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もう1つの名前、スミ

(何かが近づいてくる? それもたくさん)


 少女(混沌)は、自分に向かってくる存在に気付いた。

 その存在は目の前の男に遠く及ばないが、何故か全て同質で数も異常な程に多い。


 砂の中を進んでくるそれは大きさもそれほどではなかったので、少女は自殺願望を持つ愚かな細菌か何かだと侮った。

 だが次の瞬間、その判断が誤りであった事に気付く!


(!?)


 突如、微細な大きさだった物が巨大化を始めたのだ。

 しかも全ての固体が1つの意思の下に連携し、少女を取り囲むように包囲網を敷く。

 包囲網が完成すると、地面が盛り上がりその物体が姿を見せた。


 3種の怪物、イカと牛そして蛇。

 イカは墨を吐いて物理的に視界を塞ぎ、牛は石化ブレスを吐きつつ体当たりを試みる。

 そして蛇の半数がその身を盾にして男をかばい、残りの半分で無数に襲い掛かる触手を引き千切ろうと喰らい付いてきた。


(何故、ここまでしてこの男を守ろうとする?)


 幾ら視界を塞ごうとしても、気配を感知出来る者は相手では無意味。

 また石化ブレスや体当たりが効く筈も無く、触手に喰らい付いても逆に腹の内側を突き破られるのがオチだ。

 なのに、攻撃の手を決して緩めようとはしない。

 さらに分裂を繰り返しているのか、数も全く減らないのである。


 少女(混沌)は、徐々に底知れぬ恐怖を感じ始めていた。




 その恐怖が現実となったのは、この予期せぬ乱入が入ってから数十分が過ぎた頃。

 気を抜いた隙を突かれ、触手の1本を喰われた直後からだった。

 これまで何度も突き破ってきた蛇の腹が急に硬くなり、触手が1本また1本と蛇の腹で消化される。


 そして気付けば何時の間にかイカと牛は姿を消しており、少女を包囲するのは蛇だけとなっていた。


(こ、こんな筈では……)


 少女は心の中で、この状況に陥った原因を思い返す。

 身体が完全な状態であれば、こんな失態を演じる事は無かった。

 あの時未来から来たあの男達の邪魔が入り、首だけにされなければ……。


(しまった!? すっかり忘れていた!)


 海で漂流している間に貯まりに貯まった憎しみで、男の顔を見た瞬間怒りで我を忘れてしまった。

 その為に男が先に教えてくれていたのに、対処する事さえしなかったのだ。


『答えは簡単だ。 昔のスミことスラミンが頭だけでビーチに漂着したお前と戦い勝ち、お前を捕食して擬態出来るようになったからだ』


 襲い掛かるのではなく、この場合は全力で海に逃げるべきだった。

 そして身体が完全に回復するのを待ってから、男に復讐すれば良い。

 未来を回避するヒントを貰っていながら、無にした事を悟った少女(混沌)は攻撃を止めた。


「何のつもり?」


「私の負けだ……喰えスライム」


 分裂した身体を1つに融合させたスラミンは、大人しくなった生首を呑み込んだ。


(我ながら情けない事だ……もし生まれ変わる事が出来たら、次は誰からも利用されない者にでもなりたいものだな)


(あなたは利用されてただけなの?)


 身体が溶け崩れていく少女(混沌)の精神に、スラミンが話しかける。


(ああ。 所詮私は邪神アヴィノクス様によって創られた、道具の1つに過ぎん)


(………)


 少しの時間沈黙した後、スラミンが少女(混沌)にある提案をした。


(今すぐは無理だけど、生まれ変わらせてあげても良いよ)


(本当か!?)


(うん、だけどこれだけは約束して。 カイ様はもちろん、他の人達も傷つける事は絶対にしないって)


 悩みに悩みぬいた末、少女(混沌)はその約束を受け入れる。


(分かった、約束しよう。 私は2度と、人を傷つける真似はしない)


(あ、でもその邪神って人には何をしても良いから。 今までのお礼をしたいでしょ?)


(……くくく、あははは! そっちは構わないのか!? お前は中々、気前が良いな!)


 こうして少女(混沌)の魂は、スラミンの中で少し眠りにつく事となった……。




 途中からスラミンに主役の座を奪われたカイは、気を失いアニスやウミナの手によって後方まで下がって治療を受けている。

 シールドを張っていたウミとリアも、攻撃が止まったので張るのを止めて治療の様子を心配そうに見つめていた。


「カイ、しっかりなさい! ほらアニス、あなた女神なんでしょ! さっさとカイの怪我を治しなさいよ!?」


「やっています! でも、神の力も受け付けないんです!?」


「そんな!?」


 絶句するリア、だが戻ってきたスラミンを見てさらに絶句する。


「ただいま、もう大丈夫だよ。 カイ様」


「あ、あなたは、もしかしてスラミンなの?」


「そうだけど? さっきの人に擬態出来るようになったから、試しに擬態してみた」


 軽く答えるスラミンに対して、リアは何故か全身をぶるぶると震わせていた。


「うん? どうしたリア、スラミンは無事なのか?」


「いけない、見ちゃダメ!」


 スラミンの声のする方へ向こうとしたカイの首を、リアはとっさに掴む。

 そして逆方向へ力任せに曲げると、彼の首から嫌な音が響き渡った……。


「リア、カイ様をいじめるの良くない。 凄くかっこわるい」


 スラミンにとどめの一言を言われたリアの、堪忍袋の緒がついに切れる。


「そんな事を言う暇があるなら、さっさと服くらい着なさいよね!!」


 そう、初めて人の姿に擬態したスラミンは、一糸まとわぬ姿だったのだ!

 マジ切れしたリアは、広範囲の爆炎魔法を無詠唱で発動させる。

 ウミ達にシールドを張る時間も無く、泊まっていた施設を含む周辺は焼け野原と化してしまったのであった……。


 ウミナがデモンに連絡を入れたのはこの直後、次いでウミは自分のアイテムボックスの中からスラミンが着れそうな服を探すと、大急ぎでそれを着させる。

 このウミのファインプレーによって、カイは再び首の骨を折られずに済んだ。


 そしてカイの意識が戻って施設の場所に帰ってきた時に、丁度ベルモンド達と合流したという訳である。




「スラミンも人の姿になれるようになったし、人の時の呼び名でも決めるか」


 更地の上であぐらをかきながら、やっと傷が回復したカイがスラミンに名前を付ける事を思いついた。


「それは良い考えです、スラミンもきっと喜びますよ」


 意識を失っているリアを膝枕しながら、アニスが答える。

 リアは、カイから首の骨を折ったお仕置きをされて気絶していた……。


 良さそうな名前をあれこれと考えてみるカイ、ようやく1つの名前が決まるとスラミンを手招きして呼んだ。


「スラミン、俺の命を救ってくれてありがとな。 お前は俺だけでなく他の皆にとっても命の恩人だ、そこでお礼に人間の時の名前をプレゼントする事にした。 お前のもう1つの名前は、スミだ」


「スミ?」


「そう、スラミンを略してスミだ。 安直かもしれないが、お前にピッタリの名前だと俺は思うぞ」


 こうしてスラミンは、スミというもう1つの名前を得た。

 しかし無慈悲なる混沌を捕食した事で、スミがカイすら上回る力を手に入れてしまった事に、本人もまだ気付いていない……。

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