ゴミ溜めの中のお茶会
「……うぅ!」
首を折られた事による瀕死のダメージから、ようやくカイの意識が戻った。
自己回復が無ければ、今頃既に死んでいたに違いない。
「大丈夫ですか、カイ?」
「アニスさん? あれ、肌色のスイカを2つ収穫する夢を見ていた気が」
ゲシッ!
まだ完全に目覚めていないカイの頭を、リアが思い切り蹴り上げた!
「どう、いい加減目が覚めたかしら?」
「侯爵令嬢が、こんな起こし方をして良いと思っているのか!? たとえば膝枕とか、他にも色々有るだろうが」
ちゃぷんっ……。
カイの頭上に何か透明な液体が浮かんでいる、本能が絶対に触れてはいけない代物だと警報を鳴らしている。
「それじゃあ、水枕を試してみる? ただし、これは液体窒素だからカチンコチンになるかもしれないけど」
ガバッ!
液体窒素を浴びたら、本当にシャレにならない。
すぐにカイが立ち上がると、リアは彼の足元に何かが落ちているのに気が付いた。
それが何なのか分かったリアは、慌てて指示を出し始める。
「さあ、ちゃっちゃと終わらせるわよ! 私はそこら辺に落ちている物を片っ端からゴミ袋に詰めていくから、カイは貯まったゴミ袋を焼却炉に運ぶ事。 アニスは私が片付けた所から、掃除するのよ」
言い終えたリアが次々と袋に入れ始めたので、カイとアニスも作業を始めた。
こうしてリアの号令のもと、パンドラの箱清掃作戦が開始されたのである。
2時間ほどの掃除で、大量のゴミ袋を出した3人は一旦休憩に入った。
紅茶等を飲みながら、しだいに話題はカイがこの世界に来た経緯へと移る。
「そういえば、カイはどうやってこの世界に来たの? もしかして、転移?」
「いや、召喚だ」
リアの質問に、カイは即答した。
「あの後、リアを討った俺は大勢の民衆に出迎えられて凱旋したんだ。 ところがだ王城で俺を待っていたのは、かつての仲間と召喚した神官達の裏切りだった」
魔王すら倒せる存在が、もし自分達に牙を向いたらどうなるか?
その恐怖心から、彼らは勇者をこの世界から排除する事を決めた。
「それは……酷い話ですね」
アニスはカイの境遇に同情しているが、治めていた世界を滅亡させた管理人失格の女神に同情されても、少しも嬉しくないだろうと思う。
「それで何とか王城から飛び出して、どこか別の国に逃げようと考えていると、召喚陣が目の前で湧いたからそれに飛び込んだ。 そしたらこっちの世界に来ていたという訳だ」
カイがこちらの世界に居た理由を聞いて、リアは大体納得した。
しかし新たに、別の疑問も生じている。
(こちらの世界に召喚されたのなら、何で奴隷市で売られていたのかしら?)
大勢の神官達が集まり、何日も掛けて複雑な手順を踏み行われる召喚の儀式。
膨大な時間と労力を費やして呼び出した者を、簡単に放り出す事はありえないのだ。
「ねえカイ。 こちらの世界に着いた時、王宮と神殿のどちらに出た?」
「いや、あの街の近くの草むらの中だった。 おまけに誰も居なかったぞ」
「草むらの中? しかも、誰も居なかったですって!?」
この召喚に関しては、これまでの常識が全く通用しないらしい。
調査してみる必要が有るが、今はそれよりもこの汚部屋の掃除が先決だ。
リア達3人は休憩を終えると、再びゴミの山の中に分け入るのだった。
「終わった~!」
アニスが両手を挙げて、バンザイをしながら喜ぶ。
その近くではリアとカイが、お互いの背にもたれる様にして座り込んでいた。
「もうこんな事は2度とやらないからな」
「それは同感ね。 アニス、これからはきちんと部屋を掃除しなさいよね」
「は~い」
軽く返事をするアニス、反省した様子は残念ながら見られない。
するとここで部屋の隅に置かれた1つのゴミ袋が、アニスの視界に入る。
「カイ、ほらゴミ袋がまだ残ってますよ。 早く捨てて、終わりにしましょう」
そう言うとアニスは、カイに向けてその袋を投げる素振りを見せた。
「アニス待って、その中身はゴミじゃないわよ!」
「ほぇっ?」
リアの声に驚いたアニスが投げた袋は、狙いを外れてカイの頭上の天井に当たる。
その衝撃で袋の口が緩み、中身が出てきてしまった!
天から舞い降りる粉雪のように、アニスが脱ぎ散らかしていた大量の下着の山がカイに降り注ぐ。
カイは下着の山に埋もれて、ショックの大きさから放心状態に陥ってしまった。
両手で顔を覆いながら、リアはアニスに忠告する。
「元女神とはいえ今のあなたは女性なんですから、恥じらいくらい持って頂戴」
「……はい」
カイを助け出す為に散らかった下着を袋に戻していると、いまだ意識が朦朧としている彼が小声で呟いた。
「なんだろう? 甘くて良い香りがする……」
カァッ!
アニスの顔全体が、トマトのように真っ赤に変わる。
そして拳を握り締めると、カイの顔面に思い切り叩き込んだ!
「これ以上、(私の)匂いを嗅がないでください!」
ドゴッ!
初めてリアは、人の顔面に拳がめり込む瞬間を見た。
それを見ながら、ふいにチクリと胸の奥を何かに刺されたような感触を覚える。
(今のは一体何? 多分気のせいね)
アニスがカイの介抱をしているのが何だか気に入らないリアは、そう結論付けると2人の間に割って入るのだった。