度首輪を着け、引っ張ってみると簡単に外れた。

「ま、マジ?」

「す、凄い。術者以外は外せないはずなのに。あの、おじさんはいったい…え、あ、あの?」

 香澄の言葉に膝から崩れる男。

「……いや、そりゃ女子高生から見りゃ確かにおっさんだけども……なんの躊躇もなくそう呼ばれると結構クルものが……」

「ご、ごめんなさい、その、名前、聞いていなかったので」

 

「……言ってなかったっけ?」

「その、聞いてないっす。上泉伊勢守信綱ってのは偽名っすよね? あと、卜伝も」

「そりゃそうだ。呂布奉先と迷ったんだが、俺の言葉に反応したんで日本人だとおもったから日本の名前にしてみた。けど、そういえばそうだな。改めると結構間抜けだが、ちょっと待ってな、あ、あった、これ渡しとく。俺は“東宮寺 伊織(とうぐうじ いおり)”よろしくな。っと、君達の名前も聞いてないな。お互い呼び合ってたから下の名前だけはわかったが」

「あ、すいません。俺は佐々木英太です。高校2年、17歳です」

「わ、私は新城香澄です。英太とは幼馴染み兼同級生です」

 伊織が懐から名刺を取り出して渡しながら名乗る。見た目通りのオッサンなので名刺は常備しているのだ。

 ついでに英太と香澄の名前を漢字を確認しながら手帳に書いている。意外とマメなのか歳のせいで覚えるのが不安なのか。

 

 それが終わると伊織はバッグを漁って中からトランシーバーのような物を2つと小さなバッテリーを4個、ハンドルの付いた箱のような物を取り出す。

「さすがに何度も出入りするのはリスクが高いからな。無線機を渡しておく。予備のバッテリーと充電用に小型手動発電機もだ。防水・防塵・耐衝撃の軍用モデルで受信範囲も5kmまで対応できる。

 とりあえずチャンネル登録はしてあるから2番に合わせれば俺と繋がる。こっちが個別番号5番、こっちが7番に設定してあるからそれぞれ個別に通信できる。こっちのボタンはオープン回線な。あ、やり取りするときはできるだけイヤホンを使ったほうが良いな。無線の着信もランプで教えてくれるから」

 説明しながらホイッと手渡された無線機を見てしばし固まる2人。渡した本人は再びバッグをゴソゴソしながら「えっと、イヤホンイヤホンっと」などと言っている。

 

「ちょ、ちょっと東宮寺さん、えっと、こっちにはいきなり召喚されたんですよね? なんでこんなもの持ってるんですか?!」

「伊織でいいよ。なんでって、備えあれば憂いなしって昔から言うだろ? いつどんなことがあるかわからないんだからな。現に役に立ちそうだし」

 そんなノリで無線機を複数持ち歩く人間なんてまずいないだろう。いったいどんなことに巻き込まれるのを想定しているのか甚だ疑問である。

「さてと、んじゃ今日のところは戻るとするか。時間を見つけてまた来るつもりだけど、一応毎日連絡は取り合うことにしよう。時間は、無線機に付いている時計で22時でどうだ? 大雑把にこっちの時間に合わせたつもりなんだが」

「えっと、はい、了解です」

「どこからツッコんで良いのか分からないですけど、まぁ、分かりました」

 

 英太と香澄の返事に満足そうに頷きながら、ふと思い立ったようにもうひとつ質問する。

「そういえば、2人は同じ部屋で寝泊まりしてるのか? もし邪魔しちゃってたりしたらオジサン申し訳ないんだが」

「あ、いえ、同じ部屋に寝泊まりしてるのはそうなんですけど、私達そういう関係じゃないので大丈夫です。いきなりこの世界に連れてこられて信用できる味方ってお互いしかいないので個別に何かされたりしないように常に一緒にいることにしているんです。じゃないと安心できないので」

 一瞬で真っ赤な顔になって何か言おうとした英太の横で、ごく平坦な口調でバッサリと否定した香澄。

 

「あ、ははは、はぁ。来た当初は別々にされそうになったことが何度かあったんですけど、絶対に引き離されないように抵抗してたら諦めたみたいです。まぁ、この国からしたら戦わせることができるなら多少は大目に見ようってことだと思いますけど」

 あっという間に奈落に突き落とされたように落ち込んだ顔で、それでも頑張って補足説明をした英太。実に憐れだ。

 伊織も同情を込めて英太の肩を叩く。ある意味トドメである。オジサンという言葉を否定してもらえなかったことを根に持っているわけではない。はずだ。

 

 それから2、3打ち合わせた後、伊織は再び窓から戻っていった。

 どうやって3階の英太達の部屋に来たのかと思っていたら、屋上から垂らした極細のワイヤーのような物を使って降りてきたらしい。

 小さな金属製の金具のような物を手に装着して今度は屋上まで上っていった。きっと自分の部屋に戻るのも同じようなことをするのだろう。

 英太と香澄はそれを呆然と見送るしかできなかった。

 

 伊織が部屋から消えてしばし。

 ようやく思考力が戻った2人はお互いのベッドの上に座り込んで乾いた笑いを交わす。

「なんていうか、なんなんだろう、あの人」

「想像の斜め上をもの凄い勢いで突っ切っていってる感じよね」

「ははは、そうだね。でも、無線機持ち歩くとか、あのワイヤーとか、どんな仕事してる人なんだろうな」

「それよりさぁ、あの人にマッ○食べさせてもらったじゃない?」

「あ、ああ、久しぶりすぎて涙が出たよなぁ」

「それはそうだけど、そういうことじゃなくて、あのハンバーガーとポテト、温かかったよね?」

「へ?」

「コーラも氷が入ってたし、……あの人、どこから持ってきたの?」

 

 謎が深まったらしい。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 「それはそうだけど、そういうことじゃなくて、あのハンバーガーとポテト、温かかったよね?」「へ?」「コーラも氷が入ってたし、……あの人、どこから持ってきたの?」 ラノベを読んだことがあれば、…
[一言] ル◯ンか!!(笑) 説明の内容が濃いのに読みやすくって。。 内容もオリジナリティあって面白いです。 読ませて頂きます。
[良い点] すごく読みやすいです。
2020/05/04 03:34 退会済み
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