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第9話

それからも電車は思ったよりゆっくりと進み、やっと駅に着いた時には、降りただけで息が切れてしまいそうなくらいだった。


「……ふぅ………」


肺を圧迫していた圧力から開放されて一息つくと、少し先に行っていた匡が振り返って俺を待っている。


そのことに、また性懲りも無く疼きそうになった心臓を気付かぬふりでやり過ごし、早くに帰ろうとまた新たに誓っていた。


休日ゆえか人の波にごった返す駅を出ると、その流れに乗って本屋を目指す。


本当はもっと歩調の早い匡が、ゆっくりとした流れにテンポをつかめずに突っかかりながら歩くのを、少し微笑ましく思うのは自分に許しながら。



本屋につくと、人ごみに少し機嫌が悪くなっているらしい匡へ別行動を言い渡した。


たぶん、匡もここではそのつもりなんだろうと思って。


「…俺は参考書を見に行ってくるから、お前は好きな所を見ているといい。帰りは、子供じゃないし1人で……」


「俺も参考書だから。行く」


「え、ええっ!?お前が?!」


はじめ、匡が何を言っているのか、本当に分からなかった。


やっと、匡が参考書を買うつもりだと理解できた時には思い切り声を上げて驚いていたらしい。


周りのお客さんたちが、不審そうな目で俺を見ていた。


その目に恥じながら匡に顔を寄せて、必要以上に小声で真意を聞く。


「……本当に参考書なんて欲しいのか?今まで全然使ってなかっただろう?」


すると、匡は少し罰の悪そうな、不機嫌を装ったような顔をして、つられたのか少し小声で返してきた。


「いいんだよ。少し勉強でもしようかって気になってんだから、鼻先くじくような真似すんなよ」


拗ねた時に必ず出る、少し篭った声で無愛想に呟かれ、不意に思いつく。


ひょっとすると、匡も俺と同じように感じたんじゃないだろうか。

このまま、兄弟として仲良く出来なくなるんじゃないか…と。


行動範囲の違う俺たちは、それぞれ別の高校に入学した事もあり、生活の殆どをすれ違うようになっていたから、今更、どうさり気なく接すればいいのか分からなかったのかもしれない。


…それなのに、朝はついて来ると言った匡を迷惑に思ったり(してるように見えていたんだろう)ち、痴漢に遭って助けてもらったのに、本屋についたら早速別行動、なんて。突き放すような行動ばかりとったりして。


ひょっとしたら、俺が悪いからなんだろうか。匡が、ずっとつまらなそうにしていたのは。


そっと隣に立つ長身を見上げてみると、そんな俺の視線にすぐ気付き、ぱっと戸惑ったように視線を外すのが見えた。


…気にされているんだろうか?匡に?


もしそうだとしたら、すごく、舞い上がってしまいそうなほど嬉しい。かも知れない。


それこそ、今までかぶっていた仮面が、気を抜けば落ちそうになるくらいに。


先程までとはまったく違う動悸を押さえ込みながら、どうにか普通に見えるよう祈り、匡を振り仰ぐ。


「…別に、そんなつもりは無いよ。いい傾向じゃないか。分かった、今日はお前の参考書選びに付き合ってやるから、何を中心にやりたいのか詳しく考えるんだぞ?」




参考書がおいてある2階へ移動すると、匡は居心地悪そうに辺りを見渡し、あっちこっちわけも無くふらふらしはじめた。


「……、匡。動物園の熊じゃあるまいし、ふらふらしないでちゃんと何の参考書が欲しいのか探してくれ」


困り切っているだろう匡に、意地悪さを腹に隠して怒ったようにそう尋ねると、匡は目に見えて狼狽して助けを求めるように視線をさまよわす。


…さっきまでやきもきさせられた腹いせにはこれ位で丁度いいかな。


そんなことを胸のうちで呟き、俺は匡がさっきから持っては戻すを繰り返していた参考書へ掌を向けた。


「それ、貸してごらん」


「や、その…。お、俺…基本とかからわかんねえから、これ位がいいと…」


あたあたとつまりながら言い訳を並べる匡を尻目に、一通り参考書に目を通す。


並んでいる例文や例題に目を通す。…ふむふむ、英語だな。


でも、これは………。


「……匡?いくら分からないからと言って、これに手を出すのは反則じゃないのか?」


ぱたん、と本を閉じて、その表紙を匡に向ける。…教科書と同じであろうその装丁に、匡が改めて眉をひそめる。


分かっていないらしい匡に、ぽふっと本を倒してにらみ上げた。


「匡?これはな、『虎の巻』とも呼ばれる教科書の回答編だよ。早く言うと、宿題用のあんちょこ。…こんなのが必要なのか?」


「え?そんなモンが出てたのか?…こないだの小テストん時知ってれば…」


「……匡?」


「あ!嘘!冗談だって、兄貴」


 手にした『虎の巻』をまじまじと眺めていた匡を横目で睨み上げると、匡は慌てたように本をあった場所らしい棚に戻す。


「お、俺が欲しいのは参考書だからな!兄貴が使ってたの、どれだよ」


 平積みされた参考書を覗き込みながら少し逃げる匡の姿を見ながら、身もだえする心臓の鼓動を胸のうちに感じていた。


「人と同じ本で選んでも役には立たないぞ。自分にわかりやすい本を選ぶんだ。…ほら、これなんかは色分けでわかりやすく解説してあるが、こちらはそれがない分問題のレベルが上だろう?」


「…上か?」


「上なんだ。そうだな、匡にはこっちの方が良いかもしれないな。ほら、表紙ばかり見ないで中を比較してみろ」


ぱらぱらとめくったページを匡に開いてみせると、覗き込むようにして顔が近づいた。

一瞬だけ体が反応して硬くなったが、息を吐いてどうにか緊張をやり過ごす。


もう、今日は一体どうしたと言うのか。匡だって、こんな風に近づいてくることはここ数年…何年もなかったのに。


もっと小さい頃、匡が俺よりも身長が低かった頃はこんな風に無邪気に近寄っていたけれど。


「ん〜…?やっぱりわかんねぇ。中比較ってったって、何をどう見りゃいいのかすらわかんねぇ」


少し体を起こしてそうグチる匡に、昔に浸っていた事に気づいてハッと小さく息をのみ、それすら誤魔化すように慌てて何ページをめくった。


「そ、それなら、わかりやすく解説している本を探すせばいい。…いくつか見ておいてやるから、お前は少し時間をつぶして来い。一緒に見てると時間が掛かりすぎる」


「あ〜…うん、わかった…。でも、そんなに必死になんなくていいから。この本屋で見つかんなかったら、また今度、もっとでかいとこ探しに行くからさ」


参った。と表情に出して頭をかく匡が子供の頃のようで、なんだか笑ってしまった。


「…それで、間に合うのか?勉強は」


「次に間に合わせるために買うんじゃねーからさ。そんなテストならためにならないって、兄貴いつも言ってるだろ?」


たまに母に頼まれて勉強しろと説教するときにいつも言っていた。右から左に聞き流しているばっかりだと思っていたが、覚えてたんだな。


「…そうだ。勉強は自らのために行うものだ。テストのためなんかに一夜漬けで入れた知識が一体何の役に立つ?まぁ、匡が勉強する気になったのは、俺にも喜ばしいことだからな。…じゃあ、この中で候補を選んでやるから、お前は暫く雑誌コーナーで待ってろ。呼びに行くから」


「ああ、わかった。…ありがとな、兄貴」


少し照れたような笑い顔が、まぶたにやきついた気がした。


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