第11話
まっすぐ駅に向かって電車に乗り、ドア近くにたったまま流れて行く景色をながめて、やっと頭が働き始める。
どうしてこんなにショックを受けているのか。
匡と出かけるのは、そんなに乗り気じゃなかったはずなのに。
いつの間にか楽しんでいたから、急に切り上げて分かれることになったから寂しく思った?
学校の友達と話す匡がいつもと違うから疎外感を感じた?
選んだ参考書を見てもらえなかった?
それとも、俺の知らない匡の彼女がいたから?別れのたびに振られていたと知ったから?
…どれも当てはまっているようで、どれも何かが違うようで、頭の中がモヤモヤとして気持ちが悪い。
どんな勉強もこんなに頭を悩ませたりしないのに。
自分のことはなぜこんなにもわからないのかと、自分を詰りたくなる。
思わずついたため息がガラスに当たって、ほの苦い空気が車内に少しこもった気がした。
駅を降りると、少し雨雲が広がっていた。
夕立とまでは行かないが、今日のうちに少しは振りそうだ。
空を見上げてそう予測を立て、少し早足で歩きながらPHSを取り出す。
匡と別行動になり、匡は学校の友達と帰る事と、自分は図書館に寄って帰ることを伝えなければ。
帰る前に降り出したら心配かけてしまう。
既にまっすぐ家に帰る気は無くしていた。
今は、なんでもない振りをしなければいけない家に帰りたくなかった。
一人でいろいろ考えると、気が滅入る。一人では居たくないが、一人でいられるところに行きたい。
ぎゅっと握り締めたPHSが、急にプルルルと呼び出し音を鳴らす。
「っ、もしもし?」
反射的に通話ボタンを押してしまい、慌てて耳に当てる。聞こえてきた声は、意外なものだった。
『おう、どうしてた?』
1コール途中ですぐに応えた声に動じず、阿久津が話し出す。
「…珍しいな。お前から掛けてくるとは」
今まで阿久津からこの番号にかけてきたことはなかった。
内心驚きと警戒に鼓動が早くなるが、口調には出さずに話を続ける。
『暫くかけてこねぇだろう思ってな。たまにはこっちからかけてやろうと思ってよ。今日は弟はどうした?』
からかってくる口調に眉をひそめながらも、今のこのどうしようもない感情をぶつける、よい口実があったのを思い出した。
「出かけている。…お前が余計なことをするから、俺の交友関係に口うるさくなったぞ。お前のことを悪い人間だと見破ったようだ」
言いながら、歩き出す。もうだいぶ雲も多い。
『大事なお兄さんが悪い道に引き込まれるってか?ははは。お前の言ってたとおりだな。初心か。そうだな。まだまだお子様だ』
「お前のせいで俺の信用が崩れたらどうしてくれる。…まぁ、そうなったら気分転換が変わるだけだがな」
『…たまに親切をすると逆効果だな』
「なにが親切だ。興味本位でお前が顔を出したせいで、こっちはかなり冷や冷やさせられたんだ。どうせ、俺の反応を見たくて遊んだだけだろうに」
『長い付き合いなのに隙を見せねぇから、ちょっと突っ込んだだけだろ。ま、面白いことがわかって、案外楽しかったけどな』
「うるさい。やはりそれが目的だったのだろうが」
『まあ少しはな。でもまぁ…元気そうでよかった』
不意に、安堵したような声でそういわれ、くっと喉の奥が鳴る。
「…バカが。お前のせいだろう」
『ああ。その件に関しては、悪かった。あん時のお前の顔、あまりにひどくて笑いそうだったぞ』
「うるさい…」
『時間があるなら付き合えよ。雨も降りそうだしな、乗ってけよ』
「は?」
当然のようにわけのわからないことを言う阿久津に、なにを…といいかけたところで後ろからクラクションが鳴った。
すぐに路肩に止めた車を降りた阿久津が、驚いて声も出ない俺ににやりと笑いかける。
「駅前ですれ違ったんだが、気づかなかっただろう。Uターンして戻ってきたんだ。こっちお前んちじゃねぇだろ。どこ行く?」
「…驚かせすぎだ。まったく、急に言われても対処に困る」
「別に連れ込む気はねぇよ。ま、侘びか?そんなもんだ。今日もなんか、ひでぇツラしてるしな」
「…意外に世話焼きなやつだったな。そういえば。
そうだな、少し気が滅入っていたところだ。思う存分、当たらせろ」
「仕方ねぇな」
肩をすくめて諦めたと表情を出す阿久津に苦笑して、促されるまま車に向かったとき。
「兄貴!何してんだよ!」
遠くから怒鳴り声が聞こえて、体がこわばった。
「あれ、弟君か。出かけてたんじゃなかったのか?」
「…そのはずだが」
振り返った阿久津がそうつぶやくのに、振り返りも出来ずに俯いたまま応えた。
その間に匡はこちらに駆け寄ってきたらしい。
足音がすぐ近くまで来て、止まった。