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最終話

それから、俺たちは無言のまま並んで歩き出した。


相手の様子が気になって仕方ないのに、僅かに視線を向ける事もできないほど、重たい空気。


俯いて歩きながら、この重圧を打破できる突破口を必死で探す。


…そうだ。ひとつ、聞いておきたい事があった。


「…どうして、今日帰りにあそこへ来たんだ?帰り道じゃないだろう」


そう切り出すと、匡は少し気まずそうに口ごもってから話し出す。


「…マサがすぐ用を終えたからそのまま別れた。ほかに行きたいところもねぇから、まっすぐ帰ってきてさ。駅を出たら、兄貴があの道入っていくのが見えたんだ。

そしたら、アイツのと同じ車が追いかけてったから、慌てて俺も…」


「そうか」


そうした理由はさっき聞いたし、阿久津いわくブラコンだというのを考えれば、匡の行動理由としてはそれなりに納得がいくものだったが、なんだかそれ以上は突っ込んではいけないような気がしてそこで切り上げる。




それからは、家に着くまで互いに口は開かなかった。


「ただいま」


先に入った玄関でそう声をかけると、めずらしく母さんがパタパタとスリッパを鳴らして玄関に現われた。

「おかえりなさい。今からちょっと出て来るから、留守番しててくれる?」


「いいけど…どうした?」


「キャベツ沢山貰ったから、ロールキャベツにしようと思ったんだけど、トマト缶とかんぴょうを買い忘れちゃったのよ〜」


「コンソメと爪楊枝にしたら?」


「お父さんがその味じゃ食べないの。ホントに好き嫌い多い人なんだから…」


「食わさなきゃいいじゃん」


「何言ってるの。お父さんだけ仲間外れには出来ないでしょ」


「母さん、俺が行くよ」


「いいのよ。車でパッと行って来ちゃうから。それに足りない物もついでに買って来ようと思って」


「わかった。行ってらっしゃい」


「それじゃ、よろしくね。行ってきまーす」


元気な後ろ姿を見送ると、匡に「お疲れ」と声をかけて2階に上がる。


自室に入ると、鞄を放ってベッドに倒れ込んだ。


…今日は本当に色々な事が起こって、精神的にかなり疲れた。


母さんが帰って来るまで、一眠りしようと目を閉じた時。



コンコン



聞き逃せない存在感で、ドアがノックされた。


「…なんだ?匡」


「兄貴。ちょっと話があるんだ」


「……入れ」


扉越しの声ではその裏が読み取れなくて、嫌だと言ってしまおうか迷ったが…起き上がって応じる。


ゆっくりドアが開き、匡が神妙な顔でそこに立っていた。


「何の話だ?」


「その…なんて言って良いか分からないんだけど、聞きたいことがあるんだ」


その瞬間、「来たか」と思った。どんな風に切り出してくるか分からないけれど。


匡の、彼女。俺のことを好きだといって匡を振った彼女のことを、はっきりさせたいと思ったのだろう。


匡が昨日から何度も見せていた阿久津への不信感は、きっと俺への不信感の裏返し。


理想の兄が、遊んでいる男とつるむ裏の顔を持っていたのが匡の正義感では許せなくて、そんな男に彼女を奪われるなんて…などと、100年前ならば決闘でも闇討ちでもされておかしくない愛憎劇だ。


闇討ち前に話し合う関係は今までに築けていたから、こうして俺の部屋にきたんだろう。


俺には付き合う気はないと、正直に告げるだけで納得してくれるだろうか?


