スラミンの変化
「なあ、ウミナ……。 このバカンスはいつまで続くんだ?」
ある日の朝、カイがウミナに尋ねた。
王家所有のプライベートビーチに来てから、何日が過ぎただろう?
最早バカンスというよりも、長期静養中といった感じである。
「ほら王都では今システィナさんにグレイウッド領を引き渡す、公文書の作成で猫の手も借りたいほど忙しいそうですけど、私達が居たら心労で休まらないみたいで……。 準備が出来たら使者を派遣してくれるそうですから、それまではここでのんびりと過ごしてもバチは当たりませんよ」
(そりゃ魔王に勇者と女神が各2名にデモンも1体居れば、気も休まらないか……)
実はウミナにも話されていない、もう1つの大きな問題もあった。
魔王として転生した結果人間では無くなった、ウミナの王位継承権である。
今の法のままだと国王が亡くなると、王位が帝国に渡ってしまう。
大臣達は帝国に完全併呑される未来を恐れているが、皇帝が妻の傀儡と化している事を国王は把握しており、両国を娘が裏で支配すると思われる。
また仮にウミナに王位が継承されても、何も知らない国民からは妖魔に国を売り渡したと言う者が出るだろう。
そして今まで第二王女と偽ってきたウミへ譲る事にも話が及ぶが、これはこれで幾つかの問題点があり先へは進まなかった。
さらに頭を悩ませていたのが、先日ウミナが作った巨大なクレーター。
この件でお騒がせ7人衆(デモン含む)の存在が世界に知れ渡り、ホーリーウッド王国はこちらの世界で最も危険な国へと扱いが変わりつつある。
帝国が静観しているお陰で連合軍の結成には至っていないが、何かのはずみで緊張の糸が切れれば戦争が起きる可能性は十分にあった。
(出来ればこのまま大人しく、じっとしていて欲しい)
世界各国の心配をよそに、お騒がせ集団のバカンスは続くのである……。
これまでの間でカイに対して何らかのアプローチを果たせたのは、リアとウミの2人だけでアニスとウミナはその機会を得られずにいた。
特にウミナは逃げ出した妖魔領から刺客が放たれていることを承知しており、その刺客が他の人達に危害を加えることを警戒しながらなので、先日のお化け屋敷以降は積極的に動けなくなっている。
そうなると今動くべき人物はアニスとなるが、彼女はこの色恋沙汰において致命的とも呼べる弱点を抱えていた。
ぐうたらで自堕落、女子力と呼べるものもほとんど存在しない残念メイド。
唯一の長所が見た目だけという、駄女神の見本である。
そんな彼女が頼りにしているのは、1匹のスライム。
風邪をひいたカイの為にミルク粥を作ろうとして、生み出された存在。
スラミンと名付けられたそのペットは、毎晩カイの素晴らしさを聞かされていた。
「カイ様はね、1人でクラーケンを生け捕りにしたりするだけじゃなく、料理の腕も天才で美味しい料理をたくさん作ってくれるの。 理想の旦那様って、きっとカイ様のような人のことを指すのね」
理想のお嫁さんとは到底呼べない人間に言われても、全く嬉しくない褒められ方だ。
「スラミンもこんな素敵な彼氏が見つかると良いわね、うふふ……」
創造主から毎晩同じ事を聞かされている内に、スラミンの中でカイに対する興味が沸くのも当然の流れだったのかもしれない。
「カイ様、スラミンが魚捕まえてくる」
今日も食事の献立に悪戦苦闘しているカイに、スラミンが突然こんな事を言い出した。
港も近くにあるが、魚の保存状態が悪く新鮮とはとても呼べない。
そんな彼にとって、スラミンの提案は非常に有り難かった。
「そうしてくれると凄く助かる。 でも獲り過ぎると魚がいなくなってしまうから、俺達が食べる分だけで良いぞ」
「分かった」
そう言いながらスラミンはクラーケンに擬態すると、カゴを抱え海へ潜ったのである。
「わあ、凄い凄い! これ、全部スラミンが獲ったの!?」
「うん、スラミンがカイ様の為に獲った」
その日の昼食、厨房には様々な新鮮な魚が山のように並んでいた。
魚だけでなくサザエやアワビのような、貝の仲間まである。
それらを手早く捌きながら、アイテムボックスに放り込むカイ。
しばらく魚料理には困らないだけの量を、スラミンは半日で捕まえてきたのである。
アニスがはしゃいでいる中、カイはスラミンの頭を軽く撫でて成果を褒めた。
「ありがとなスラミン、これで当分美味い魚が食える。 お前は飼い主よりもずっと役に立つ、これからも頼んだぞ」
その瞬間、スラミンの全身を電流のようなものが走る。
それは今まで感じたことのない、感情の爆発だった。
「カイ様ひどいです、私だって一生懸命お手伝いしているのに!?」
「お前の場合は皿の数を増やしたり、毒見と称してつまみ食いしてるだけだろうが!?」
「毒見も立派な仕事の1つです! リア様の起伏に乏しい身体を維持させる為に、心を鬼にして脂肪の少ない部分を選んで主の前に並べているのですよ」
主のリアに引きずられて外に連れ出されるアニス、いつもだと後を追いかけていくのにこの日のスラミンは微動だにしない。
(さっきのは一体何? アニス様に褒められても嬉しかったけど、カイ様から褒められた瞬間全身が喜びで溢れかえりそうになった。 もしかしてこれが、アニス様の言っていた『スキ』って気持ちなの?)
単細胞で性別など存在しないスライムが、恋愛感情を抱く。
こんな異常事態が起きたのも、ひとえにミルク粥からスラミンを誕生させたアニスが主な原因であるのは間違いない。
こうしてのちのスラミンの子、略してスミ子が誕生する土壌が生み出されたのである。




