カイ悩殺大作戦!
穏やかな波の音が聞こえる……。
微かに潮の香りを含んだ、心地よい風が吹く。
日頃の喧噪を忘れ、こうしてのんびりと過ごすのも悪くない。
「ちょっとカイ、何をしているのよ」
ソファーの上で昼寝を楽しもうとしていた、カイの眠りを妨げる者達が現れた。
「お義兄ちゃん、早く一緒に泳ごうよ」
「カイ様、この日焼け防止の魔法薬を背中に塗って頂けませんか?」
「カイ君。 このプライベートビーチはどう? 気に入ってくれた?」
そう現在彼はホーリーウッド王家が所有するプライベートビーチに、4人の美少女達とバカンスに来ているのだ!
しかしそんな羨ましい思いをしているのに、当の本人は目を閉じて彼女達の姿を見ようともせず、無視を決め込みながら静かに呟く。
「……俺のどこに、魔王や駄女神達が惹かれるんだ?」
世のモテない男共を、敵に回している事にも気付かない。
それが、このカイという人物である。
一連の騒動の責任を取る形で、ベルモンドは公爵から平民に身分を落とされた。
そして公爵領は一時的に王家の所領となったが、近日中にベルモンドが召喚した女神のシスティナに与えられる予定である。
その傲岸不遜な態度に当初は大臣達も反対していたが、数日で賛成するようになった。
システィナの相手をするのが面倒臭くなったのが主な理由で、平民となったベルモンドも、ついでに駐在武官として派遣される事が決定される。
両親との感動の再会を果たしたウミナではあったが、城内は蜂の巣を突いたような騒ぎと化してしまった。
いくら前世の記憶を持っているからといっても、今のウミナは恐怖の象徴たる魔王。
指を軽く鳴らしただけで、王都が消し飛ぶ恐れもあった。
更にそのウミナがセントウッド侯爵家の娘に、ペコペコとお辞儀をしたり何かを言われ泡を吹いて気絶する様子を見て、それ以上に危険な人間がここに居る事が発覚する。
リアベル、前世で勇者として召喚されたウミナを爆散させた異界の魔王。
発狂寸前の大臣達を正気に戻したのは、2人の頭にゲンコツを落とす1人の男だった。
ゴンゴンッ!
「ウミナ、てめえ俺の義妹も居るの知っていて、妖魔領で邪魔者を消したいと言うな! それからリア、お前もそれに腹を立てて耳元で『また爆散する?』なんて言うな。 見ろウミナの奴が、泡吹いて気絶しちまったじゃねえか!?」
頭を両手で押さえながら、リアはカイに抗議する。
「そういうおぬしこそ、気絶しているこの娘にゲンコツを落としているではないか! 私よりも、もっと鬼畜の所業じゃぞ」
ゴスッ!
するとカイはリアの頭を掴むと、豪快に頭突きをかました!
「だまれ、魔王2人が物騒な会話をしている所為で見ろ! 周囲の人達の口が開いたままになっているぞ」
(それよりも魔王2人に容赦のないお仕置きをするあなたは、一体何者ですか!?)
カイの姿は大臣達の目に、この世界を救う救世主のように映る。
そして次に脳裏に浮かんだのは、やはりどの世界でも同じ事だった。
(この男が敵に回らないようにするには、どうするべきか?)
そんな訳でウミナとウミが彼と結婚して王家の一員にしたい事を知った彼らは、全面的に協力する事で話が一致する。
こうしてカイ達が王家のプライベートビーチに来ているのも、少しでも彼の気を引けるように、大臣達が気を利かせた結果だ。
「カイ! 少しは私達の姿を見て、社交辞令でも構わないから褒めなさいよ。 この日の為に、皆で勝負水着を選んできたのよ」
(勝負水着?)
