お騒がせ集団結集?
「あの~? この騒ぎは一体何でしょうか?」
陣から出てきた執事がベルモンドの許へ向かおうとした時、ボロボロのマントで身を包み、フードで顔を隠している少女に声をかけられた。
この時執事が、目の前の少女が何故陣地の奥深くまで来れたのか?
そう気付く事が出来たなら、騒ぎも大きくならずに済んだのかもしれない。
「うるさい、下賤の者には関係のない事だ。 早々に立ち去れ!」
手で押し退けられそうになった少女は、バランスを崩してその場で転んでしまう。
すると顔を隠していたフードが外れ、隠れていた素顔が現れた。
「そ、そのお顔は……魔王デモウミナ様!?」
「あら私を知っているって事は、あなたデモンね?」
(逃亡した筈の魔王が何故ここに!?)
名も無きデモンは、魔王が突然出没したので動揺する。
しかしそんな事はお構いなしに、デモウミナは城門の方へ首を向ける。
「何をしているのか知らないけど、邪魔だけはしないでね。 私は王に会いに来たのだから」
そう言いながら魔王デモウミナが軽く跳躍すると、兵士達の頭上を越え城門の前で立ち塞がるウミナの前で降りた。
「初めまして、ゆっくりとお話したいけど時間が無いの。 悪いけどお父様とお母様に会わせてくれない?」
「あなたは?」
「私はウミナ、この国の元第二王女よ」
その少女が自らウミナと名乗ったので、ウミナは自分の呼び方も元のウミに戻す。
「そう、あなたがウミナ王女なのね。 私の名は渡世 海、ウミと呼んで。 これであなたの代役を卒業出来そうね……って」
この時になってウミは、ウミナに角や黒い羽が生えているのに気づいた。
「ようやく気づいてくれたわね、これがさっき元第二王女と言った理由。 私は1度死んで転生したの、魔王デモウミナとして……」
「魔王!?」
反射的に剣を抜こうとするウミを、ウミナは制止する。
「さっきも言ったけれど、時間が無いの。 この王都に、私よりも遙かに残忍で凶悪な存在が近づいています。 その者は前世の私を殺した後、こちらの世界で転生しておりました。 こんな私でも、お父様とお母様を逃がす時間を稼ぐ位は出来るわ。 再び死ぬ前に、1度だけ大好きだった家族の顔を見させてちょうだい」
優しげに微笑むウミナの瞳の端に、うっすらと涙が浮かぶ。
それを見たウミは、思わず彼女を抱きしめていた。
「分かったわ、すぐにお義父様とお義母様を呼んでくる。 だけどその前に、あそこに居る連中を何とかしないと……」
ウミが指差す方向では、ベルモンド率いる軍勢が構えていた。
「あれくらいなら、私に任せてちょうだい!」
ウミナが右手をあげると、幾つもの黒い霧の塊が王城の上に飛んでいく。
その黒い霧は次々と死霊騎士へと姿を変え、その背中には何故か布で出来たハングライダーのような翼が付けられていた。
「ふふふ、愚かな兵士たち。 空から襲い掛かるスケルトンの恐怖で震えなさい!」
ウミナは妖艶な笑みを浮かべながら眷属達に、最初の命令を与える。
「ゆけ、スケルトン飛行試験型! 空を舞い、奴らに恐怖を叩き込むのだ」
命令と同時に一斉に飛び立つスケルトン、そして……そのまま地面に激突した。
『………』
ベルモンド勢はもちろんだが、王城を守る兵士やウミも一瞬動きが止まる。
飛行試験型ということは、恐らく実際に飛ばした事が無かったのかもしれない。
「あれ~? おかしいわね、多分飛べると思ったんだけど。 今度は翼を大きくしておくから、安心してね」
ウミナの言葉を聞いたスケルトン達が一斉に、手でバツを描きながら首を振る。
露骨に嫌がるスケルトンを初めて見た者達は、全員同じ事を考えた。
(スケルトンにも感情があるんだ……)
だがウミナはスケルトンの気持ちを無視して黒い霧に戻すと、再び飛翔させようと王城の屋上で呼び出したのである。
「さあ、今度こそ大丈夫よ。 翼も大きくしたから、私を信用して!」
するとスケルトン達は背負っていた翼を外すと、その布に文字を書き始めた。
そしてそれを旗にして掲げると、前代未聞のストライキが開始される!
