そのさん「煮干の日」
煮干の日は終わりましたが、今回は煮干の日のお話。執筆する時間がなかったのです。ご慈悲を。
中学校の授業はつまらない。6年程度間が空いているとはいえ、同じ内容の授業を、二回も聴くことになると思わずそう考えてしまう。
この学校に転入してきて一週間が経った。この一週間は、これといった面白いことも起きず、平凡な日々が続いた。今日は2月14日。そう。煮干の日もといバレンタインデーである。
前の身体のときは、なにかをもらえるといったこともなく、恨みに恨みを重ね、藁人形に釘を打つだけの日であったのだが、今は違う。「友チョコ」という不思議で便利な制度のおかげで、可愛い女の子にも合法的にチョコを渡すことができる。この身体、なんて有能なんだ。
昨日、俺はいま初めて自宅のキッチンに立った。家族から冷やかしの言葉をかけられるがそんな言葉なんざ気にも留めない。次男が女体化してから一週間も経てば、この不思議な環境にも自然と馴染むだろうと思っていたが、どうも現実はそう甘くないみたいだ。俺の性癖を知った家族からは、相変わらず蔑んだ目で見られる。あのタイミングで性癖がバレてしまうとはだれも思わないだろう。
授業が終わり放課後。俺は萌子ちゃんと会う約束をとりつけ、意気揚々と帰路を歩んでいた。
「すみません!」
すると、突然誰かに声をかけられた。
「これ、受け取ってください!」
俺は、鼻息を荒くした同年代の男に――とはいっても前の身体のときの話であるが――声をかけられ、なにかを差し出された。
「これ……なんですか……?」
俺は彼にそう問うた。中身の見当はつくが、念のため確認しておこうと思ったわけだ。
「一応チョコレートです……。」
やっぱりそうだ。こいつは重度のロリコンだ。俺が言えたことではないが。
中身は同年代の同性だとしても、傍から見ると、怪しい青年が小さく可憐な女の子に声を掛けているようにしか見えない。
「おいあんた!なにしてるんだ!」
彼は通りすがりの大柄な男性に捕らえられた。そりゃそうだろう。完全に危ない人にしか見えない。
俺は、大柄な男性の勇気に感謝しつつ、全力で自宅までの道を駆け抜けた。
・・・・・・
「おい!なにすんだ!僕はあの子に気持ちを伝えるんだ!」
いま、僕は人生最大の危機に瀕している。
僕は中学生くらいの女の子が大好きだ。あの子は理想の女の子だ。可愛くて、幼くて、でもそこに少女らしさがある。完全に僕のタイプを狙ってきてるといっても過言ではない。
それに、おそらく彼女は男の娘だ。ロリショタコンの勘とでも言えようか。なんだかそんな気がした。
なぜそんなことが分かるのかは知らないが、これは僕が生まれたときから併せ持つ能力なのだ。
そんなことはどうでもいい。この男がなかなか僕を解放してくれない。今は彼……いや、彼女を追わないとならないのに。
――はやく解放してくれええええ。
・・・・・・
やっと自宅に着いた。身体が小さくなると、それに反比例して学校から自宅までの距離が遠くなる。そこが少女化の唯一の短所だ。
しかし、妙な男もいるものだな。そう思ったが、よく考えると俺もそのうちのひとりだった。
「優子……。改めてだけど、すごく小さくなったよね。優也の面影、全く残ってないね。」
玄関をくぐった瞬間、母はニヤけながらそう言った。皮肉にしか聞こえないのは彼女の話し方のせいなのか、それとも俺の捕らえ方の問題なのか。
そんなことは今どうでもいい。とにかくいまは萌子ちゃんと再会を果たさねばならない。
「いってきまーす!」
リビングに居る母に向かって叫び、自転車を走らせる。この自転車は、父のツテでもらったものだ。父は自転車修理店ではたらいている。曰く、中古自転車もあつかっているため、小さな自転車がたくさんあるのだそうだ。
――すごく幼稚なデザインなのが悔やまれるが、今はそんなこと気にしていられない。
――それにこの自転車、乗り心地は悪くない。それどころか、心なしか乗りやすい気がする。
そんなことを思っていると、萌子ちゃんとの集合場所である、恩中公園に到着した。彼女はまだ来ていないようだ。
なんだか視線を感じる。それもついさっき感じたような……。周りを見渡してみると、なにやら怪しい男が一名。どこかで見たことがある。
「酷いじゃないですか。逃げないでくださいよ。」
やはりあいつだ。下校中に声を掛けてきたロリコン男。ロリコン男な点に関しては、俺もそうであるためどうこう言えないが、さすがに下校中の女子中学生に声を掛けるのはどうかと思う。
彼の対応に困っていると、ようやく萌子ちゃんがやってきた。
「萌子ちゃん!」
俺が彼女の名を呼び、そして彼女が俺に近づいてくる。すると、ロリコン男は恐れをなしたのか、逃げ去っていった。
「優子ちゃん大丈夫?なんか変な人に話しかけられてたけど……。」
さすが萌子ちゃんだ。俺の心配までしてくれる。もういっそのこと彼女になってくれないかな。願わくば結婚したい。
「優子ちゃん?」
彼女が俺の名前を呼びながら顔を覗き込んでくる。すごく可愛い。可愛すぎてやばい。手を出してしまいそうだ。じゅるり。
危うくよだれがでてしまうところだった。下心を悟られるわけにはいかないので、欲望をどうにかして押さえ込む。
「ありがとう萌子ちゃん。大丈夫だよ。」
慣れた声で萌子ちゃんに言葉を返す。
「良かった。はい、これ。」
萌子ちゃんからチョコレートをもらう。バレンタインにチョコをもらうなんて何年ぶりだろうか。最後にもらったのが9年前……。それも親からだ。
悲しい記憶ばかり思い出していても心苦しくなるだけなのでやめよう。
「ありがとう。じゃあ私からも。どうぞ。」
俺もチョコレートを渡す。ニヤニヤしている母の顔が頭に浮かぶ。瞬間、頭からその顔を消し去る。
俺は念願のチョコを手に入れることができたが、バレンタインデーの元となった聖バレンタインは果たしてどんな気持ちなのだろうか。
聖バレンタインよ。俺は今日、運命に打ち勝ったぞ。
三点リーダーふたつで区切っている箇所は、別キャラクター視線の話になりますのでどうぞよろしくお願いします。
それと、男の娘の定義が作中と現実とでは異なっていますのでお間違いのなきようお願いします。