ようこそ戦場へ
「おいおい、なんだよこれ、てかなんでお前もここにいんの」
「そういうあんたこそ」
「閉じ込められたのか俺たち」
「え、誰に?」
「政府か、どこかの研究所とかに」
視界に映る限りの男性、女性が自身と同様の寝巻の恰好で混乱している状況が依然として目の前で広がっている。そんな状況に際しても甚平姿で平然と胡坐で地面に座り込む叔父、吾妻康秀を見下ろしながら義弘は問う。
「え、なに、なにこれ。一体全体どうなってんの?」
焦る口調で話す義弘とは違い康秀は至って冷静だった。体格のよい体に付いた屈強な筋肉と堀の深い顔に宿した静寂な瞳のまま彼は小さく笑う。その様は、3年前と相も変わらず、まさしく現代の侍といえる風格を感じさせていた。
「義弘。焦る気持ちも分からなくはないが、いくら焦ってもこの状況はひっくり返らんぞ。日本男児、侍なら死を目前にしても冷静に座して向かい合える心構えでいろ。とりあえず座れ。言葉が聞こえにくい」
手で座るように指示する叔父に従って義弘も地面に胡坐をかいた。周りでは一向に人々が立ち上がって騒いでいる。その中で座り込む彼らは周囲の者達からすれば異様そのもの。
「え、俺、今死にそうになってるの!?ここってあの世……ってことは叔父さんも死にそうになってるってこと!?」
「かもな。義弘、まさか命日がお前と一緒になるなんてな」
「じゃ、俺も義弘と同じ命日ってことですね」
義弘の後ろ側からまたしても聞きなれた声がしてくる。周囲の者達と比べ何処か落ち着いたその声に吸い寄せられるように彼は振り向き、笑みを浮かべながら言葉を発した。
「ナカモンっ、って何やっってんのお前」
朗らかに笑う優しい顔つきにポッチャリとした体型をした男、”中島基樹”が挨拶がてらに上げた片手を下す。彼もまた、二人と同様に地面に座り込んでいたが、その様子は少し異なっていた。
「終業式ぶり、義弘。お前の叔父さん、なんか凄いな。焦ってた俺らがお前の知り合いって知った途端この通りだよ」
「なんかごめんな、」
ナカモンこと中島基樹は今、座禅を組まされているのだ。そして、その横にも二人、座禅を組まされている者達がいる。しかも、女子だ。彼女たちも康秀に座禅を組まされたのだろうと遠慮がちに視線を移した義弘は二人のうち一人を見て目をギョッとさせる。そして、驚きの声を上げた。
「え、なんで篠宮さんがここにいんの」
義弘の視線の先ある彼女は義弘と基樹の通っている高校で園一の美女として男子たちから不動の人気を得ている女子である。その名も”篠宮紗代”。落ち着いたな佇まい、艶やかに真っすぐ伸びる黒髪ロングの下から覗く切れ長の目。透き通る程に綺麗な肌が美人画のような容姿を一層引き立てている。そんな彼女もまた多分に漏れず寝間着姿だった。
「”健一”……だって」
信じられないという感情を集約させたような表情をして基樹が言った。
「冗談……だろ」
それを聞いた瞬間、義弘の目が点になる。冗談を言っているのではないかと疑いを掛けながら基樹の顔を見るが、顔を横に振っている。
「え、本気で言ってんの」
義弘の最後の確認に基樹は小さく頷いた。只でさえ混乱している現状だというのにと、それを見た義弘は固まってしまう。紗代は片側の髪を耳に掛けながら、気まずそうに小さく俯いている。その様子はあまりにもアバターとかけ離れすぎていた。ゾンビの頭を数秒のうちに複数撃ち抜く男らしい健一、無反動砲を担いで”食らいやがれバケモンがっ”と映画張りのセリフを言っていた健一が、まさか同じ学園のマドンナだなんて誰が考えるだろうか。義弘は視線を何度も健一こと篠宮紗代と基樹の間を行ったり来たりさせながら、もう一つの事実に気づく。そして、もう一人の女子ももしかして、と視線を横に移した。
「じゃ、こっちの人は……」
「”タケ”らしい」
横にいるマドンナである紗代にも劣らない整った目鼻立ち、癖はあるがしっとりとした潤いのある髪質、主張の強い胸部が女性であることを否応なく伝えてくる。
自身に好意があるのではないかと危機感を募らせていた相手であるタケもまたその中身は同い年くらいの女子であったということだ。
女子なのではないかとひそかに基樹と疑ってはいたのだ。疑ってはいたのだが、いざ、そうであるとなると義弘は驚きを隠せない。半年以上遊んできたタケと健一の二人ともが美人という言葉がぴったりと当てはまる自身が最も苦手とする女子であると知って、義弘は絶句した。
「”赤松葵”っていいます。タケは弟の名前からとったものです」
「あ、どうも吾妻義弘です」
丁寧な挨拶に反射的に義弘は頭を下げた。あんぐりさせていた口からも自然と言葉が出てしまう。しかし、再び言葉が詰まっていった。
目の前で俯いたまま上目遣いをして、恥ずかしそうに微笑んで自身の名を名乗るタケこと”赤松葵”、彼女のそのしぐさが絵になっていたからである。仮想空間のアバターでは絵にはならなかったが、今は違う。絵になりすぎているのだ。
部屋で寝ていたはずなのに知らない場所にいて、あまつさえ、知っているオンライン仲間はまさかの女子。こんなことになろうとはと、この事実を一気に呑み込もうとするあまり、何ともいえない表情をする義弘を追い込むかのように、事態はさらに変わりだし始める。空間を照らしていた照明が暗くなっていき、全員の頭上に立体映像が映し出された。
『諸君、お待たせして申し訳ない。諸々の疑問があるとは思うが、まずは歓迎の挨拶から述べさせてもらおう。”ようこそ!!戦場へ”』
映し出された映像の中の威厳が漂う髭を蓄えた男、迷彩柄の戦闘服を身に纏った彼に此処にいる全員が見覚えがあった。彼は義弘たちがプレイしていた戦場というVRFPSの教官として出てくるNPCそのものだったのである。