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食の探求者(?)カイ

「それにしても……何故海で食べるカレーは、どうしようもなく美味いのじゃ?」


「それはきっと、お義兄ちゃんの手作りってことも有るんじゃないかな? リア」


「そうかもしれぬな、ところでカイよ。 このニンジンみたいな野菜はなんじゃ? 王都まで1人で転移して、探してきたみたいだが……」


 味はニンジンだが、身の部分が緑色した野菜をスプーンですくいながら彼に問う。

 すると返ってきた答えは、非常識なものだった。


「ああ、それか? それはマンドラゴラだ、どこで収穫してきたかについては精神衛生上聞かない方が良いぞ」


 ブーッ!

 同じテーブルで一緒に食べていた、ベルモンドとデモンが吹いた。

 どこで採れたものか、大よその見当が付いているのだろう。


 昨晩出された鍋の正体にも驚かされたが、美味ければ魔物だろうと何でも喰う人間だということは、最初に王都に現れた際のヨル重でも明らかである。


 その昨晩の鍋は大勢で食べるにはもってこいだと、カイの提案で急遽用意された物だ。

 しかしメインの具材は、普通誰も食べようとは思わないだろう。


「今日の鍋はご馳走だぞ」


 カイがご馳走と言う鍋の具材、それは人々から邪龍と恐れられるタラスクの肉だった!




 タラスク……毒の息を吐き、硬い甲羅と6本の足を持つ邪悪な竜の眷属。


 性格は獰猛で人を喰らうが、そのドラゴンの身体の前に有効な武器は存在しない。

 仮に運良く倒せたとしても、その血や肉の全てが猛毒であるが故に大地を穢し作物すら実らなくなる。


 そんな毒の塊を食おうなどと思う者は居ない、このカイという人間を除いては……。


 事の発端は前の世界でリアと戦うよりも以前、とある小さな町がタラスクに襲われた際に偶然町に来ていた彼は、タラスクを軽くあしらうとそのまま倒してしまう。


(もしかしたら、このタラスク食えるんじゃね?)


 この時何故か彼は、フグの卵巣の糟漬けを思い出した。

 毒の塊ともいえるフグの卵巣を、どうにかして食べようとした昔の日本人。

 その気質が、このカイの中でも培われていたのは間違いない。


 タラスクを解体して家に持ち帰ると、彼は早速調理法の研究を始める。

 最初普通の毒消しを使用してみたが、全く効果が無かった。

 幸いタラスクの肉や肝は、その毒性の強さから細菌すら繁殖出来ず腐る事も無い。

 何日もの試行錯誤の末、ようやく辿り着いた答え。

 それは……。


【エリクサーで満たした容器の中で、肉を10分ほど浸しておく】


 という常識を大きく外れた調理法だった。


 エリクサーとは、あらゆる状態異常を治し死者すら蘇らせてしまう伝説の魔法薬。

 それを肉の毒消しの為だけに使うのだ、非常識としか言いようが無い。


 容器の中に注ぎ足されていくエリクサーの本数が、約10本!

 1本の値段が、金貨1万枚もするエリクサー。

 金貨1枚が日本円にして1万円でタラスク鍋1人前を食べるのに掛かる費用が、およそ10億円という相当罰当たりな料理である。




 毒素が抜けたタラスクの肉は、見た目は鶏肉に近いが味は全くの別物。

 口に入れた瞬間溶ける肉の味は、A5サーロインに勝るとも劣らない。

 

 しかしこの鍋で1番の目玉は、タラスクの肝だとカイは皆に薦めた。

 タラスクの肝は鶏の砂肝のように、噛むと少しザリザリとした食感がある。

 だがこのタラスクの肝を至高の物としているのは、その食感を生み出す粒なのだ。


 リア達が恐る恐る肝を口に入れて一噛みすると、そのまま数分ほど動かなくなった。

 あまりの美味さに思考が停止して、何も出来ないのだ。


 この粒の1粒1粒に肉よりも更に濃厚な旨みが凝縮されており、噛むたびにそれが口の中一杯に広がる。

 タラスクの肉は単なるオマケで、この肝にエリクサー10本の価値が有ると断言しても良いくらいだ。


 用意した具を全て食べ終える頃には、全員の顔はまるで悟りを開いた聖者のそれに近くしばらく声を出す事すら出来そうにない。

 30分ほどして、ようやく口を開いたのはリアだった。


「……至福じゃ。 ところでカイ、夕飯が鍋ということはシメはまさかアレか?」


「ご想像の通り、シメはこの鍋の残り汁を使った雑炊だ」


 残った鍋の汁の中には肉や肝から溢れ出た旨みが溶け込んでおり、スープとしても最高の味に仕上がっている。

 それをご飯と一緒にすることで、ご飯がその旨みを吸い2度目の至福の時間を過ごす事が出来るのだ。


 至福の時間を過ごしているリアに、カイが白い液体が入った容器を差し出した。


「これも試してみるか? リゾット風になって更に美味いぞ」


 無言で食べていたウミ達もその言葉に反応して、一斉に白い液体を注ぐ。

 濃厚な味のミルクのようなその液体は、タラスク鍋の雑炊を天上に住まう神の料理へと導いた。


「カイ君、この白い液体は一体何? ただの牛乳では無いのは分かるけど」


 ウミナが我慢出来ずに、この液体の正体を尋ねる。

 彼の口から出たのは、やはり想像の斜め上をゆく非常識なものだった。


「それはな、ここから近い山に住んでいたナンディの乳だ。 折角だから、裏で放し飼いにしてある。 エサさえきちんとやれば、毎日飲めるから安心しろ」


 神獣ナンディを、乳牛代わりにする男カイ。

 彼が居る限り今後も非常識で美味い料理と出会えると、リア達は半ば呆れながらも秘かに期待していた……。

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