【待遇改善を要求する!】
【無理な命令、断固拒否!】
【死霊騎士にも人権を!】
ウミナと眷属のスケルトンが、労働条件を巡って言い争いを始めた。
敵味方共に唖然として見ている中、最後のトドメとも言うべき凶報が、ベルモンドの許へ届く。
「報告、報告~! 巨大な海蛇に曳かれた1隻の船が、港に接近中とのこと。 至急港に増援を!」
突然の報に、ベルモンドは対応に困った。
ここで急に兵を移動させると、王にも動きを悟られてしまう恐れがある。
ベルモンドは正面を除く兵の一部を移動させて、誤魔化そうと試みた。
しかしその動きを、ウミとウミナは自己の探知能力で把握していたのである。
「急に兵の一部を移動させ始めたけど、何か有ったのでしょうか?」
「向かっている先は……港?」
スケルトンとの口論を一時中断し、注意を兵士の方に向けるウミナ。
探知出来る範囲を広げて兵士達の向かう先を調べた2人は、今度は遠視能力を使い何が起きているのか見極めることにする。
すると1体の巨大な蛇に曳かれた船が、港に近づいているのが確認出来た。
「あの巨大な蛇は一体なに!?」
「分からないわ、私も見た事の無い化け物よ!」
(急いで港に行かなければ、取り返しのつかない事態が発生しかねない。 けど目の前の軍勢も何とかしないと……)
ウミナは未だに城の屋上でストライキを続けるスケルトンに、妥協案を示す。
「分かりました、あなた方の要求を呑みます。 ただし飛行試験を行わない代わりとして、この城を包囲してる軍勢を王都から追い出すことが条件です」
主が折れたことに感激したスケルトン達は一斉に城壁を伝って下りると、城を包囲している軍勢目がけて突撃を開始した!
それに過剰に反応して半ばパニック状態に陥ったのは、ベルモンド陣営。
港に所属不明・戦力も未知数の船が接近している事も加わり、逃亡を図る兵士まで出始める始末だ。
「閣下! このままでは収集がつかなくなります、何卒撤退のご許可を!」
「やむを得んな。 全軍一時撤退せよ、公爵領へ戻り体勢を立て直す!」
ベルモンドと共に後方へ下がりながらも執事は、港に接近する船が気になった。
そして主に気づかれないようにしながら、遠視を用いた監視を独自に始める。
「ベルモンドの奴、どうやら港に接近してる船に乗っているのと挟み撃ちになるのが嫌で退却したみたい。 ウミナ、今の内に港へ!」
「そうね、そうしましょう。 あなた達、そのまま王都を防衛していなさい。 私は港の様子を見てきます」
ウミとウミナの2人は屋根伝いに跳躍しながら、港へと向かう。
万が一船に乗っているのが敵だった場合、空を飛んでいると丁度良い的になるからである。
港から少しだけ離れた高台では、住人達が一時避難して未知の来訪者の動向を注意して見ていた。
住人に安全が分かるまで決して近づかないように指示を与えていると、海の方から風と一緒に良い香りが漂ってくる。
(これは……甘くて香ばしいような、今まで嗅いだことの無い匂いだわ)
(くんくん、これってもしかして蒲焼き?)
2人が港に到着すると、既に船は接岸する準備を始めていた。
しかし蛇の化け物の姿は無く、代わりにクラーケンが船を押している。
「ウミさん、蛇の化け物の姿がどこにも無いわ!?」
「ええ。 それにクラーケンも今まで姿を見せていなかったし、一体何が起きているのかな?」
ウミとウミナが困惑していると、船の甲板上でメイド姿の美女がクラーケンに手を振り始めた。
「スラミン、お疲れ様~! もう良いから、こっちで一緒にヨルムンガンドの蒲焼きを食べましょう」
「分かりました、アニス様~!」
ポンッ! クラーケンが白い煙に包まれ、1匹のスライムへと姿を変える。
それを抱きしめて撫でる美女を見て、2人はあごが外れそうになった。
「ちょっ、今の何!? まさか蛇の化け物やクラーケンの正体は、あのスライムだったというの!?」
「あんなスライムは、見た事も聞いた事も無いです! それと漂ってくるこの蒲焼きによく似た、いい香りの正体も気になります」
ウミとウミナは敵かどうかを確かめる事すら忘れ、船の甲板に飛び移る。
そして船の甲板上で見たものは……。
「カイ、蒲焼きもう一皿おかわり!」
「お前な、それ以上食うと太るぞ?」
「レディーに対して失礼ね! こんな美味しい物を作る、あなたが全て悪いのよ。 だから責任を取って私を……ゴニョゴニョ」
「?」
甲板の上では3人の男女と1匹のスライムが、皿に山盛りで盛られた何かに夢中で箸を伸ばしていた。
そしてその横顔を見たウミとウミナの口から、それぞれ別の言葉が発せられる。
「お、お義兄ちゃん!?」
「ひぃ! ま、魔王リアベル!?」
どうやらまだ一波乱あるらしい……。