聞きたいことがあると言い出した匡が、黙ったまま立ち尽くす。

おれは腰掛けていたベッドから降りると、匡の前を通り過ぎ、机の椅子を引いて自分で座った。


「匡も、そっちへ座れ。立ち話もなんだろう」


「ああ…」


ぼーっとしているのか、ひどく考え込んでいるのか分かりかねる反応を返して、匡が促すままベッドに腰掛けたのを、少し目を逸らしたい気分で眺めた。


それから、匡はまた俯いた。

気詰まりな時間を30数えてから、ため息と一緒に自分への逃げ道を提示する。


「…話しにくいなら、また今度でも」

「いい。今聞きたいんだ。話したい」


すぐさまそう返す硬い声に、それ以上は言えず黙り込んだ。


数を数えずに待つその間、一体何回の秒針が小さな音を出しただろうか。


「…兄貴。俺たち、兄弟だよな」


「…あぁ、そうだ。いきなりなんだ?」


「じゃぁ、あの阿久津ってのは、兄貴の何?」


「…!!」


いきなり予想外の、一番の弱みの核心を突かれて、息が止まった。


「な、にとはなんだ。友人だ」


「友人なら、どこで知り合ったんだよ。どういう付き合いしてんだよ」


「そ、それは…図書館、で」


「図書館で?」


「……」


何を言っても嘘にしかならず、嘘に慣れない俺は語る言葉を見失った。


困惑を隠そうと考えているような体勢をとったが、そこから微動だに出来ない。


何も話し出せなくなった俺をただじっと匡が見ている。視線を痛いほどに感じる。


先ほどと正反対の立場になった俺をどう思っているのか…恐れがさらに体を縮ませた。


「兄貴、俺があいつに怒鳴ると立場がなくなるっていったよな。じゃあその「立場」ってなんなんだ?」


「…?」


「兄貴の立場、俺の立場、あいつの立場、それぞれあるんだろ。なら、あいつの立場と俺の立場はどう違うんだ?」


「それは…」


急に文学的な、哲学的な話を持ち出され、さっきとは違う意味で当惑する。


匡が何の話をしたいのか、まったく分からない!


すがるように匡に目を向けると、強い視線で見返す目にぶつかった。


「分かってる。俺は兄弟で、あいつは友人なんだろ。で、おれは友人に喧嘩を売ると兄貴が困る立場って事だよな?」


「…ん、まぁそう…だな」


「でも、俺はそれじゃ嫌だって思った」


「匡?」


「兄貴をあんな、ぽっと出の友人なんかに渡したくない。あいつだけじゃない。有紀にも、学校のやつらにも、誰にも。そう思ったんだ。…なぁ、これが間違ってるって言うなら、兄貴、俺に教えてくれよ」


「なにを…」


「いつもみたいに。「お前は直線的に考えすぎる」って、正しい道を教えてくれよ。

兄貴以外に俺を納得させることなんか出来ない。…してみせてくれよ。

それが出来たら、俺たちの立場は何も変わらない。

でも!おれは、納得することが兄弟って言うんなら、兄弟じゃなくていい」


「匡!」


見たこともないほど饒舌な匡を叫ぶように呼んで、どうにか話を止める。


「それ以上は言うな。兄弟でなくても良いなんて、そんなこと…」


言わないで欲しい。そう続ける前に、匡が遮る。


「じゃあ、兄貴が俺に分からせてくれ。どうしていけないのか」


「そんなこと、決まってる。…家族を悲しませるだけだからだ」


「なんで悲しむんだ」


「悲しむだろう。母さんに、家族でなくても良いって言うようなものだぞ」


「家族でなくて良いって意味じゃない。兄弟って事でいけないことがあるんなら、兄弟じゃなくても…」


「だから、それはダメだって言ってるんだ!!」


思い切り叫んで、いつの間にか握り締めていた指をこわばらせながらゆっくり開いた。


爪の跡が手のひらに深く残って、ジンジンと痛む。


心臓の音と同じ響き方をするその痛みを感じながら、開いた指をきつく組み合わせた。


「なんでだよ…」


傷ついたような匡の声に、胸が痛む。もう、さっきからずっと。あふれそうな言葉を、どうにか押さえつけて押さえ続けて、限界を超えそうなくらい溜め込んだ想いが痛い。


「これ以上、追い詰めないでくれ。…俺は、こうならないために、ずっと堪えてきたのに」


手のひらの痛みも、指を組んだ痛みも超えて、目頭が痛んで視界がにじむ。


瞬きを堪えて、どうにか押さえようと頑張ったが…そんな俺の肩と強く組み合わせた手の上に、匡が優しく手を置いた。


その手の重みと暖かさに、張っていた糸がぷつりと切れた。


「…好きだ匡。だからもう、これ以上俺を追い詰めないでくれ」


 閉じた瞼から、堰を切ったように涙が溢れ落ちた。

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