買い出しでの出来事(前編)
「そろそろ調味料が無くなりそうだ、明日は町に買い出しにでも行くか」
昼食を食べながらカイは、何気なく明日の予定を口にした。
おそらく地獄耳のリア達が即座に手を上げてくるだろうと思っていたが、今日は別方向から手が挙がる。
「その役目、我が輩達が引き受けようではないか」
手を挙げたのは、なんとベルモンドだった。
システィナやデモン達と【無駄飯喰い3人衆】と呼ばれるようになっていたので、その不名誉な異名を返上したいのだろう。
「私も行くの? いやよ、この肌にシミ1つでも出来たら困るわ」
嫌そうな素振りを見せるシスティナを見て、ベルモンドが説得に入る。
「システィナ様、今まで食事や諸々を用意して頂いているのです。 これくらいはしないと、バチが当たりますぞ。 それにシスティナ様の崇拝者を増やす意味でも、町中でその美貌を見せるのも良ろしいかと」
その言葉でシスティナは上機嫌になり、町への買い出しを承諾した。
「そうかそうか、私の美貌で崇拝者を募れと申すのだな? たしかに私の姿を見せる方が早い、素晴らしいぞ褒めてつかわす」
「ははっ、有り難きお言葉。 このベルモンドにとって、光栄の至りであります」
突然始まった三文芝居を見て、リアはカイの肩を指でつつく。
「ねえカイ。 もしかして……今回のお話って、あの人達がメインで進むの?」
「ははは、まさか!? 幾らなんでも……」
残念だが、そのまさかである。
昼食を終えたシスティナ達は早速馬車を借りて、町へとくり出した。
馬車を操るのは、執事に変装しているデモンである。
足りない調味料を買い揃えたが帰る時間まで少し余裕があるので、3人は町の中を散策する事にした。
先頭を歩き始めたシスティナに、ベルモンドが声を掛ける。
「すまないがデモンと一緒に、我輩の後ろで並んで歩いてもらえぬか?」
「何? 私の後ろを歩くのが、そんなに嫌なの?」
不服そうな顔の彼女に、彼は事情を説明した。
「前の世界ではどんな振る舞いをしても文句は言われなかったかもしれないが、こちらの世界では未だに男尊女卑の考えの者も多い。 女性は子を産む道具程度の認識しか無い輩すら居るのだ、そんな連中の前で先頭を切って進めばどうなるかは想像も付く筈だ」
ベルモンドの言はこちらの世界の常識を完全に把握していないシスティナには、非常に有り難い助言だった。
しかしだからといって、女神である自分が人間の後ろを歩くのはプライドが許さない。
悩みに悩んだあげく、彼女がようやく出した妥協案はこれだった。
「ベルモンド、左手を腰に当てなさい」
「これでよろしいですか?」
言われるまま彼が左手を腰に当てると、システィナは右腕を通して腕を組む。
見た目的にはデート中の貴族の男女と、その後に付き従う執事だ。
「シ、システィナ様!?」
「ご、誤解しないでちょうだい。 私が先頭で歩くには、この方法しかないから仕方なくするのよ。 変な期待を抱いたら、神罰を下すわよ!」
女神らしからぬ態度で照れ隠しをする彼女を見て、ベルモンドは一瞬可愛いと思えた。
だがすぐに頭を振ると、たった今抱いた感情を否定する。
(システィナ様を可愛いなどと、何を馬鹿な妄想を!? 我輩にはウミナという、生涯を共に過ごす相手が居るではないか! 今のは、ほんの気の迷いに過ぎん)
そう結論付けると、彼は新たに出来た心の中の扉にそっと鍵を掛けたのだった……。
帰る頃合いとなり馬車を止めている場所へ向かっていると、デモンがウミナから言付けを念話で受け取る。
「申し訳ありません。 ただいまウミナ様より念話が届き、アニス様が他の方には内緒で料理を作ろうとして厨房が爆発。 帰ってきても夕食の準備が間に合わないので、我々はこちらで済ませてきて欲しいそうです」
「承知したが、料理で厨房が爆発するのか?」
「いえ、普通は爆発などしません……」
ベルモンドとデモンの会話を聞いていたシスティナに、ある名案が浮かんだ。
「ならば私達3人で、優雅にディナーでも食べるというのはどうでしょう? 多少はお金にも、余裕が有る筈です。 食事を台無しにしたのは彼らなのですから、これ位は当然というもの」
変な理屈だが仮に帰っても夕食が用意されていない以上、ここで食べて帰るのも悪くは無いだろう。
3人は近くのレストランに入ると、手頃なワインを飲みながら贅沢な時間を楽しむ。
そして食事を終えて店を出る頃には、システィナはすっかり酒に酔っていた。
「システィナ様、大丈夫ですか!?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ~!」
ベルモンドの制止も聞かずに、ふらふらと先に行くシスティナ。
案の定、前をよく見ていない彼女は町のごろつき達とぶつかった。
「きゃっ!」
「おう、ねえちゃんどこを見て歩いているんだ!? 肩の骨が折れちまったじゃねえか!」
「慰謝料代わりに、一晩俺達の相手をしてくれれば許してやるよ」
必死に抵抗しようとするものの、酔っている為か力が上手く入らない。
今まで感じたことの無い恐怖心からか、システィナの身体が徐々に震えだした。
「怯えなくても良いぜ。 朝日が出る頃には、俺達から離れられなくなっているからよ」
「そうそう、一晩中天国へ案内してやるぜ」
「いや……嫌…!」
忌み嫌う人間の慰み者とされる未来が、彼女の頭をよぎる。
すると突然ごろつきの1人が殴り飛ばされ、壁に叩き付けられて気絶した。
(誰!?)
システィナの視線の先では、1人の男がごろつきの前に立ち塞がる。
「そこまでだ、ごろつき共! 彼女は貴様らの様な者が、触れて良い御方では無い!」
彼女に救いの手を差し出したのは、なんとベルモンドだった!




