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第12話

肩で息をつく荒い呼吸が聞こえる。


背中を向けたそのままで、神経を尖らせて必死に様子を窺う。


何を考えているのかわからない。それなのに匡がどんな顔をしているかだけは見なくてもわかるような気がした。


「…あんた、兄貴をどこへ連れて行く気だ」


警戒心がまるで静電気のように、ぴりぴりと尖った声で阿久津へ話しかける。


それをいさめなければならない俺は、痛みに触れるのを恐れて振り返ることも出来ず、背中を向けたままその声を受けた。


「どこって、まあ遊びにな。息抜き下手だろう、コイツ」


飄々と阿久津が答え、匡からの尖った雰囲気がさらにその切っ先をとがらせる。


「やめろ、阿久津!…匡、大丈夫だ。こいつは外見ほど悪い男じゃない」


「兄貴はだまされてんだよ。こいつ、絶対よくないこと兄貴にするつもりだ。あとから泣いてもしょうがないんだぞ。そんなことさせるか」


「泣かせるのは俺なのか?結構気ィ強くて、泣かされてんのはこっちの方だよな、珪哉?」


「…うるさい。お前が泣いたところなど見たことない」


「お前が帰ってからひそかに泣いてんだよ。いじめられたってな」


「ばかか」



阿久津がふざけた口調で話を俺に向けてきた。


ごまかしながら話の筋を変えるのはコイツの特技だったと感謝しながら、それに応え、どうにか顔を上げるだけの矜持を取り戻そうと呼吸を整える。


「匡、友達はどうしたんだ?」


「別に。漫画買って分かれたから帰ってきた」


「なら待っていたのに。先に帰れなんていうからてっきり遅くなると…」


「俺の学校のこと、兄貴にあまり聞かせたくなかったんだよ」


「それで…」


引っかかっていた、さっきの落ち込んだ原因がふっとわかった。


俺は、匡が自分のことを隠すように飯野君の話を切り上げさせたからだったんだ。


俺には貴重な、学校での匡が、友達から見た匡が聞ける機会だったのに、それを匡が取り上げたから。


仲間はずれ感ではなく、除外されたような気がして。


すとんと納得できたおかげで少し落ち着き、おれはやっと匡に向き直る。


「お前にも友達がいるように、俺にだっているんだぞ、匡。それに言ったよな?阿久津は見た目ほど悪い男じゃない」


「…そんなこといってたのかよ。そんな悪いツラはしてねぇと思うんだが?」


「顔の話じゃないのはわかるだろうが」


この状況でそこまでふざけられる神経にあきれ返って阿久津を振り返ると、にやりと笑って楽しそうにこちらを見ていた。


本当に、いい性格をしている男だ。


「で、今日はどうする?」


「帰るに決まってるだろ!こんな時間からどこ行くんだよ」


「こんな時間って、まだ昼過ぎだろう」


「だな。珪哉、飯でも食いに行くか?どうせまだだろ?」


懲りずに誘ってくる阿久津の根性にもあきれながら、さすがにこうなってしまっては付き合う気にもならない事くらいこの男にはわかっているはずなのに…と内心いぶかしむ。


また余計な事を企んでいるのではなかろうか。


「一人で行けよ!」


またも噛み付くように怒鳴る匡に、さすがに兄として放っておく事は出来なかった。


「匡!いくらなんでもおかしいぞ、お前。そんな口の利き方はないだろう」


しかる口調で諌めると、匡は視線だけを地面に落として、むっと口をつぐんだ。

子供の頃と少しも換わらない、不機嫌を隠そうとしない幼い表情に、体ばかり大きくなった弟を実感して苦笑交じりのため息が漏れる。


「お前が阿久津を信用ならんと思うのは勝手だが、そうもあからさまに表に出されると俺の立場がない。それに、初対面の人間に一方的に不信感を持つのも賛成できないな。しかも俺が友人と認めた相手に対してでは…俺はそんなに信用がないものなのか?」


少し眉をひそめてそういうと、不機嫌な口元が困惑したようにきゅっと引き締まる。


「そういうつもりじゃねぇけど…兄貴、友達連れてきたことないし、まさかこんなのが友達とは思えねぇじゃねぇか。昨日だって…なんか、口説いてるみたいに見えたんだ。そんなのを友達にするなんて、兄貴らしくない」


「だってよ、お兄ちゃん」


軽口でちゃちゃを入れる阿久津を振り返って横目でにらみつける。「おーこわい」と肩をすくめるのを無視して、匡にこれ見よがしなため息をついた。


「…確かに家に呼んだことはないが、学校では友人もいる。人を見る目が肥えているかときかれれば、それは答えられないが。それでも、俺の基準で友人は選んでいるつもりだ。お前にそこまで心配されていたほうが、俺としては遺憾に思うが」


こちらも不機嫌を視線に込めてそういうと、匡は地面に向けた視線をさまよわせて、何かを言いかけた。


そのとき、後ろで阿久津が大きく声をあげる。


「めんどくせぇな、お前ら。結局、双方ブラコンなんじゃねぇか。こっちからすればお前らが心配になるぞ。そんなんで大丈夫かってな。ま、珪哉には自覚があるみたいだが、無自覚の弟は少し自覚したほうが良いぞ。立派にブラコンです…ってな」


「な!」

「ばっ!!」


同時に声を上げて阿久津をにらみつけると、余裕の表情で俺に向かって唇の端を持ち上げて笑みを作る。


「珪哉も、言いたいこと溜め込んどくとろくなことにはならねぇよ。きちんと話し合っとけ。兄弟ならな。じゃ、また今度…食事でも、な」


言いながら車へ乗り込み、手を上げると車を走らせた。


それを見送りながら言われたことを反芻してみるが、阿久津の言いたいことがちっとも理解できない。



一体、何を話し合って、何を解決すればいいというのか。



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