妖魔(デモン)との遭遇
「おら、さっさと出てこい! 死にてぇのか!?」
馬車の外で盗賊の1人が、大声で威圧してくる。
「うわぁ……。 盗賊お決まりのセリフなんて、初めて聞いたわ」
「リア様、今はそれどころではありません!」
盗賊の怒鳴り声に何故か感動しているリアを、アニスが諌めた。
するとカイが頭を掻きながら、馬車の外へ向かう。
「とりあえず、黙らせてくるわ」
バタンッ!
ガチャッ!
「ただいま」
「ただいまって……えっ!?」
アニスが窓の外を見ると、盗賊達が全員気絶して倒れていた。
どんな技を使ったのか、さっぱり分からない。
「アニス、彼をもっと信用してあげて。 腕だけは立つから」
「腕だけって言い方に、凄く棘を感じるぞ」
やけに親し気に会話をするリアとカイを交互に見て、アニスは胸の奥でモヤモヤとしたものを感じる。
それが軽い嫉妬だと気付いたのは、少し後になってのことだった。
街に着いた3人は早速家具屋へ向かう、中古で構わないとカイは言うが
「侯爵家の娘が中古の家具を買い与えた、なんて知れたらとんだ笑い者だわ。 私の顔を立てるつもりで、ここは素直に貰って頂戴」
(中古の家具の中にも、高級品だって有るのに何故?)
アニスは未だ、嫉妬心を拭い切れずにいる。
「これは私達2人を盗賊から守ってくれた、ご褒美も兼ねてるのよ」
だがリアの言葉を聞いて、アニスの中で燻ぶっていた嫉妬は消えた。
カイは2人にとって、命の恩人だと気付いたからである。
それから2時間ほど掛けて全ての家財道具を揃えた3人は、近くの食堂で一足早い昼食にする事にした。
「これで無事に全部揃えられたわね」
「明日には屋敷に届けてくれるそうですし、一安心ですね」
食事を終えてこの後の予定を思案していると、食堂の外がやけに騒々しい。
街の住人に聞いてみると、どうやら王都から司教が街へ来訪したそうだ。
「折角なのでリア様、司教様から神の祝福を戴くのは如何ですか?」
アニスがリアに提案したが、リアは別の方向に顔を向けていた。
「リーアベルトお嬢様」
急にカイが声を掛ける。
「これからは、リアと呼んで構わないわ。 ……大丈夫分かってるから」
(?)
2人が何に気付いているのか、アニスには分からなかった。
3人が到着すると教会前は大勢の見物客でごった返しており、その見物客の間を1台の馬車が進んでいる。
やがて馬車が止まり、中から1人の聖職者が降りると一斉に歓声が湧き上がった。
「本日はこのような地まで足を運んで頂きまして、光栄に存じます」
教会の司祭が恭しく頭を垂れると、司教は懐から1つの宝玉を取り出す。
「今日来たのは、この地を守る結界を張る為である。 ここに集まった者達は、神の奇跡を目の当たりにする事となる。 この宝玉に注目せよ!」
見物客達が宝玉を見ながら神へ祈り始める、しかしその群衆の中をリアはすり抜ける様に進むと司教の前に立った。
「どうされましたかな? お嬢さん」
微笑みながら問いかける司教に対して、リアも微笑みを返しながら問い返す。
「その宝玉、本当にこの地を守る結界を張れる代物なのかしら? 妖魔の気配を、宝玉の中から感じるのだけど……」
妖魔という単語を聞いて、一瞬周囲の空気が凍りついた。
人を上回る知性と魔力を保有する魔族、その中でも妖魔と呼ばれる者は、最下級の底位妖魔と言えども油断は出来ない。
下位妖魔1体を相手にするのにも、精鋭部隊が必要となる。
中位妖魔となると、王国最強の筆頭聖騎士でも討伐は至難の技となるだろう。
更に格上の上位妖魔・高位妖魔が顕現した際は、国が1つ滅んだ記録さえ残っている。
では何故、主のリアは妖魔の気配を感じ取る事が出来たのか?
アニスがリアの元に駆け寄ろうとした時、カイが手で制した。
「何をするのですか!? 早くリア様の所へ参らねば!」
「良いからここから動くな、下手するとこの街が全て吹き飛ぶぞ」
「!?」
リアの問いに司教は返事を返そうとしない、代わりに禍々しい魔力が集まり始める。
『どうして気付いた?』
司教の声が突然変わった。
聞くだけで恐怖を感じてしまうその声に、見物客の一部がこの場から逃げ出そうとしたが、大量のガーゴイルが現れその行く手を塞ぐ。
『逃がさぬ。 お前たちは偉大なるあの御方の為に、その命を捧げるのだ』
司教の顔が中央から裂け、中から中位妖魔が姿を見せる。
人々はその場に力なく座り込み、今日が人生最期の日だと理解した。
(……どうやらリア様にお仕え出来るのは、今日が最後のようですね)
主を守る為に、アニスは隠していた力を解放する決断を下す。
「グレーターデモン、あなたの思い通りにはさせません!」
アニスの身体を、眩い白い光が包み隠した。
危険を感じたガーゴイル達が一斉に襲い掛かったが、その光に触れた途端その身体は塩へと変わり崩れ去る。
光が収まるとそこには白い翼を生やし、メイド服から1枚の白布を巻いた姿に変わったアニスが宙に浮いていた。
『……天使か』
「いいえ、違います」
グレーターデモンがアニスの正体をそう判断したが、アニスは首を振り否定する。
「私は……
言いかけてふと何かの気配を感じて、足元を見ると
「ああ、女神様じゃ。 人生最期の日に、こんな素晴らしいものを拝めるとは!」
1人の男性がヤケを起こしたのか、アニスを真下から覗いていたのだ。
「きゃ、きゃあああああああ!!」
動揺したアニスが、その男性の顔面に尻餅をつく。
男性は恍惚な表情を浮かべながら、その顔面プレスで失神していた。
『…………』
満を持して登場したにも関わらず目の前で急に始まったコントに、グレーターデモンは開いた口が塞がらない。
するとその間に蚊帳の外に置かれていたリアの足元で、小さな魔方陣が浮かんだ。
「範囲催眠【エリアスリープ】」
小さな魔方陣は宙に舞い上がりながら徐々に大きくなり、街全体を覆うと住人の全てが眠りの世界へと落ちていく。
「アニスよ。 正体を明かす時くらい、せめて街の住人は眠らせておけ」
リアが魔法を使ったことに驚くアニス、口調が変わっている事にも気付かない。
(エリアスリープは下位魔法だけど、街全体を覆うとなるとワンランク上の魔法力が必要となる筈。 リア様はもしかして、中位魔法の使い手なの!?)