何やら不穏なキーワードをリアが言うので、思わず目を開けたカイはバランスを崩して床に倒れる。
「お、お、お前ら、何て格好をしているんだ!?」
リア達が選んだ勝負水着、それはカイを驚愕させるのに十分だった。
「どう? カイ君、私もあの頃から色々と成長したのよ」
そう言ってきたウミナが着ているのは、一瞬下着と見間違えそうなビスチェと呼ばれるタイプのビキニ。
薄いピンクの生地が直視してはいけないような、扇情的な空気を醸し出しており若い男であるカイには目に毒である。
「カイ様、私のこの格好。 変なところはございますか?」
次に近づいてきたのはアニスで、こちらはホルターネックのタイプのビキニ。
バストが強調されるデザインとなっており、スイカの胸元を露出させてカイを誘惑する気が満々なのは明らかだ。
しかも赤い水着で他の女性達よりも目立とうとしており、この機会に一歩リードしたい気持ちが見え隠れしている。
そして残ったのはリアとウミだが、2人は同じタイプの水着を着用していた。
元の世界では当たり前に有った物だが、こちらの世界では完全に場違いな代物。
それは……。
「お前らは、何でスク水なんて着ているんだ!? しかも旧い方を!」
リア達が着ていたのは、俗に言うスクール水着。
しかも旧スクと呼ばれる、旧いデザインの方である。
2人を指差したまま固まっているカイを見て、リアは満面の笑みを浮かべた。
「やったなウミ。 カイの奴、わらわ達を見て固まっておるぞ」
「えへへ♪ お義兄ちゃんなら、ここら辺が好みだって知ってるから。 何度かベッドの下に隠していた本を見て、調べておいたの」
義妹に召喚される前に隠しておいた、秘蔵のお宝を見られていたショックで、カイは口をパクパクとさせている。
オマケにご丁寧に2人は胸元に白い布で、それぞれ『りあ』・『うみ』と平仮名で名前を記入しており、カイの嗜好を完全に見抜いていた。
「ちょっとカイ君。 スク水が好きだったのなら、先に言ってよ! 知っていれば、私も同じの作ってきたのに!?」
「カイ様、少しだけお時間を頂けますか? 私の力をほんの少しだけ使って、そのスク水とやらに着替えてまいります!」
(お願いだ、これ以上俺の中の獣を刺激しないでくれ……)
再び目を閉じて、目覚め始めようとしていた獣を鎮めようとするカイ。
だがそんな彼にトドメを刺す人物が、別の場所から現れた!
「ホホホホホ……! その程度で欲情するなんて、勇者といえども男なんて所詮はそんなものね。 私の美しい姿を見て、存分に見惚れなさい!」
騒々しい笑い声と共に現れたのは、女神システィナ。
しかも何故か首から下をタオルで隠しており、一緒に連れてきたベルモンドとデモンがそのタオルを押さえている。
「……あなた達を、ここに招待した覚えは無いのですけど?」
こめかみに指を当てながら、ウミナが問い詰めるとシスティナは自信満々な顔でカイ達にこう告げた。
「私も海に行って泳ぎたいと言ったら、国王や大臣達はあっさりと教えてくれたわよ!」
そう言いながらシスティナは、身体を隠してタオルを勢い良く剥ぎ取る。
タオルの下から現れたのは、布地を減らして露出度を高めたマイクロビキニ!
さらに黒い生地で、いやらしい雰囲気まで醸し出していた。
「システィナ、何ですかそのイヤラシい水着は!? すぐに着替えなさい!」
アニスが怒り出すが怒っている本人も胸元を強調するビキニを着用しており、本末転倒である。
誇らしげな顔でシスティナが一歩前へ進もうとした時、ベルモンドは彼女の肩に糸くずが付いているのに気が付いた。
「あ、システィナ様。 肩に糸くずが」
はらり……。
ベルモンドの指は糸くずでは無く、彼女のビキニの紐を引いてしまう。
地面にゆっくりと落ちるビキニ、そしてカイは地面に倒れた。
「カイ、急に倒れてどうしたの? きゃあ! カイの鼻から血が!?」
「お義兄ちゃん、お義兄ちゃんしっかりして!?」
「カイ様! 大丈夫ですか!?」
他の娘達をはね除けるように、アニスがカイの頭を抱き寄せる。
柔らかいスイカに顔を挟まれながら、彼は意識を手放した。
(俺……このままだと間違いなく死ぬ)
彼を巡る争奪戦は、まだ始まったばかりである……。




