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「全員生還しないとアンロックされないから……ほんっっと、誰かが落ちそうになった時マジで危なかったわぁぁ、これだけ時間かけて最後の最後でダメになるかと思ったもん…、思ったもんな」
ナカモンの顔をゴーグル越しに見ながら意地悪そうにタケが話す。
「こっちは機関銃持って、弾もお前と比べられないくらい装備してるから、身軽に動けないんだよ。てかなんなんだ、お前。今日めちゃくちゃ突っかかってくるじゃん。ああっ分かった!!お前嫉妬してんだろ?」
「え、俺が何に嫉妬すんの」
妙に自身に当たりの強いタケに対して、ナカモンがその言動は嫉妬の表れだと言わんばかりに指摘した。
「いやさ、俺とアズヒロが偶然にも同じ高校に所属してたっていった時からじゃん。お前が急に機嫌が悪くなったの」
「はぁ?違うから、別に悪くなってないから、お前とアズヒロがリアルで近くにいるとか別にどうでもいいから」
タケはチラッと横目でアズヒロを見ながら否定する。この動作といい、やや曇った表情から発せられる言葉は何かしらの特別な感情があるのではないかと思わせる。美少女がやれば絵になるだろうが筋骨隆々の体で、顔には髭を生やした青年がやってる行動であるため、あまり見れるものではない。
「で…でも、びっくりしたよな。まさかナカモンと一緒の高校だったなんて、俺、スゲぇ嬉しかったよ」
「だよな。図書室なのにめちゃくちゃはしゃいじゃってたよな、俺たち」
ちょっと詰まりながらも紡ぎだした言葉。アズヒロは話を逸らしたつもりだったのだろう。だが、さらに燃料を投下してしまった。ナカモンもそれに気づかずに返答する。
「へぇ~~……」
タケの目が一層、据わってきている。 目に潜む揺るがない沈黙がひたすら怖い。
「ええっと、みんなはこれからどうする、このまま基地に戻って新武器と新マップ見る?」
ローターの回転音が騒がしく鳴り響く機内に不穏な空気が漂いだしていることを察した健一が今度こそ話題を逸らした。
「ごめん!!俺ちょっと明日早くてさ、もう寝ないと……だから、今日はここで落ちる」
小さな笑みを零しながら問いかける健一の提案をアズヒロはしぶしぶ断った。それを聞いて3人が残念そうに少し眉尻を下げている。その中でも一際タケが残念そうだ。
「夏休み始まったばっかなのに用事って……リアルの友達との約束?それとも、まさか……彼女?」
タケが少し睨みを利かせながら、アズヒロに詰め寄る。何度も言うが、これが美少女なら可愛らしい嫉妬に映るだろう。しかし、二人ともが野性味あふれる男の軍人だ。こんなの非常にコアな層しか喜ばない。
「違う違う。俺、リアルの友達はそんなにいないって言っただろ。それに女性恐怖症が治ってないし、女子に避けられてるから彼女なんて作れるわけがないって。叔父さんがやっと任務から帰ってくるから、その迎えに家族で一緒に自衛隊駐屯地行くことになってるだけ。あ、ついでになんか催しやるみたいだから、ちょっと見てくるけど」
「へぇ~。アズヒロの叔父さん、自衛隊だったんだ。もしかして、最初に会ったときにあんなに射撃上手かったのって叔父さんの直伝?」
ヘルメットに取り付けたカメラ・アタッチメントを弄りながら喋るタケの顔に少し安堵感があるのが見て取れる。仮想世界のアバターであっても、表情の質感は現実のものと大差ないほどに作りこまれているため、タケの何とも言えないこの表情を見たアズヒロは少し戸惑いを見せていた。そして、どこか気まずそうに目線を逸らして言葉を返す。
「射撃はさすがに教わってないな。リアルの体が太って、ちょっと体格良くなったのは叔父さんが原因なのは確かだけど。あの人、体を大きくしろってめっちゃ食わせてきたり、自分の身を守れるようにしろって小学校4・5年・6年の俺に格闘術教えてきたりしたから、まぁ、そのお陰でいじめられなくなったんだけど」
「だからか。それでアズヒロって結構体格が良いんだな。ところで自衛隊って言ったら徒手格闘?」
ナカモンが興味ありげに聞き返す。
「そう、それ。日本拳法の道場にも連れていかれたし、剣術、柔術、合気道、相撲させられたりもしたから。だから、今、めっちゃ億劫なんだよ……叔父さんに会ったら、絶対、100%、3年半越しのすっかり怠け切ったこのボディを、鍛えろっって、あ、今アバターだから贅肉付いてないわっ」
現実において慣れ親しんだ腹部の脂肪が掴めない。アズヒロは仮想現実にいるのに、現実を思い知って笑いを飛ばす。その自虐的な言葉に他の3人も笑った。
「まぁ、とりあえず新マップと武器を弄るのは明日の楽しみってことで。夕方ごろには帰ってくるから、それから新マップ攻略しようぜ。じゃ、お疲れ~」
「「「おつ~」」」
空間に投影されたディスプレイのログオフボタンを押したアズヒロに一瞬、紫の電光が走るとその姿が消えた。
『吾妻義弘様、戦場-いくさば―『亡者編』のログオフが完了しました。まだ制限時間まで約2時間30分ほどございますが、他のコンテンツをお開き致しますか?』
先ほどとは違った空間。あたり一面が静かな木漏れ日が差し込む森のような場所において女性が吾妻義弘にそう言い放つ。彼女は義弘が扱うVR紫電の案内人役である人口知能である。
「電源を切るでお願いします……」
人工知能、仮想空間に映し出された女性であっても義弘は目線を合わさずにそう語る。いくら人工知能であっても女性は苦手なのだ。
『かしこまりました。では、仮想現実酔いの予防のため映像と音楽を流します。電源が切れた際は急に目を開かず、少し間を置き、そして機器をお外しください。もし、お体に何かしら異常が現れたときは最寄りの総合病院をお訪ねください』
仮想現実酔い、それは現実世界と仮想世界の環境の差異によって引き起こされる一種の乗り物酔いのようなモノで、義弘も始めたばかりのころは気分を悪くしていた。しかし、乗り物酔いも慣れればなんてことはないのと同じで、VRも慣れれば酔わなくなる。それに依存性をできる限り最低限にするため、6時間ごとに自動的にログオフされるようになっており、それから一時間はログインできない。少し不自由にも感じるが事故防止のためであり、使用者を守るため、すべては開発元の防衛省の意向だった。
「すみません、ありがとうございます」
返ってくる言葉はほとんどいつも同じ。わかってはいても義弘は彼女に頭を下げてお礼を言った。
「いえいえ、義弘様にはお体を大切にしていただきたいので」
「え?いまなんて……」
今まで聞いたことが無いような返事を彼女は満面の笑みで答えた。義弘は彼女の言葉に耳を疑ったが、現実の自然映像が流れ出すと設定が変わったのだろうと勝手に自分を納得させる。あまりに気には留めていない彼ではあるが、この時から既に予兆は始まっていたのである。