閑話休題~スミのお勉強~
「あらスミちゃん、こんにちわ。 今日も本を読みに、わざわざ来てくれたの?」
「……うん、来た」
スミに声を掛けてきたのは、図書館で司書をしているトルアという女性。
3人姉妹で姉や妹も、別の場所で司書のお仕事をしているらしい。
何故そんな事をスミが知っているのかというと、なんでもスミがその妹と見た目の年齢が近いらしくて、それで他の人には教えてない事をつい喋ってしまったようである。
スミはお目当ての本を手に持つと、いつも決まったテーブルでそれを読む。
その本の名前は【夜這いの作法】。
最初トルアは本の名前を見た瞬間に思わずスミから取り上げようとしたが、今では彼女もスミの良き(?)理解者となっている。
今日もスミはまず最初に、夜這いの極意のおさらいから始めた。
① 疾い身のこなしこそ夜這いの基本、素早い動きが目的を達する為の大きな力となる。
② 息を潜め気配を殺すことも重要、物音は夜這いの天敵なり。
③ 目的を果たす為には妨害の排除も時には必要、ただし殺傷は意中の者の心を得る機会を失う恐れがあるのでしない事。
④ いざ事に及んだ時は全てを済ませるまでその場を離れぬように、冷静な対応が二回目以降の夜這いの成功率に影響する。
①~④まで読んだスミは、1つ1つ順に独自の解釈で考え始めた。
(素早い動きが基本なのは分かる、捕まりそうになっても逃げ切れるから。 私自身が風と1つになるイメージでいこう)
次にスミは②の解釈をする。
(たしかに音を立てると、アニス様やリア達を起こしてしまう可能性がある。 林の中のような静けさが、夜這いする際の理想なのだと思う)
③の解釈をしようとした時、トルアがカウンターからスミを呼ぶ。
「スミちゃん! 少し早いけど、お茶にしましょう。 今日は美味しいクッキーを焼いてきたの」
「……わかった、すぐ行く」
スミは本にしおりを挟むと、司書室で待つトルアの元へ向かった。
「どう、今日の調子は? 何か良い策でも浮かんだ?」
「……まだあと3年近くもある、今こたえを出すのは時期尚早」
少し冷めた答えを返すが、トルアは全く気にしていない。
そもそもこんな少女に夜這いが出来るとは、到底思えないからだ。
(それでも好きな人に気持ちを伝えるくらいの勇気は、持たせてあげないと)
そんなトルアの勘違いでスミの夜這い計画は、より完璧さを増す結果となる訳だが。
「あっ、そうそう。 スミちゃん、こんな本も有るけど少しは役に立つかしら?」
トルアがスミに手渡した本の名前は、【絵を見て解説シノビの技】。
数百年以上前にどこか違う国から来た、ニンジャという者が広めたニンポウ。
そのニンポウを図解入りで、子供にもわかりやすく書かれたのがこの本である。
足音を消して歩く方法などは、①と②の極意に通じる物だとスミの直感が告げた!
「ありがとう、トルア。 これも、今日から一緒に読んでみる」
「よろこんでもらえたみたいで何よりだわ、その調子で頑張ってね」
それから世間話などをした後、ティーカップの片付けを手伝ったスミは再び元の場所に戻ると、解釈の続きを再開する。
(どれだけ気配や音を消せても、アニス様やリアが邪魔をしてくる可能性がある。 カイ様に気付かせずに無力化するには、烈火の如き力で4人の防御を貫くのみ)
リア・アニス・ウミ・ウミナの4人を、1人で全員倒せると確信していた。
そしてスミは、カイすらその力で押さえつける覚悟も決めていたのである。
最後の④の解釈に、スミはかなりの時間を要した。
用が済めば素早くその場を立ち去るべきなのに、何故その場に残る必要があるのか?
全てを済ませるまで、スミはこの部分に答えがあると判断した。
(恐らく最初の夜這いで相手を自分の虜にして、何度も訪ねやすくする。 それが本来の夜這いの目的なのかもしれないけど、私には1回しかチャンスがない。 その1回で何を目的にすれば良いのかな?)
色々と考えているとスミの中で眠っていた、無慈悲なる混沌が目を覚ます。
(うるさくておちおちと寝てもいられぬわ、ところでいつ私は生まれ変わるのだ?)
(少し黙っていて、今大事な考え事をしているのだから)
(考え事? ああ、あのカイとかいう小僧に夜這いをかけるという奴か。 夜這いごときで、その小僧の子供を作るつもりか?)
その瞬間、スミの中で答えが見つかった。
そして目まぐるしいスピードで、解釈が塗り替えられてゆく。
(そうだ、私は混沌を生まれ変わらせると約束した。 ならばもう1人の自分を生み出す新しい核が必要になる、その核をカイ様に提供してもらおう。 核が完成するまで、部屋の中に誰も入れないようにすれば良い。 これで後は、勝負に勝つだけ)
混沌からの問いかけを無視しながら、スミは別行動をしている分体に念話を送った。
(どう? そちらの今日の成果を教えて)
(……今のところ、ヨルムンガンド1体だけ。 クラーケンも減っているし、この周辺はもうあまり獲れないかも)
(わかった、狩りする場所を変えることにする。 今度は人が近づかない山の中を、探索してみて)
(本体は、分体のあつかいが酷い。 断固抗議する)
分体の愚痴に対して、本体のスミが即答する。
(勝負に負けて、カイ様に夜這い出来なくなっても良いの?)
(……やだ。 絶対に負けたくない)
分体との念話が終わると、次の分体に念話を送るスミ。
スミは分体達に狩猟勝負の獲物を捕まえさせながら、夜這いの勉強をしていたのだ!
(ニンポウ以外にも、夜這いに役立つ本があるかもしれない。 そうだ、ここにある本を全部読んでみよう。 そうすればきっと、より完璧な夜這いが出来る)
スミがその後、夜這いする前日までこの図書館に通い詰めたのは言うまでもない……。




