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VR紫電

2020年、技術革新が日本で起きた。フルダイブ型VR、”紫電”の技術が防衛省管轄下の技術研究本部で確立されたのである。この画期的な技術である紫電は、当初、民間には出回らずに軍事や警察、消防、医療、交通などといった公共性のある限られた分野で用いられ、その効力を存分に発揮。維持費が安価であること、自衛隊員、警察官、消防隊員、医者などの人材の育成、練度の向上を効率的に行えたことから多大なる成果を見せ、その結果、人々の暮らしを大いに豊かにした。中でも自衛隊は実際の装備が減少しない実弾射撃、危険な訓練の実施さえ仮想空間で行えたため、訓練や演習に掛かる費用の大幅な削減を実現させることができた。


これを聞いたアメリカ軍関係者はこう語ったという。”俺たちが射撃訓練する間に自衛隊は仮想空間でミサイルや砲弾が降り注ぐ戦場を体感している”と。


 経済の分野においてもその反響は凄まじかった。他の政治・経済戦略と相まって国の歳入が増加したのと同時に歳出は大幅に減少し、経済成長戦略の一環として余剰資金は各地のインフラ設備に充てられ、次世代の技術が都市を中心に地方へと広がっていった。日本経済の鏡ともいわれる建設業界は活気に溢れ、技術業を営む中小企業、大企業も得手に帆を揚げた。技術を生むために技術が生まれ、それが人々の暮らしを豊かにする。技術大国の底力が息を吹き返し、日本経済を支えた。こうして日経平均株価も値上がりを続ける。好景気がくると歓喜に沸かない者はいなかった。紫電は子供から大人たちの未来への期待感を大いに刺激し、鼓舞するとともに、体に何らかの障害を持つ人には希望の光をみせる。そのすべてに希望が詰まっている。誰もがそう信じて疑わなかった。あの事件が起きるまでは。


「よっし、よっし、やっとできる。」


高校二年生になった吾妻義弘もそのうちの一人である。彼は紫電と書かれた段ボールの箱を眺めながら喜びの声を上げていた。

 人々に希望を見せる紫電が民間に出回り始めたのは技術確立から5年後の2025年。17歳以下はプレイができないため、当時16歳だった吾妻義弘は非常に歯がゆい思いをしていた。したい気持ちを募りに募らせていたのだ。”やっとできる”というその言葉がどれだけの我慢を伴っているか彼自身が良く知っている。


「VR紫電、今、研ぎ澄まされた電光が貴方を未来へか、めっちゃカッコいいなぁぁ、50万もお前に費やしたけど俺は全く後悔はしてないぞぉ。おっし、する前にトイレ行こ。一応、尿意や便意はゲーム中でも感じるって講師のおっちゃんは言ってたけど途中で終わらせたくないし」


 義弘は1年間で貯めたバイト代の約半分を紫電に費やしていた。帰ってきた義弘はぽよんと跳ねる贅肉をズボンの上に乗せてベットに横になり、ヘッドセットの形状によく似た紫電をネット回線に繋ぎ、自身に装着。


『吾妻義弘様、紫電をお買い上げいただきまして誠にありがとうございます。今、起動しておられる貴方様の情報が吾妻義弘様の免許申請の情報と一致するかご確認いたしますので、しばらくそのままでお待ちください』


 電源を付けると、女性の声でナレーションが流れ始める。そして、それが終わると今度は動作音が響き始めた。ある意味、病院でMRIを受けているかのような心地で義弘は寝ながら手をパタパタと振り、妙な緊張感の中、ワクワクしながら起動されるのを待った。

 そもそも、免許を持っていないと、まずこのVR紫電を起動することすらできない。それはなぜか、利点づくめとされているVR紫電であるが、欠点がないモノなどこの世に存在しないからである。VRを民間に普及させる課題はまさにその欠点を如何に減少させるかであった。研究者や技術者に提唱されたVRの危険性を考慮し事故防止のための法整備が進められ、民間人が紫電の仮想世界に入るための地盤づくりが着々と進められた。

 衆議院及び参議院の両議院でVR法案が可決されたのは4年前。その一年後に試験運行が開始。そのときに見られた依存性や諸々の影響などを更に考慮して年齢制限が設けられ、尚且つ家庭用ゲームでは初めての免許制度が導入された。年齢を満たし、かつ講習を受け、適正を認められたものでないと免許は発行されず、VRの世界には行けない。また、依存度が高く日常の生活に支障をきたすようになった場合、免許停止の処分が行われ、VRをすることから遠ざけられた。自動車免許と同じである。こうして紫電は民間に届けられ、様々なソフトが発売され始めたのである。


『吾妻義弘様、ご本人であることが確認できました。それでは紫電を起動いたします。ようこそ紫電の世界へ』

 

 案内が終わると何とも言えない音と振動が鼓膜を通して脳に伝わり、義弘を睡眠状態にさせる。

そして、次の瞬間、目の前に紫色の電光が走るのが見えたかと思えば、義弘は仮想世界に入っていた。無数の粒子が周りを飛び交う中、この世界の自分である初期設定のアバターの体が、現実世界で自分の体をみるのと大差なく目に映る。義弘は胸を高鳴らせた。


『義弘様、お待ちしておりました。これより様々な設定を行っていきますので、ご用意はいいですか』


先ほどの声の主、その綺麗な声にぴったりとはまってしまう程に可憐な容貌をした女性が義弘の前に現れる。高価な絹の様に揺らぐ滑らかな銀色の長髪、パッチリとした目元に、整った鼻筋、絶世の美女とはこういう人をいうのだろうかと義弘は密かに思っていた。


「え、あ……はい」

 彼女と目線を合わさずに義弘はそう答えた。


『お疲れさまでした。では、このまま戦場いくさばを起動いたしますか』


 神秘的な空間に二人だけ。どこか勘違いしてしまいそうな状況だが、義弘は作業の間、終始、彼女に意識がいかないように心がけていた。どうにも苦手なのだ。そして、アバターの容姿設定などや各種設定を済ませた義弘はアバターの胸をなでおろす。


 やっとできる。待ちに待ったVRFPSをやっとできることを考え始めると、彼女のことは気にならなくなり、義弘は目当てのゲームを起動するため、満面の笑みで答えた。


「はい、お願いします」

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