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クラーケンを喰らう者の正体

 その日の夕刻、王都へ向かう船便が2日後に再開される事をリア達は知った。

 さっそく予約を入れに行ってみたが、何日も足止めされていた旅行者や冒険者達が殺到しており、既に満席の状態である。


「これじゃあ、船便は無理そうね。 ねえカイ、やっぱり陸路にしない?」


「陸路に変えた場合目の前に居る連中が、クラーケンの代わりにエサとして喰われることになるが、それでも良いか?」


「ぐぬぬぬぬ……」


 リアの提案に、そっけない態度で返答するカイ。

 それに対して悔しそうに歯ぎしりするリア、侯爵令嬢とは思えぬ態度である。


(でもカイさえ居れば、そこまで危ない目に遭うことも無いだろうし別にいいか)


 そう考えているリア自身も元魔王なので、命の危険は無いに等しいが……。


「分かった、分かったわよ。 夕食を先に済ませたら、手頃な船を探して買い取ることにしましょう」


 その気になれば世界すら滅ぼせる面々は、手早く夕食を済ませると手頃な大きさの船を1隻、侯爵から与えられたプレートを見せて買い取ってしまったのである。


「な、なあ、嬢ちゃん達。 それは一体なんだ?」


「なにって、私のペットのスライムですが?」


「そのクラーケンがスライムだって!? しかもペット!?」


 翌朝カフェラの港では、再び騒ぎが起きていた。

 昨日住人の胃袋に収まった筈のクラーケンが、また姿を見せていたからである。

 これは残されたクラーケンの軟骨を食べたスラミンが擬態した姿ではあるが、住人達を驚かせるには十分だったらしい。


 リア達がやろうとしている事。

 それは昨晩買い取った船を、擬態したスラミンに曳かせるというものである。

 これならば乗員を募集する必要も無いし、さらにはクラーケンを喰おうとしていた奴を誘い出すことも可能だ。


 スラミンの頭の部分と船の舳先をロープで繋ぐと、唖然としている住人を残してリア・アニス・カイの3人しか乗っていない船は、王都を目指して出航した。




「うわぁ、綺麗! ねえカイ、本当にこんな静かな海にもう1体化け物が居るの?」


 キラキラと光に反射する水面を見ながら、リアはカイに問いかける。

 風も穏やかでとてもクラーケンを喰うような、化け物が居るとは思えなかった。


「確かに静かだ、港からそう遠くないのに海鳥が1羽も飛んでいない事を除けばな」


 カイの言葉でようやく事の重大さに気づいたリアとアニスが、周囲を見渡す。

 普通なら魚の群れを追って海鳥が飛んでいる筈だが、見える範囲でその姿は見えない。


「化け物は必ずいる、悪いがスラミンを囮にさせてもらうぞアニス」


「は、はい。 承知致しましたカイ様」


「カイ様!?」


 カイに初めて呼び捨てで呼ばれたことに感動して、目を潤ませるアニス。

 一方のカイはアニスから急に様付けで呼ばれたので、目を白黒させていた。


 この日は化け物に襲われることも無く、夕食を済ませた3人は各自の部屋に戻り翌日に備えて眠りにつく。

 スラミンはクラーケンに擬態したままだが、時折群れからはぐれた魚を捕まえて食べているみたいだ。


 そして皆が寝静まり日付けも変わろうとする頃、ついに化け物がその牙を向けてきたのである!


 ズシン! グラグラグラ……。


「な、何事!?」


 乗っている船が大きな衝撃音と共に激しく揺れ出した。

 リアは慌てて飛び起きると、急いで着替えて船の甲板に上がる。

 カイとアニスの姿も見えるが、アニスの様子がどこかおかしい。


「アニス、どうかしたの?」


 リアの声に反応して振り向くアニスの顔を見て、思わず足が止まった。


「リア様……スラミンが、スラミンが!?」


 ボロボロと泣いているアニスが指差した先では、ロープが1本垂れている。

 そのロープは船とスラミンを繋いでいたものだが、スラミンの姿は見えない。


 アニスを落ち着かせる為にリアが近づこうとした時、船のすぐ前の海面が不自然に盛り上がると化け物が現れた。


「あれは……一体何!?」


 リア達の前に姿を見せたのは巨大な黒い蛇、その口の端にはスラミンだと思われる足が見える。


「スラミン、スラミンしっかりして!」


 アニスの懸命な声も虚しく、目の前で蛇はスラミンを飲み込んでしまう。

 そして次のターゲットに3人を選ぶと、船を目がけて突進してきた!


「アニスあぶない!?」


 リアは甲板の端に立っていたアニスに駆け寄ると、素早くその腰を両手で掴む。


(えっ!?)


 アニスが一瞬驚いた隙を突いてリアは、なんと大口を開けている蛇に向けアニスを放り投げてしまった!




「あ~れ~!?」


 信じられない表情で船の方を見ると、リアが笑顔を見せながら手を振っている。

 どうやらこの期を利用して、アニスを始末するつもりだったようだ。


「カイ! アニスがバランスを崩して海に落ちてしまったわ!?」


「いや……どう見ても、お前が放り投げたようにしか見えなかったぞ」


 リアはこれまでに何度も、アニスから下克上行為を受けていた。

 恐らく日頃の恨みをここで晴らそうとしたのだろうと、カイは予測する。

 目の前で人が喰われて慌てるべき場面だが、彼には焦った様子が全く見受けられない。


 突然蛇が海面上で暴れ始める、そして固く閉ざされている口が内側から強引に開かれると、中からアニスが姿を現した。


 翼が生えているところを見ると女神の力を顕現させたと思われるが、唾液や胃酸で全身ベトベト状態な上にあちこちから白い煙まで上がっている。


「リア様……のちほど2人だけで、じっくりとお話がしたいのですが?」


「ちっ! しぶといわね」


 アニスが無事だった事に対して、舌打ちで返すリア。

 2人の間に険悪な空気が漂い始めたが、何かを思い出したアニスがカイにちょっとした質問をぶつける。



「ところでカイ様。 スラミンを助けようと胃の中まで見てきたのですが、スラミンの姿がどこにも見当たらないのです」


「見当たらない?」


「それと私とどこか似た気配を感じたので、組織の一部を採取してきました。 鑑定していただけませんか?」


 そう言うとアニスは、カイに拳大の肉片を手渡した。


「どれどれ……」


 早速カイは鑑定を始めたが、露骨に嫌そうな顔に変わると肉片を海に投げ捨てる。


「あの蛇、もしかして相当ヤヴァイ奴なの? カイ」


 普段見せないカイの態度を見て、リアが興味を示す。


「ヤヴァイといえばヤヴァイかもな。 なにせ俺が居た世界じゃ、世界蛇なんて呼ぶ連中も居るぐらいだし……」


 クラーケンを襲い、スラミンも喰ってしまった怪物。

 その正体は北欧神話に登場してくる毒蛇、ヨルムンガンドだった!

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