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料理の天災(前編)

 7月も半ばを過ぎた頃、リア達3人は屋敷から侯爵家所有の別荘へ涼みに来ていた。

 例年であれば侯爵夫妻も加わり、総勢50人以上の大所帯で過ごすのだが今年は違う。


 王都の魔法研究院から、リアを含めた3人の身体検査を行う旨の書状が届いたのが6月の末頃。

 集団幻覚事件の被害者の中に侯爵令嬢が居た事で、付き従っていた者も詳しく検査するというのが表向きの内容だが、グレーターデモンを退けた者達から詳しい事情を聴取するのが本来の目的である。


 教会の司祭がいち早く集団幻覚が嘘であることに気付き、教皇に報告書を提出したのがきっかけだった。

 魔法研究院はこの国の最高峰の魔術師が常駐し、デモンに対抗する新魔法の研究に没頭しており、リア達の力を取り込むつもりなのは明白である。


「検査したいのなら本来向こうから来るのが筋なのに、これだけでも心証を悪くしている事に気付かないのかしら?」


 木陰のベンチに座りながら、リアはムスッとした顔で言う。

 隣に腰掛けるアニスが、穏やかな風を受け額の汗を拭いながら答える。


「あちらにもプライドが有るのでしょう、王命によって設立された対妖魔研究機関としてのプライドが……」


「それにしても私達3人だけって、どういうつもり? 何か策でも有るのかしら?」


 今回の招請は何故か3人のみで来るようにと、念入りに書かれていた。

 道中で何かを仕掛けて、3人の実力を見ようと考えているのだろうか?


「どんな意図が有ると思うカイ? それと風が弱くなっているわよ、もっと一生懸命団扇を振りなさい!」


「……なんで、俺だけこんな目に!?」


 リアの視線の先では全身汗でびしょ濡れ状態のカイが、直径1m近い大きな団扇で風を送っていた。

 黒い執事服が日差しを浴びて、まるでサウナスーツを着込んでいるかのようだ。

 嫌気がさしてきたカイは、木陰に移動すると団扇を放り投げ大の字で寝転がった。


「もう、止め止め! 俺も涼むぞ!」


「こらカイ! 主である私の言う事が聞けないの?」


「主だろうと知った事か!? それと俺が具合悪くなって困るのは、お前の方だろ?」


 カイの言葉で先月の悪夢を思い出し、顔面蒼白になるリア。

 それは書状が届く、数日前の出来事だった……。




 その日目を覚ましたリアは、いつもは起こしに来る筈のカイの姿が見えない事に気付くと、主らしく注意する為に彼の部屋へと向かう。

 数回扉をノックしても姿を見せないので、扉を開け中を覗くとベッドで寝込むカイの姿があった。


「勇者は風邪をひかないのではなくて?」


 半ば呆れた顔で、カイの額に濡れたタオルを置くリア。

 しかし風邪をひいた原因が自分にある事を恥じて、侍従長の代わりに自ら看病する事にしたのだ。

 前日急用を思い出したリアは夕立が降る中、カイに馬車の手綱を握らせた。

 御者台は野ざらしとなっており、ずぶ濡れになったカイは身体を冷やして風邪を引いてしまった訳である。


 状態異常を付加する攻撃に対しては強いが、風邪や二日酔い等の体調不良に関しては、普通の人間と変わらない事をリアはこの時初めて知った。

 熱でうなされるカイを落ち着かせようと額に手を触れるリア、自分を殺した男の看病をする事になろうとは、何だか不思議な話である。


(普段はぶっきらぼうな態度をしているくせに、こんな時だけは大人しいのね)


 クスクスと笑みを浮かべるリア、しかしその顔が徐々に険しくなった。


(……こいつもやっぱり、胸の大きな女性が好みなのかな? アニスみたいのがすぐ傍に居たら、つい視線も向いちゃうわよね)


 しばらく悶々としていると、リアは急に顔を赤くして首を振る。


(べ、別にカイの事が気になっている訳じゃないんだから! 大事な侍従奴隷だから彼の体調を気遣うのは、主としての当然の務めなのよ)


 コロコロと変わるリアの表情を、ドアの隙間から侍従長が見て微笑む。

 するとちょうどそこに、様子を見に来たアニスがやってきた。




「あれ、侍従長どうされたのですか?」


「しーっ! お前もここから覗いてみなさい、ほら良い雰囲気に見えないか?」


 覗いた先では怒ったり微笑んだり顔を赤くしたりと、リアが1人で何やら空回りをしている。


「彼を連れてきた時から何やらあやしいとは思っていましたが、これは事と次第によってはもしかしてもしかするかもしれないぞ」


「一体何が起きるというのですか?」


 さっぱり分からないアニスが質問すると、侍従長はやれやれといった顔で分かりやすく説明した。


「要するにだ、リア様が近い将来カイにプロポーズをするかもしれないという事だ」


「プ、プロポーむぐぅ!?」


 大声を出しそうになるアニスの口を、侍従長は慌てて塞ぐ。

 念の為部屋の中を見たが、リアはまだ自分の世界から戻ってないらしく気付かれた様子はない。


「大声を出すな、リア様に気付かれてしまうだろうが」


「で、、でも、リア様は侯爵令嬢なんですよ!? それが契約した侍従奴隷と結婚だなんて、有り得ないじゃないですか」


 否定するアニスに対して、侍従長は静かに首を振る。


「いいや、有り得ない話ではない。 実は旦那様も彼の事はこのところ高く評価していて、将来的に娘の婿にする為の計画まで立てているほどだ」


 初めて聞くとんでもない計画に、アニスは驚いた。


「ちょうど都合良く親戚筋にあたる伯爵家の1つに、跡継ぎの居ない家が有る。 養子にしてその家の跡を継がせ、後にリア様の婿として迎え入れる計画だ。 誰からも文句は出まい」


 確かに理想的な計画だ、伯爵という爵位さえ持てばリアとも十分釣り合うだろう。

 しかし何故かそれを喜べないアニスは、侍従長を残してその場を離れた……。




 自室へ戻ろうとしていたアニスの頭の中で、ある名案が浮かんだ!

 それはカイの体調が早く回復するように、何か消化の良い料理を作って部屋まで届けるというものだ。


(これなら違和感無く彼の部屋にも行けるし、リア様と看病を交代出来る。 リア様にはもっと相応しい方が居る筈です、カイには同じ侍従奴隷である私みたいな者がお似合いに違いないのです)


 途中から言い訳がましくなっている事に、アニスは気付いていない。

 リアへの対抗心から良い所を見せようと考えた事が、全ての悪夢の始まりだった。


 調理場からミルクとご飯をくすねてきたアニスは、自室で鍋を温め始める。

 料理が苦手な自分でも、ミルク粥程度なら作れるだろうと考えたからだ。

 隠し味に裏庭で取れた何かを加えて煮ていると、少しずつ良い香りが漂い始める。


 鍋の火を止めて皿に盛りつけようとした時、部屋の扉がノックされた。


「アニス、私よ。 ちょっと良いかしら?」


「リ、リア様!? 少々お待ちを」


 リアに気付かれないように何とか誤魔化そうと、言い訳を考えながら扉へ向かう。

 だがそのアニスの背後で、鍋から何かが這い出ようとしていた……。

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