プロローグ
続き物です。
恋人以外とのベッドシーン(一応)がありますので、苦手な方はお戻りください。
雲の端が東雲色に染まる夕暮れ時。
夜の手前、闇の混じった微妙な赤に染まる古びたアパートの室内は、ゴミやら脱捨てた服やらに埋もれた寝乱れたままの布団に占められている。
横からの日差しに影増した床へ隠れるように、吐息が届く。
隠れているかのような位置にある布団から、けだるげに男が裸の上半身を起こした。
男の白い上半身は細い割に引き締っており、知性を覗かせる双眸は、ついと辺りを見渡して不快げに細められた。しかし、それすらも魅力的に映るほど、麗しい顔立ちをしている。
まだ青年の域に達したばかりだという年の頃らしい彼は、辺りを見渡して小さな溜息を漏らした。
それに揺れる額にかかった黒髪は少し乱れていて、青年はそれを正すようにざっと手櫛を加える。 と、胸まで掛かっていたタオルケットが落ち、そこに散る紅い跡を窓から届く夕日にもまけじと自己主張していた。
「…やられた」
気付いた青年はそう舌打ちし、でもすぐに「どうにかなるか」と呟き布団の脇に重なっているゴミをのたのたと手首で掻き分けはじめる。
「ん?…あぁ、起きてたのか」
もぞりと動くすぐ隣からそう声をかけられて、青年はむっとしたような一瞥を向けた。
そこには、うつぶせから腕をついて日に焼けた逞しい体を起こしている男が、人の悪そうな笑みを浮かべながら青年を眺めている。
「あまり跡を残すなと言っているだろう。…お前の「分かった」は信用がならないな。まったく」
嫌そうに眉根を寄せた青年は、ゴミの中にやっと目当てのものを探し出し、それを引き抜いた。…一般的な銘柄のタバコ。
すると、男は寝そべったまま、同じように布団の外へ手を伸ばしながら、青年を意味ありげに見上げる。
「へっ。金曜くらい泊まっていけるんだろ?平日はよしてやってるんだからな。たまにゃいいだろ」
「冗談じゃない。こんな汚い部屋に泊まる気になるか。それに、親に外泊するなど言っていない」
決め付けたような男の台詞に、眉間の皺を深めながらそう返した青年は、タバコを慣れた手つきで引出すと、口にくわえ……再び辺りを見渡した。
「ったく、お前みたいなのが優等生かと思うと、そこらの不良の方がよっぽど可愛く思えるぜ。綺麗な顔して男誘うと思ったら、親が疑うから跡は残すな。無断外泊は出来ん。…ほんと、面白いぜお前。 …ん。」
喉の奥で笑うような詰まった声を上げ、男は難なく取り出したライターで火を付けると、その紅く灯った先端を青年へ向けた。
青年は何か言いかけたがすぐに口を引き締め、咥えた煙草の先端を男が吸う煙草の火に押し当てて深く吸い込む。
そんな青年をちらりと見上げ、男は青年の胸に掌を滑らせはじめた。
「……何のつもりだ」
尖った胸の先端を軽くなで上げられ、青年はタバコを指に挟むとその手で男の手首を掴んだ。
「帰るつもりなんだろ?止めやしねぇが、もう一発くらい済ませてやろうかと思ってよ」
男は人の悪い笑みを浮かべ、腕を止める青年の手を引き寄せると、吸っていたタバコを灰皿に押し付け、腕を押さえるその手を強引に引き寄せると、その甲に舌を這わせた。
その濡れた感触に青年がパッと手を振り払うと、また、男は低く沈んだ笑い声を上げる。
その様子にむっと眉根を寄せ、青年は手の甲を布団に擦り付けながら男をじろりと睨んだ。
「…昼間からサカッた挙げ句に、あれだけやってまだ足りないのか? 我慢しろ。今からはじめられたんでは遅くなるだろうが」
「そんなに激しくはしねぇよ。お前もまだ風呂入ってねぇんだから、すぐ準備できるだろ?」
諦めるつもりは毛頭なさそうな男の強引さに、青年は仕方なさそうに溜息を吐き、それだけで気持ちを切り替える。
「…ふん。ま、一回だけなら早くに済みそうだしな。あまり堪えるんじゃないぞ、阿久津」
「けっ、減らず口を利いてくれるぜ。ひぃひぃ鳴かせて、おねだりさせてやるぜ、珪哉。貴久、イかせて〜ってな」
「口よりも手を動かした方が良いんじゃないか?下品すぎる台詞は好きじゃない」
そう不機嫌に吐き捨てると、珪哉と呼ばれた青年はタバコを灰皿に押し付け、自ら貴久の体の下へ身を横たえた。