アニスの予想は外れていた。
リアがどれだけの魔法を使えるか知っているのは、この場においてはカイだけだ。
『ふっ、まさかこれほどの遣い手が隠れていようとは。 だが、お前たち2人だけで我らを相手に出来るのか?』
「えっ!? 残りはお前1人だけど?」
『そ、そんな馬鹿な!?』
カイはグレーターデモンさえ気付かない間に、残るガーゴイルを全て倒していた。
「カイ、わらわの見せ場を奪うでない!」
「最後の獲物だけは残しておいたんだ、感謝くらいしろ」
2人にザコ扱いされた事に激怒したグレーターデモンは己の力を見せ付ける為、右手に深紅の焔を宿らせる。
『最早手加減はせぬ。 あの世で後悔するが良い、焔蛇【フレイムサーペント】!』
「リア様!!」
焔蛇【フレイムサーペント】とは、恒星で燃える焔の如き炎蛇が対象を焼き尽くす中位魔法だ。
この魔法の前に、多くの勇敢な冒険者や騎士達が命を落としている。
だがリアは襲い掛かる炎蛇の頭を掴むと、そのまま握り潰してしまった!!
『馬鹿なありえん、こんな事があってたまるか!?』
「わらわを相手に、こんな子供だましの火遊びが通じるものか。 どれ、本当の炎というものを見せてやろう」
リアがグレーターデモンを指差すと、今度はデモンの周囲を黒い炎が覆う。
徐々に迫る炎、グレーターデモンは初めて死の恐怖を覚えた。
『待て、待ってくれ! これだけの炎を生み出せる力。 貴様、いえあなた様は一体何者ですか!?』
「わらわが何者か? お前如き下等生物に教える義理など無いが、今日は機嫌が良い。 わらわの名を聞きながら、死を賜るが良かろう」
リアの身体が、グレーターデモンと同じ目線の高さまで浮かびあがる。
そして背中から2枚の大きな黒い羽根を出すと、その瞳も蒼から紅へと変わった。
「わらわの名はリーアベルト・セントウッド。 前世の記憶と力を宿して、この世に転生せし者」
『前世の記憶と力を宿して、転生しただと!?』
黒い炎がすぐ近くまで迫り、辺りに肉の焼ける臭いが広がる。
そしてグレーターデモンの全身が炎に包まれる瞬間、リアは高らかに名乗った。
「我が名はリアベル、破壊と殺戮を司る異世界の魔王リアベルなのじゃ!!」
声にならない叫び声が炎の中から聞こえたが、誰にも聞き取れない。
やがて宝玉を含めた全てを炎が焼き尽くすと、リアが満足そうな顔で戻ってきた。
「ただいまなのじゃ~!」
「これで満足したか?」
「この位では、まだ足りぬわ! もっと歯応えのある奴が良かったのぅ」
リアは未だ座り込んだままのアニスに近づくと、静かに問いかける。
「ところでアニスよ、わらわに何か言いたそうな顔じゃな?」
「リ、リア様が…い、異世界の魔王……」
「そうじゃ、わらわは魔王リアベル様じゃ!」
ゴツッ!
リアが自慢気に話すと、その頭にカイがゲンコツを落とした。
「痛っ! カイよ、おぬしは主であるわらわに対して、なんじゃその無礼な態度は!? もっと奴隷らしく謙虚に振舞え」
ゴリゴリゴリゴリ……。
するとカイはリアのこめかみに拳を当てると、今度はグリグリと何度も捻った!
「ぎょぇえええええええ~!! ギブ、ギブギブギブ! こ、これ以上は……」
ドサッ
その場に倒れ、ピクピクと震えながら悶絶するリア。
これでは、どちらが主なのかさっぱり分からない。
リアが回復するのを待って、ようやく本題へと入る事となった。
「それでアニスよ、お主の正体は一体何じゃ?」
「わ、私は……」
背中の翼をパタパタさせながら、アニスは本当の事を話すのを躊躇う。
しかし暫くして決心が固まると、カイとリアの顔を正面に見ながら話し出した。
「私の本当の名は、アニスティーゼ。 こことは違う、別の世界を治めていた女神であります」
この日を境に、3人の奇妙な関係が始まるのである……。