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残念な女神

 妖魔との遭遇から、およそ1ヶ月が既に経過している。


 街に現れた妖魔は、無意識下の魔法発動による集団幻覚として処理されていた。

 教会前で倒れていた大勢の人が見たとされる白い翼を生やしたアニスの姿が、集団幻覚の証拠とされたのである。

 しかし、幻覚を見た者達が口々に


「幻覚だったとはいえ、あのアニスさんは凄く神々しかった」


「メイド服ではなく、布1枚だったから余計に胸が露出していて!」


「しかし、何でワシだけ下から拝む幻覚を見たのじゃろ?」


 などと言うものだからアニスの評判に余計な尾ひれがついてしまい、その所為で縁談の申し込みが更に増す結果を生んでしまった。


 奴隷契約を結んでいる者は、主の許可を得ずに婚姻関係を勝手に結ぶと契約違反となる可能性がある。

 そのため侍従奴隷を妻や妾として迎え入れようとする際は、必ずその主から許可を取るのが通例となっていた。


 アニスの陰に隠れてしまった主のリアは、今日もアニスとの婚姻を望む手紙を渡されてこめかみに青筋を立てている。


【アニス殿を見る度に胸が高鳴り、夜も眠れません。 またその豊かな胸元から、亡き母の面影をひしひしと感じます。 何卒、私とアニス殿の婚姻を許して下さいますよう平にお願い致します】


 ビリビリビリ……!


「あんな桶を2つもぶら下げたような女が、何人も居てたまるか~!!」


 手紙を破りながらキレるリアを尻目に、髪を切り執事服を着たカイは椅子に座って本を読みながら優雅にコーヒーを飲んでいる。


「お嬢様、そんな大声を出しますと外に聞こえてしまいますよ」


「ぐぬぬぬ……」


 侯爵令嬢らしからぬ声を出すリア。

 何に怒っているのか気付いたカイは、リアの頭を撫でて慰めた。


「よしよし、あの頃のお前はもっと大きかったからな。 その起伏に乏しい身体で劣等感を抱いているかもしれないが、気にする事は無い。 そういう体型が大好きな、奇特な方もこの世界には居る筈だ」


 ドスッ

 図星を突かれたリアは、反射的にカイのみぞおちに拳を打ち込む。


「……それ以上言うと、痛い目を見るわよ」


 腹を押さえながら痛みに耐えるカイに、リアは尋ねた。


「それで、主な原因の乳女は?」


「そろそろ、いつもの時間かと」




 侍従奴隷のアニス、完璧そうに見える彼女にもやはり欠点が存在する。

 それは知る者にとっては、表に出したくないほど恥ずかしい公然の秘密であった。


「アニス! いつまで寝ているんだ、さっさと起きろ!!」


「はい~ごめんなさ~い!」


 侍従長の怒声が、朝の廊下に響き渡る。

 それがメイドにあるまじき駄目人間の塊である、アニスの日常の姿だった。


 家事や洗濯がだめ、裁縫も苦手で料理の腕は致命的。

 外見と言葉遣い以外に、取り得が無い。


(よくもまあ、こんな人を嫁にしたがるものだ)


 何も知らないという事は、或る意味で幸せである。

 もし1日一緒に居れば、かなりのショックを受けるのは必至だ。


 本来ならいつクビになってもおかしくない彼女が、今も働き続けていられるのは


「対等に会話をするほど、お互いに信頼しあう関係だ。 彼女の存在が、きっとリアの心の支えになってくれるに違いない」


 これは侯爵の弁だが時々寝ぼけた際に見せる、あられもない姿を見れなくなるのが嫌なだけではないか?

 こちらは侍従男性陣の過半数を占める、侯爵の本音の部分の予想である。


 こんな彼女も本来の姿は、信じられないが女神である。

 世界を任せられるほどの力を持ちながら、何故この世界に居るのかというと


「ちょっとポカをやらかしてしまいまして、この世界に左遷されました」


 左遷理由を詳しく聞いたリアとカイは、少しの間放心状態となった。

 そのポカの内容が、あまりにも非常識だったからである。

 アニス曰く、そのポカの内容とは……。


「女神専用の動画サービスを観るのに夢中になってたら、気付いたら担当していた世界が何故か滅んでました。 テヘッ♪」


 ほったらかしにしていた間に、その世界の勇者と魔王が相討ち&自爆。

 爆発の衝撃波で世界は崩壊し、全ての生物が滅んでいたという……。


「それで各世界を束ねる創造神様から、この世界で徳を積み直すようにと言われて来たのですが、いつになったら元の女神に戻れるのやら」


(今の状態じゃ、未来永劫無理じゃね?)


 リアとカイはそう確信している。

 その2人が侍従長に呼ばれたのは、朝食を終えた直後だった。




「リア様、そしてカイ。 アニスの自室の掃除を2人も協力してあげて下さい」


『はい?』


 同時に素っ頓狂な声を出す2人、息もピッタリだ。

 何故私が? そんな顔をしているリアに、侍従長は有無を言わさない目で答える。


「あなた付きの侍女の不始末、主が尻拭いをするのが当然です。 それからカイ、彼女の部屋はパンドラの箱です。 ただし最後に残るのは希望では無く、ゴミの山なので決して絶望しないように……」


「そんなパンドラの箱なぞ開けたくもないわ!?」


 思わず素の口調で返してしまうカイ、するとメイドリーダーが肩を叩いた。

 ちなみに侍従長とメイドリーダーは、職場結婚した夫婦でもある。


「大丈夫よ、カイ君。 掃除の最中、カイ君が喜びそうな物もきっと見つかる筈よ」


「?」


 仕方なくアニスの部屋へ向かう2人を見ながら、侍従長夫婦はため息を吐いた。


「これをきっかけに、アニスが生活態度を改めてくれると良いのですが……」


「主や同僚にゴミ部屋を覗かれて、改めるような弱い神経とは思えないが? ただ、カイを意識するように仕向ければあるいは……」


 侍従長は、あわよくばカイとアニスを一緒にさせようと企む。

 それが主であるリアにどんな影響を与えるかまでは、特に考えていなかった。


「アニス、中に入るわよ」


 部屋に着いたリアとカイは、ドアを開けた直後に絶望する。

 侍従長が言っていた、パンドラの箱の中身を甘く見ていたのだ。


 部屋全体に散らばる、ゴミ、ゴミ、ゴミ!

 12畳ほどの広い部屋のいたる所に、紙くずが散らばっていた。

 さらにそのゴミの中に、私服も脱ぎ捨てられているのだ。

 そのゴミ部屋の奥のベッドの上で、アニスは横になりなんと寝ている。


「朝飯食ったそばから、寝るんじゃない!」


 ぶち切れたリアがシーツを剥ぎ取ると、アニスはメイド服を脱いで下着姿だった。

 リアはとっさにカイの顔を掴むと、力任せに首を180度曲げる。


 ゴキッ

 鈍い音が部屋の中に響き、カイはその場に崩れ落ちた……。

 今日中に、この部屋は片付くのだろうか?


 リアは目の前で未だに寝ているアニスに対して、オーガさえ気絶してしまうほどの電気ショックを与えて叩き起こすのだった。

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